幸福な少年の物語
むかしむかし、ある所にいじられっ子でやんちゃっ子な少年がいました。
よくある給食の時間中、その少年は同じクラスの女生徒とのちょっかいの出し合いから喧嘩となって先生に叱られてしまいました。
普段からちょっかいを出し、出されていた少年はクラスメイトよりも強く叱られ、とうとう泣き出してしまいました。
それでも先生は追及の手を緩めません。「普段からこんな事をして。泣き出したからと言ってやめはしない」と叱り続けます。
いつしか喧嘩相手のクラスメイトは蚊帳の外です。ついに少年は「なんで僕だけ!」と喧嘩相手を突き飛ばしてしまいます。
そしてクラスメイトが泣き出してやり返すと、先生はまた喧嘩の間に割って入り少年に「泣いてるでしょ! やめなさい!」と再び強く叱りつけました。
給食中に起こった騒々しい出来事。他のクラスメイトもまだ幼い年頃、反応を示さない訳がありません。
それぞれが違った、しかし冷ややかな感情を持って少年達、いえ少年を見ていました。
冷たい視線を一気に浴びた少年は昂ぶった気分のまま言いました。
「なんで! なんで僕だけがこんな目に遭わないといけないんだよ! 手を出したのは僕だけじゃない、今だってそうだったのに! なんでみんなして僕だけを悪者にしようとするんだ!!」
相変わらず先生はクラスメイトよりも少年だけを叱り続けます。
すると少年はいきなりクラスメイトの方を向いて指差したかと思うと、強い口調で
「お前のせいでもあるのに僕だけが叱られるなんておかしい!」
と言いました。
元々泣いていたクラスメイトは強く言われたからか、泣いたまま少年に殴りかかってきました。
歳のせいか性別のせいか力もなく、そのこともあって少年には痛くも痒くも感じない攻撃でした。
その攻撃を受けた少年は他のクラスメイトがいる方向に向き直り、こう叫びました。
「これは良いのか!? 僕だってこれと同じことをしたよ!? 今もすっごく叱られてるよ!? なのにこっちはほとんど何も言われてないんだよ!? これは良くて、僕は駄目なの!?」
その言葉は少年の心の底から出たもので、日頃の鬱憤もあったのでしょうか。数秒間クラス全体の時間を止めました。
しかし、あくまで止まったのは時間だけなのを忘れてはいけません。クラスメイトが少年に送る視線も、感情も、果ては思っていることさえも、そのままにして止まっているだけなのです。
そして冷たく思い数秒間を経て、誰かがぽつりと言いました。
「何を言ってるの? 悪いのはあんただけ。そんなの当たり前でしょ?」
静かな教室でした。ですが声の発生源は誰も特定することが出来ませんでした。
この言葉を聞いた少年の目尻と広角は下がり、全身から力が抜けていくのをはっきりと感じ、頭の中がすーっと何かで埋め尽くされていくのをまた同じように感じました。
「そ……っ、かぁ……」
下向きになり、そして力の抜け切った口から言葉がこぼれ落ちます。
表情を失った少年はふらふらと席に戻ると、何事も無かったかのように給食を食べ始めました。
それを見たクラスメイト達は、しばらくの間食べる少年を見ていましたが、ふと視線を逸らしたかと思うとそれぞれが食べる、談笑すると違うことに動き始めました。
クラスは、何事も無かったかのように活気を取り戻したのです。――たった一人を除いては、の話ですが。
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給食の時間が終わった後のお昼休みの時間です。教室、体育館、グラウンド問わず活気あふれる時間帯に少年は、ベランダの柵に教室側の方を向いて腰を下ろしていました。
少年の属するクラスの教室がある階層は三。ベランダの真下はまだ新しさの伺えるコンクリートがあり、本来危険なはずではある場所ですが誰も気には止めません。
少年は足をブラブラとさせ、顔には満面の笑みを浮かべています。
「そっか~……僕って、みんなからしてみれば迷惑なだけの存在なんだ! じゃーあ、僕が死んだらみんな笑顔になってくれるよね! 楽しみだなぁ。みんなの笑顔、見れるかな?」
その言葉も、もはや誰にも届きません。“届かない”のは周りに人がいないからなのか。それとも無視していただけなのかは少年にはどうでも良いことでした。
しかし、次の瞬間。少年の小さな身体は後ろに倒れこみ、支えるものが何一つない空中へと放り出されました。
誰かが驚いたような声を少年は聞いた気がしました。
意識がなくなるまでの時間はとても長いものにも感じられました。
ですが少年は息を飲むほど綺麗な青空、そして自分の首から下と段々と遠くなるベランダの柵を視界に捉えると、そっと目を閉じました。
少年は幸せでした。最後の最期に誰かの役に立てたこと。その喜びを噛み締めながら見た光景を何度も何度も繰り返し思い浮かべて楽しんでいました。
久々に見たら気になる場所があったので加筆修正しました