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3話 高校と矢田陽

僕が通う代永中央高校は非常に歴史のある学校らしい。確かもうすぐ創立80年を迎えるらしく、代永で最も古くからある高校なのだそうだが……パッと見た感じは比較的新しい印象を受ける。というのも10年ほど前に大規模な改修工事が行われたそうで、クーラーすら無かった教室には最新の技術で作られた黒板(?)や、これまた最先端の素材が用いられた窓ガラスなど、外見では良くわからない進化を遂げた快適な学習空間を提供できる教室と化している……らしい。

この話は代永中央高卒の教師達から耳にタコが出来るほど聞かされたもので、「お前たちは恵まれてるんだ!だからちゃんと勉学に励むんだぞ!」という言葉で締めくくらられるのも恒例となっている。


そんなわけで、歴史と最新設備両方の恩恵を受けることのできる我が代高よこうだが、2階にある僕のクラス__2年4組の教室に集まっているのはまだ十数人ほどだった。時間は7時50分。ホームルームが始まるまであと30分はある。


辺りを見回すと、ポツポツと勉学に励む人や読書に耽る人も見受けられるが、大体は2、3人のグループになってとりとめのない話をしているため、教室内は人数の割に比較的賑やかだった。


そんな中、僕の机の前には辰が椅子をこちらに向けそのデカい図体をドシリと乗せていた。


「それでさ、妹に言われて朝ダウンロードしたんだよね。『わんこにゃんこ融合!』ってゲーム」


「なんじゃそりゃ。融合王ゆうごおうみたいなもんか?」


木製の椅子を軋ませ、辰は両手を頭の後ろで組みながら笑みを浮かべる。


「一時期流行ったよな。ユウゴオウ」


「10年前ぐらいだっけ?懐かしいね」


融合王とは、僕たちが小学校低学年の時に流行ったカードゲームである。カード同士を融合させることで強力なモンスターを召喚するシステムが話題を呼び、一時期はアニメ放映もされていた記憶がある。


「確かタツがめちゃくちゃ強くて、近所のおもちゃ屋の大会で優勝してたよね」


辰は腕を組んでニヤリ、とドヤ顔を見せた。


「へっ、思えば俺の常勝伝説は10年前から始まってたというわけだな」


「タツって勝負事になると本当に負けないからね……」


カードゲームに限らず、テレビゲーム、スポーツ等……辰は勝負と名のつくものには昔から滅法強い。抜群の運動神経の成せる技なのか知らないが、ジャンケンすら強いのはほんと勘弁してほしい。


「しかし、もうあれから10年か……時が経つのは早えーなあ」


「うわ、タツが珍しく感傷的なこと言ってるよ……しかもオッサン臭い」


「うっせ!俺が感傷的になって悪いかよ」


そう言って辰は口を尖らせたが、自分でもその通りだと思ったのか、すぐに吹き出し表情を緩ませた。


「で、何の話だったっけか」


「ああ、そのダウンロードしたアプリの話なんだけど……文字通り犬とか猫を融合させて、それを戦わせたりしていく育成型のゲームらしいんだ。1番人気なのがウサギと猫を合わせた__」


「ねえねえ、何の話してるの?」


突然、僕と辰の目の前に女の子が頭を入れてきた。


黒いショートヘアがさらりと揺れ、シャンプーの香りが微かに漂う。彼女はその隙間から丸くパッチリとした目を覗かせた。その瞳の大きさに反比例するように、辰の目がみるみるうちに細くなり険しい顔になっていくのが見える。


「おはよう、矢田(やだ)さん」


「おはよっ、九重君」


机から頭を上げながら、声の主__矢田(やだ)(はる)さんは満面の笑顔を僕に向けた。


「日野君もおはよっ」


くるりと顔を回転させ、辰にも挨拶をする。辰はケッと不機嫌そうに喉を鳴らした。


「またお前かよ矢田……、いっつも会話に割り込んできやがって。友達いないのか?」


「ぶー、友達ぐらいいますよーだ。」


そう言いながら彼女は頬を膨らませる。


「そうだよタツ。もし本当に友達がいなかったら失礼じゃないか」


「いやいや九重君、私ちゃんと友達いるからねー?」


僕のフォローに矢田さんは汗を浮かべながら掌をパタパタと振った。短い間に表情がコロコロ変わる人だ。


矢田ハルさん__彼女は同じ2年4組のクラスメイトである。活発そうな見た目にスラっとしたスタイル、そしてクリっとした目が特徴の可愛らしい女の子だ。


明るく誰にでもフレンドリーな性格から、男女問わず人気は高い。もちろん友達は多く、昼休みには女友達数人で楽しそうに弁当を食べている所をよく見かける。艶のあるショートカットの髪やスレンダーな体形からは運動が得意そうな印象を受けるが、意外に文化系で運動音痴なところもまた彼女の可愛らしいところである。


