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4話 授業と放課後

ね、眠い……


2限目が終わり、授業は既に3限目の数学に差し掛かっていた。教室内は、先生がチョークを黒板にぶつける音、そしてスラスラと数式を書き連ねる摩擦音のみが響いている。


1、2限目はなんとか我慢できていた眠気も、ここへ来てピークの時間帯を迎えていた。どう考えても昨日の夜更かしと無駄な早起きが効いている。この先生は黙々と黒板を埋めていくタイプで、あまり生徒のほうに注意を向けないことも眠気を更に助長させていく。これはマズい……


ちなみに僕は結構授業を真面目に受けるほうだ。自分で言うのもなんだけど……

辰といると気付くにくいが、元来が大人しく臆病な性格だとは自負している。コツコツやるのが性に合うのだろう。おかげで成績も一応上の下から中あたりをキープできている。


だけど、今は眠すぎてノートを取ることすらままならない状況であった。


な、何か……眠気を吹き飛ばす方法ってなかったっけ……


そういえば、眠気を覚ますには他の眠そうな人を観察するのがいいって聞いたことがある気がする。人の振り見て我が振り直せということなのだろうか……?とにかく今は四の五の言ってられない。さっそく試してみよう。


辺りを見回してみる。


矢田さんは……さすがだ。真面目に授業を聞いている。ただ、なんというか……黒板を睨みながら、すごく顔をしかめていた。どう見ても百パーセント理解できていない顔だ。確か数学は苦手だったんだっけ。表情豊かな人である。


辰は……駄目だ、爆睡している。眠そうとかそういう次元の話では無かった。

というかこの男、1限から今に至るまでずっと寝っぱなしである。筋トレのしすぎではないだろうか。


彼の名誉の為に説明しておくと、辰は別に不真面目な奴ではない。小学校から無遅刻無欠席。服装、髪型ともに校則の範疇に収まるくらいにはしっかりしている。昔からリーダーシップがあり、少なくとも僕と辰が同じクラスになった時は(だいたい同じクラスだったけど)必ず何かしらの実行委員長を任されていた(運動会や文化祭、修学旅行など、お祭り系の行事に限るのだが……)。先生方とも丁寧かつかしこまりすぎずに話すため信頼は厚い。


そんな性格の彼だが、こと授業中に限ってはほとんどの時間イビキをかきながら爆睡する始末であった。先生達は既に注意することを諦めており、成績も決して良くないが壊滅的では無い為叱ろうにも叱れないようである。


本当に筋トレのせいなのかは怪しいところだが、辰曰く


「いいかユウ。筋トレで一番大事なのは『休む』ことだ。いくら長時間きっついトレーニングをやっても、やりっぱなしじゃ意味ねえんだなこれが。『死ぬ寸前まで筋トレする』!『死ぬほど食べる』!そして『死んだように寝る』!このサイクルを繰り返すことで俺の筋肉は更なる進化を遂げる!だからすまんが後でノート写させてくれ!」


なのだそうだ。たまに脳が退化していってるんじゃないのかと少し心配になってくる。


まあ辰についてはもういいだろう。


僕はふぅ、と一つ息をついた。確かに眠気は少し覚めた気がする。なんでもやってみるものだ。


ふと、窓の外を見た。


運動場から伸びる景色は一面緑だ。

この景色を見ると、この山々の向こうで開発が進んでいるとはとても思えなかった。


しかし、実際に現在進行形で山々は切り開かれ、そこにはたくさんの便利な施設が加速度的に建設されている。かつて融合王をしていたおもちゃ屋さんはずっと前に無くなっており、代わりに何倍も大きな玩具店が繁華街に建てられていた。時の流れとはそういうものなのだろう。


いつの日か、この緑色の光景も見られなくなるのだろうか。多分、その頃には僕もとっくにこの高校を卒業しているだろう。


いつか変わりゆく景色、いつか変わりゆく日常……


だけど、変わらないものだってきっとあるはずだ。それさえあれば、良いのではないか。


グゴ、と辰のイビキが教室に響いた。


いかん、授業に集中しないと……


僕は視線を前へと戻し、急いで板書の遅れを取り戻し始めた__





「……で、結局今日の授業全部寝てたね……タツ」


あっという間に授業は終わり、今は既に下校の時間である。僕はタツと二人で校門を後にしていた。3限目以降、なんとか残りの授業を睡魔と戦いつつも集中して終えることができたが、タツに関しては見事に全授業机に突っ伏し爆睡する有り様だった。さすがの彼と言えど一日中寝ていることは珍しい。そのくせ休み時間や体育の授業はとびきり元気だから逆にすごいとも言える。その切り替えの早さを見習いたいものだ。


