表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

6話 将来と正体

ブックマーク、評価ありがとうございます。

「だってあの人ほんとにしつこいからさあ。なーんでか俺の事、目の敵にしてるんだよねえ」


「自分の服装見てから言いなよ……」


陽も落ち始めた頃、草道を歩きながら上玉利君は悪びれもせず遠くの空を見つめていた。相変わらず、その表情からは本心で何を考えているのかまでは読み取れない。


「まあまあ上玉利くん。あれでもアルちゃんは、きっと上玉利くんのこと心配してるんだと思うよ!」


「どうだかねえ」


隣にいた矢田さんは、そんな上玉利くんに向かって一生懸命フォローをしていた。多分、明確な根拠があってそう言っているわけではないのだろうが……彼女は基本的にどんな揉め事も仲裁したがる傾向にある。もちろんそれが悪いと言ってるわけではなく、平和的に解決するのが一番だと考えているからこその行動なのだろう。とても優しい人だということだ。


「いや、そもそもなんでオメーらは俺らと一緒に歩いてんだよ」


一人先頭を歩いていた辰は、こちらを振り返って呆れた顔でそう言った。


午後の授業はあっという間に終わり、既に下校の真っ最中である。ただし昨日と違い、今日は矢田さんと上玉利君も加えて4人での帰り道だった。どちらか片方であればたまに一緒に帰ることはあるが、この4人で下校をするのはなかなかに珍しいケースだ。


「ぶー、私は元からこっちが帰り道ですぅ」


矢田さんはそう言いながら頬を膨らます。前髪のヘアピンが反射でキラリと輝いた。


「上玉利は家、こっちじゃ無かったよな?」


「俺?あー、ちょっと用事が、ね」


「ああ、そーかい」


上玉利君の本当か嘘か分からない適当な返事に、辰もそれ以上は言及せず一つ息を吐く。


「話は変わるけどよ。オメーら、高校卒業した後はどうするつもりだ?」


後ろ向きに歩きながら、辰が突然そんな事を口にし出した。


「何、進路の話?えらく唐突だね。タツがそんな話するなんて珍しいじゃん」


僕は少し驚く。今まで結構な時間を辰と共に過ごしてきたわけだが、話す内容の90%は思い出す時間と労力が無駄なくだらない話であり、残ったうちの9%はちょっと役に立つくだらない話であった。相談ごとや将来を考えるようなものは、余りの1%に含まれる非常にレアな会話である。


「まあ、俺らももう高2だしな。ユウは街の大学に進学だったよな?」


「うん。まだもう少し勉強しておきたいから。その先のことはまだ何も決めてないけどね」


幸いこの街には比較的大きな大学が存在し、学部も豊富、学力的にも十分に狙えるレベルであるため進路に迷うことは無かった。あとは受験に向けてコツコツ頑張るだけだ。


「タツはどうするの?」


「何も決めてねえ」


「えぇ……」


自分で振っておいて適当な……


「つっても、まだ働きたくは無えしな……そうだな。俺も大学を狙ってみるかねえ」


「じゃあ、まずは勉強するとこからだね」


とは言え、彼は昔からやると決めた事はちゃんとやるタイプだ。本気で進学するつもりなら問題ないだろう。


「矢田は、将来やりたい事とかあんのか?」


辰が矢田さんのほうを向く。彼女は人差し指を顎に当て、うーんと目線を上に向けた。


「将来かー。あんまり考えたこと無いけど……やっぱり、どうせなら人を助ける仕事がしたいな」


「医者か?残念だがおめーの頭じゃ無理だ」


「ひ、日野くんにだけは言われたくないよ!」


相変わらず、辰は矢田さんに毒舌である。ただ僕もこの筋肉にだけは言われたくないのは同意だ。


「まーまー矢田っち。別に医者みたいに直接じゃなくても、間接的に人を助ける仕事だったら世の中いくらでもあるってもんさ」


意外にも上玉利君が矢田さんに慰めの言葉を掛けていた。さっきのお返しなのだろうか。果たしてこれをお返しと呼んでいいのかはよく分からないが……


「そういう上玉利君はやりたいこととかあるの?」


僕は彼にそう聞いてみた。彼が将来何をしたいのかは単純に気になる。


上玉利君は僕を見て、意味ありげに微笑んだ。


「俺?俺は、そうだねえ……」


「__殺し屋、かな」


「「アイタタタタタタ……」」


僕と辰はその場に立ち止まり、ひどく痛がった。全身に鳥肌が立つのを抑えながら、辰と顔を合わせヒソヒソ話を始める。


「ユウよ……俺は今、コイツが友達である事を心底後悔したぜ……」


「イタいのは見た目だけじゃなかったんだ……」


「いやいや、冗談だよ冗談!いくら俺でもその反応は傷つくよ?」


上玉利君は慌てた様子で弁明し始めた。


「だからさ、医者じゃなくても人を助ける仕事はあるって言ったわけじゃん?殺し屋だって、もっとたくさん人を殺してる奴をターゲットにすれば、間接的には人を助けてることになるんだって、そういうことの例を挙げてみたわけ。ほら、矢田っちからもなんか言ってよ!」


