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No.03 黄昏の午後六時

「ずいぶんとおい所まで来てしまったんだね!」

 男の子は額の汗を小さなこぶしで拭いながら、目を見開いておとうさんを見上げる。

 なだらかな砂漠に、ふたりの影だけがまっすぐ伸びている。燃えるような琥珀の夕日が彼らを見守っていた。時おり風がくるぶしあたりを吹きすぎるが、砂塵をむやみに蹴散らしたりはしない。

 それは穏やかな黄昏だった。

 

 見渡すばかりの砂、砂、砂。

 ふたりはぽつんと手をつないで、なんだか途方に暮れてしまうほど。

「いまは、何時なの。」

 いやに大人ぶった口調で男の子がつぶやいた。おとうさんは面食らって、くたびれた革の腕時計を見やる。また足首を、くるくると風と砂が旋回して通り過ぎた。

「……六時だよ。ぴったり六時」

 琥珀の太陽が、ふたりのくすんだ頬を照らす。

 ふうん、と息子は言った。ふうん、ともう一回。


 おとうさんは、なんだか心配になって男の子の手をあらためて握りなおす。さっきよりも強く握ったら、なぜか男の子は、反対に手の力をふっとゆるめた。

 影が、ながくながく砂丘にのびていた。


「……もう、おとうさん、いいよ。旅はここまでだよ。」

 吐息がひとつ落ちる。おとうさんの手が、わずかに震えた。

「この夕日が落ちるまでに、おかあさんをわすれるからね。もう少し、まっててね。」

 風がおとうさんの伸びすぎた髪を浮かせて、落とした。

 男の子はそのまま、食い入るように夕日を見つめる。


 いまや視界の全てが黄金色に染まっていた。

 風はあるのに、音がなかった。どうやら、砂丘がすべての音を地中深く埋め込んでしまったようだった。

 とろりとろりと、琥珀の夕日もはるか地平線に潜っていく。

 男の子の小さな手はもう、おとうさんの手を強く握り返さない。


 とてつもなく泣き叫びたい気持ちで、おとうさんはやっと、いちばん大切なことを思い出した。

 となりにいる小さな、黄金色の世界をにらむ息子を、なりふり構わずかき抱く。

  

 夕日が蜜のように落ちていく。

 世界が暗転するその直前で間にあった。


 穏やかな風が、男の子の泣き声を、とおくとおくへ飛ばしていく。


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