そんな矢田さんだが、何故か朝の時間だけは決まって僕とタツのもとにやってくるのだ。まだ仲の良い友達が来ていない時間だからなのだろうか、文字通り首を突っ込んできてはタツに小言を言われるのが日常となっていた。


「ね、ね、それで、なんの話してたの?犬とか猫とか聞こえてきてたんけど、もしかして動物の話?ちなみに私は犬派ね!」


「誰もおめーの話は聞いてねーよ」


辰がそう言いながら口を尖らせる。


ちなみにタツは猫派で僕は犬派だ。性格からか、結構逆だと思われる事が多い。


「そりゃーおめー、あの話だよ」


タツはニヤニヤしながら一瞬僕とアイコンタクトをとった。これは悪いことを考えている顔だ。僕は澄ました顔で矢田さんに分からないよう軽く頷く。


「『毛』について話してたんだよ」


辰は、堂々と嘘を付いた。


「そうだよ」


僕も嘘を付いた。



「うんうん、『け』の話ね! ……け、け……ケ?」


矢田さんの頭にはてなマークが浮かぶ。すっかり動物の話だと思っていたようで、彼女は目に見えて狼狽えていた。


「け、毛っていうと、髪の毛だとか、そういう毛?」


「ああ、そういう毛だ」


「え、でも犬とか猫の話は…」


矢田さんは当然の疑問をぶつけてくる。僕たちは顔を見合わせ、その後辰がその疑問に応えた。


「俺が犬並みに毛深いって話をしてたんだよ」


衝撃のカミングアウトである。


「えぇ!?い、犬並みってそんなに!?」


驚愕の表情で矢田さんは辰の全身を見回す。特に衣服で隠れている部分に目を向けては、辰の顔を交互に確認していた。


「見たいのか?」


「み、見たくないよ!」


矢田さんは顔を真っ赤にして両手を振る。もちろん、犬並みに毛が濃い人間なんて存在しない。


「あれ?でもそれじゃあ、猫は……」


「ああ、それは、僕が猫並みに毛深いって話だね」


「九重君まで!?っていうか犬も猫もそんなに変わらなくない!?」


矢田さんのツッコミは教室中に響き、皆が彼女のほうを振り向いた。彼女は一つ大きく咳払いをして、どうにか落ち着く。


「ひ、日野くんはともかく、九重くんまで毛深いんだ……」


「矢田はどうなんだ?」


「わ、私!?」


辰がニヤつきながら、セクハラ丸出しな質問を矢田さんに向けた。


「お前は何並なんだ?ウサギか?ハムスターか?ほら、言ってみな?」


「わ、わわ、私は……」


別に動物に例える必要は無いし、ましてや質問に答える必要自体全く無いのだが……彼女は混乱した様子で目をグルグル回しながら一所懸命に考え、そしてついにその一言を漏らした。


「ひ、ヒツジ並……かな、なんちゃって」


彼女は、剛毛だった。


「あ!ハ、ハルカちゃん!そ、それじゃ私はこれで!今のは冗談だからね!信じないでよね!」


その言葉を最後に、彼女はそそくさと逃げるようにこの場を去っていった。急に机の周りが静かになる。


辰が僕を見て、ニィ、とほくそ笑んだ。


「ふう、ようやく邪魔者がいなくなったぜ。居づらい雰囲気にして退散させる俺の作戦は成功だったな!」


「タツって矢田さんに厳しいよね……ひどいじゃないか。女の子にあんなことカミングアウトさせて」


「いや、お前もノリノリだったじゃねーか……」


こうして、いつものように退屈しないホームルーム前の時間を過ごす。いつの間にか教室は生徒達でいっぱいになり、僕らの会話も喧騒の一部となっていった__

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