「ヘヘっ、合わせて6時間は睡眠時間が稼げたな!これでまた筋肉が一つ成長したぜ」


「一体何しに学校来てんの……」


なぜそのベクトルを勉強の方に向けないのか……


「うーし!これでようやくゲームができるな!ユウよ。内容は覚えてるか?」


溜息をつく僕をよそに、タツは元気の有り余る様子で指をポキポキと鳴らし始めた。


「えっと、帰り道に野良猫が見つかれば僕の勝ちで、野良ウサギが見つかればタツの勝ちだっけ?」


タツが言っているのは、昼休み時間にご飯を食べていた時の話だ。朝の犬猫の話題から派生していき、ウーサーニャイトの話になり、最終的に何故か猫とウサギを使ったゲームをするという話になったのだ。

タツはどんなことでも勝負事や賭け事にしたがる傾向があり、僕はそれに散々付き合わされてきた。彼は勝負と名が付くものであればジャンルを問わず滅法強い。何かを賭けてしまったが最後、僕が有利な定期テストですら一夜漬けの彼に何度か負かされそうになったことがあるくらいだ。

だから普通にやると僕が負けるような勝負が多いのだけれど、タツもそれを見越してハンデを設定したり、僕が勝った場合の報酬を少し多めにしたりすることでこちらが降りることのないよう僕を説得してくる。それが毎度中々絶妙な調整であるため、いつも最終的には勝負に乗らされしまうのだった。強い勝負師は交渉も上手だということか。結局、タツの術中にハマっているということだ。


「おう!タイムリミットは解散する場所までで、負けた方が勝った方にプロテインの奢りだ」


「いいの?野良猫対野良ウサギで。結構僕が有利だと思うけど」


野良猫はこの街では度々辺りを闊歩している様子を見かけ、探すつもりで歩けば1、2匹は容易に発見できるぐらいには存在する。それに対しウサギはそもそもあまり目にする機会自体無く、記憶に残っている限りでは、小学生時代に学校の飼育小屋で飼われていたウサギ数匹程度を見たのが最後だった。野良なんて猶更見かけた記憶は無い。野山に入れば案外見つかるのかもしれないけど……


「ま、野良猫なんてそこら中にいるからな。確率の高い奴を見つけたって何も面白くねえ」


そう言いながらタツは腕を組みニヤリと笑う。(勉学を犠牲に)鍛え上げた太い腕がこれでもかと言わんばかりに強調された。


「プロテインは要らないけど……オーケー。その勝負、乗った!」


「よっしゃ!そう来なくっちゃな」


まあそんな簡単にウサギが見つかるとは思えないし、何より動物探し自体が結構楽しそうだ。僕が勝ったらこれを機に体を鍛えるとでもしよう。


僕たちは野良猫と野良ウサギを求め、家まで道のりを歩き始めた__




「ありゃ、もう終わりの場所か」


「猫ウサギどころか動物一匹見つからなかったね」


結局動物の気配に注意しながら歩いたものの、ついに見つけることはできなかった。まあ、本格的に山の中に入って探した訳では無い上、20分弱ほどの時間しか無いのだから見つからないのも無理はないのだが。


「っかしいな~。今日は割と自信あったんだけどな」


「タツは野良ウサギ、見たことあるの?」


「いや、無え」


「じゃあその自信はどこから来てるの……」


そんな話をしながら、僕らはいつもの分かれ道で立ち止まった。幼少からの付き合いだが、辰の家自体は僕の家から少し離れたところにあるのだ。とは言え歩いて10分もかからない距離である。


「じゃ、また明日!」


「おう!今日は夜更かしすんなよ!」


別れの挨拶を交わし、僕は家までの残り道を歩き始める。

辰は曲がり角で見えなくなるまで、そんな僕の姿を見送っていた__






「…………」


「………」


「……」







「……いた」


タツと別れて少し歩いた後、下校路沿いにある林の傍で僕は立ち止った。


「野良ウサギなんて初めて見たよ」


そのウサギは林からひょこりと顔を出し、大きな耳を傾けながらジッとこちらの姿を見据えている。警戒しているのかと思ったが、意外にこちらが近づいても逃げる素振りは見せず、まるで人間に興味があるかのようにその小さな顔が僕を見上げていた。


「タツの奴になんて言おう……」


とは言ってもタイムリミットは過ぎてるから、勝負は無効。ギリギリセーフだ。難癖を付けられないように彼には黙っておこう。


「バイバイ」


僕はこちらを見つめるウサギに手を振り、人通りの無い帰り道を再び歩き始めた。


それにしても……辰、恐るべし。奴との勝負には勝てる気がしないな……


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