第2話→太刀衛門青年の日常❷
これは、ただのギャグ回というか、阿保話というか、くだらない話です。
私立鳴沼高校、通称[鳴き高]。太刀衛門と祈子の通う学校。
祈子がらんまをまた読み出したこと、二人乗りで自転車が重かったこと、信号が赤ばかりだったこと、様々な理由で今遅刻ギリギリである。踏切を越えて一本道。もう皆登校し尽くした道を、二人乗りの自転車が疾走する。
「うおおりゃぁあああ‼︎全速力だぁぁぁぁ!」
「太刀衛門、うるさい。黙って全力で漕いで!」
「んなこと言ってる暇ねぇぞ!今門のとこに立ってるあのババア!あいつの授業は俺一度も起きてたことねぇんだ。けど国語だから、テストで100点取れて、それから疎まれてるんだよ。」
「ねぇちょっと、もっと漕いでよ!あのババア先生、笑ってるわ‼︎」
「やばい、ギリギリ間に合わないタイミング狙って門閉め出したぞ!体重をもっと前にかけろ!」
全力で立ち漕ぎをする太刀衛門の、空いたサドルに片足を乗せる祈子。もう片方の足は後ろにピンと伸びている。ババアはニタニタ笑いながら門を閉め続ける。ババアが嬉しそうに呼びかける。
「ほら遅刻ですよ‼︎鐘がなるまでに入らないと遅刻になりますよ‼︎」
ほんの僅かな隙間が、まだ自転車一台通れる隙間が空いている。
「届けぇぇぇぇぇぇぇ‼︎」
「太刀衛門なら出来るわ‼︎」
しかし、もう遅い。もう自転車が通るスペースが無い。鐘がなるまであと10秒。
「祈子!俺に掴まれ‼︎離したら、殺すで。」
「平次を汚すな、この阿保がぁぁぁぁ‼︎」
祈子が太刀衛門の脇の下に腕を通して、しっかりと抱きつく。太刀衛門は急ブレーキをかけ、同時に両脚を地につける。柔軟に曲げられた両脚を、一気に伸ばす。右手に自転車を抱えて、門を飛び越える。
ババアは頭上を越えていく二人と一台を、目が飛び出るほど見つめる。
空中で自転車を離し、駐輪場の空きスペースに投げ入れる。そして、後ろに手を回し祈子を抱き寄せ、お姫様抱っこの形にする。着地の瞬間に少し上に投げる。衝撃を自分一人で吸収。落ちてくる祈子を優しくキャッチ。鐘がなった。
「セーフですね先生!」
ババアは後ろを向いた。二人はしてやったりと休日に向かう。ババアは背を向けて、笑っている。
教室に入ると、すでにホームルームが始まっていた。そう、あのババアは騙したのだ。
「何故遅れたんですか?」
先生がうざったらしく聞いてくる。
二人は図らずしも同時に同じことを言った。
「昨夜、こいつが寝かせてくれなくて…寝坊しました。」
五月十日(木)晴れ
今朝、門が閉め忘れてあった。気分もいいので閉めてやることにする。と、向こうからチャリに二人乗りのカップルが漕いでくる。腹がたつね、若いうちからそういうことして…しかもその男の方は、あの佐伯だ。これはと思ってしまったね。まだ間に合うと信じてるようだし、からかってやった。そしたら門を飛び越えやがった。あの佐伯、ありゃバケモンだね。今日の三限は5HRだ。いじめてやろう。あのガキ。後ろの彼女もついでにな。
「鳴沼高校教員・井上久子の日記」より一部抜粋