彼が矢田さんのほうを振り向く。


「上玉利くん……」


彼女は天使のような慈悲深い表情で彼を見ていた。


「上玉利くんが実はいい人なのは知ってるけど……殺し屋は、やめとこ?」


「うわー、一番効くやつだコレ!」


そんなこんなでいつの間にか将来の話から脱線したり、戻ったり、4人で賑やかな帰り道を過ごしていく。


大人数で話をすると時間の経過は早いもので、気付けばいつもの別れ道だった。


「あ、こっちは僕だけだね」


「また来週だね!九重くん!」


矢田さんはカバンをスカートの前に下ろし、胸の近くでもう片方の手をパラパラと振った。上玉利君もどうやら用事は向こう側らしい。彼は腕を頭の後ろで組みながら、こちらを見ずに軽く微笑みを浮かべている。


と、辰が顔をこちらに近づけてきた。


「どうしたの?」


何事かと思いこちらからも近づいていくと、


「ユウ、日曜日オメーん家行っていいか?マスブラやろうぜマスブラ」


どうやら、ただの遊びの約束のようだった。僕はつい笑ってしまう。


「いいけど……プッ、将来の話をした後に遊びの話って」


「バッカお前、だからこそ今のうちに遊んどくんだよ。こういうことは出来る時にしとかなきゃならねえ」


「確かに、そうだね」


彼は遊びの達人だ。だから遊びに関しては彼の言うことが正しいのだろう。

辰はニッと子供のように笑った。


「じゃ、またな!一応日曜に連絡入れるぞ!」


「うん、じゃあね!」


辰が最後にそう言い残し___

3人は、道の向こう側へと消えていった__



一人になり、僕はフッと息を付く。


歩きながら、先程の話を思い返していた。


将来……か。


僕も今年で17歳。


思い返せば、様々なことがあった。


遊んで、いろいろな人と友達になって、

学んで、今まで知らなかったことが分かるようになって、

背が伸びて、新しい景色が見えるようになって、

変わって、それでも変わらぬ親友がいて、


こうして時間は過ぎていく。

楽しい日々、繰り返しの日々。

何一つ不満は無かった。

充実している?

不満がないのであれば、それは充実していると言えるのだろう。


何かとびきり良い出来事があったわけではない。その代わり大きな不幸や挫折があったわけでもない。

母さんのルールに従って生きてきたとしても、タツに振り回されっぱなしの人生だったとしても、

少なくとも、それは自分が望んで進んできた道だった。

そして、これは正しい道のはずだ。


ただ……


ただ、なんだろう?


時折迫る、この感覚。


大人になることへの不安?順調だからこその予感?


道は踏み外していないはずなのに、自分の足で歩いているはずなのに、


進んだ先に何があるのか、分からなくなる。背後から、何者かに背中を押されている感覚になる。


本当にこのまま進んでもいいのだろうか。そもそも僕は、本当に自分の力で歩いているのだろうか__


……多分、そう。これは、ゴールを意識し始めたからだろう。つまり、未来を考えるようになったということだ。

僕も成長したということか。

うん。ポジティブに考えよう。


……ゴール?

ゴールって、一体なんだろう?


駄目だ。こういう時に考え込んでしまうのは僕の悪い癖だ。これもある意味成長した証かもしれないけど……もう、考えるのはやめておこう。


再び僕は歩き出す。


ふと、子供の頃を思い出した。


何も考えず、みんなで陽が落ちるまで遊んだ日々。毎日が新しい発見だった日々。

自分が特別な存在で、世界は自分達を中心に動いていると思っていたあの頃。


そんな心はとくに失っており、ただ色褪せたその情景だけが、いつまでも頭の中に映し出されていた__







「…」


「……」


「………」


「……将来、ねえ」


「……んだよ、上玉利。」


「別にぃ。ただ、将来なんてあるのかねえ、って思っただけさ。この『街』に……この『世界』に、ね」


「……あるかどうか、じゃねえ。創っていくんだよ、俺たちの力でな。オメーもそう思うだろ?ハル」


「……そんなの、分からないよ。考えてどうにかなるわけでもないし」


「うわっ暗い答え。相変わらずは暗いねえ矢田っち。もう素に戻ってもいいの?」


「……暗い話を始めたのは、そっち」


「確かに!ほら、言われてるよ日野っち」


「おめーだよ不良野郎。それにハルおめー、勝手に『将来の話』を『暗い話』にするんじゃねーよ。将来に暗いも明るいも無え。将来がどうなるかは全部自分次第だろうが」


「……」


「……」


「……自分次第、ねえ」


九重優次第・・・・・の間違いじゃないの?」




「…」


「……」


「………」


静寂。


静寂が辺りを支配する中、


日野辰は、無線機を手に取る。


__ザワリ。


一瞬、心が揺れる。


どれだけ同じ作業を繰り返しても、どんなに時が経とうとも、


この瞬間は、必ず心がざわついてしまう。


恐らく、これは一生慣れることの無い類のものだ。つまりは、己の原始的な欲求への反抗。


それを意識して抑えつける。


本能の抑制、すなわち理性。最も簡単で、そして最も難しい特性。


日野辰は、無線機を耳に当てた。


何のために?

__報告のために。


誰のために?

__彼のために。彼以外の皆のために……そして、自分自身のために__


「……はい、こちら日野辰」


「『九重優』、本日も問題なし」


「……はい。……はい、それは幸い問題なかったようです。……はい、よろしくお願いします」


「……はい、それでは」



「本日の『ユー監視本部』への報告は以上です。失礼します__」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