2話 代永市と日野辰
僕の住むこの代永市は、ここ十数年の間で大きく発展している街だ。近年そこら中にあった大きな山が切り落とされ、その場所に大型デパートやアミューズメントパークが建設されている。最近では僕が物心ついたころからいた代永市のイメージキャラクター『よっちゃん』が何故かゆるキャラ化され遊園地内を闊歩しているらしい。
街の外側は近代化している一方、街の中心部に相当するこの周辺はほとんど開発が進んでおらず、見渡した感じ7割は緑色の景色が広がる田舎街となっている。とは言え少し歩けばコンビニの一つや二つは見つかるし、1時間に数本走る電車やバスに乗れば市街地にも30分ほどで行けるため、生活する上で不便に感じたことはあまり無かった。
そんな半田舎とも言えるこの代永中央地区にひっそりと存在する高校への通学路をゆっくり歩いていると、後ろから誰かが小走りでこちらへ近づいてくる気配を感じた。僕はその正体を知っている為、わざわざ振り向くことはしない。
「よっ」
ボンッ、と力強く僕の左肩を叩き、その小走りの正体__日野辰は目の前で軽く挨拶をした。
「おはよう、タツ」
「ユウ、おめー今日もはえーな。真面目高校生かよ」
そう言いながら辰は僕の隣に並びなおす。その筋骨隆々の図体は、小走りとはいえ息一つ乱していない。
「ほんとだよ……なんでこんなに早いんだろうね」
そう言って僕はため息をつく。別に時間ギリギリまで家にいてもいいんだけど……朝のニュース番組はあんまり興味がないし、星座占いも真に受けるほうではないからそこまで家でやることがない。しかしそんなことよりも、母さんが「アンタせっかく早起きしたのに何ボケーっとしてんの!」とでも言いたげなプレッシャーをガンガン効かせてくるのが辛いため、ある程度の時間になるとしぶしぶ家を出ていくのだった。
「どうせ家にいると蘭さんにどやされるんだろ?あの人朝でも元気そうだもんな」
「もう朝からびっくりするほど元気だよ。声がとにかく大きくて、近所迷惑になってないか心配するぐらい……というか辰、その蘭さんって言うのいい加減やめない?」
蘭とは母さんの下の名前である。辰はなぜか昔から母さんのことを蘭さんと呼ぶのだった。昔はそんなに気にならなかったが、この年になるとこっちが恥ずかしくなってくる。
「いやーでも蘭さんは蘭さんだからなあ。俺達が5つぐらいの頃から蘭さんじゃなかったか?」
「いや意味が分かんないよ……」
「ま、今さら変えるのもおかしいって話だな!」
そう言って辰はガハハ、と笑う。この幼なじみも母さんに負けず劣らず元気だ。
辰とはもう相当昔からの付き合いになる。両親から聞いた話だと、なんと赤ん坊の頃から一緒に遊んでいたそうだ。僕も辰もこの代永で生まれ、代永で育った。
辰は昔から活発な性格で、よく近所の山に連れて行かれて秘密基地を作ったり、変なルールの遊びを考えては、僕や他の友達を引き連れて公園へ赴いたものだ。僕はそんな辰にいつも振り回されっぱなしだった。
そんなこんなで小、中、高と同じ学校で過ごしてきたため(同じ地域に住んでるから当然と言っちゃ当然なんだけど)、僕の人生の半分ぐらいは辰に振り回されて過ごしてきたと言っても過言ではなかった。もはや切っても切れない腐れ縁である。
「っていうか、早いのはタツだって同じじゃん」
僕は右隣で歩いている辰を少し見上げて訪ねた。この男、成長期になって急激に身長が伸びたのである。昔
は僕と身長争いしてたのに……。
「僕たちって別に待ち合わせしてるわけじゃないのに、なんでこういつも出くわすんだろうね」
「確かにな」
辰は腕を組んで考える恰好をしたかと思うと、すぐにそれをほどいて通学路を指さした。
「まあ、まずはこの一本道だな。このなげえ道に出ると前を歩いてる奴は全員視界に入るから、前後2分ぐらいならどちらかがどちらかを発見できるわけだ」
「確かに、大体この一本道で合流するよね」
今回は辰が僕の後ろだったが、もちろん僕が辰の後姿を見つけることはある。特に辰の場合は、図体がデカいため非常に見つけやすい。
「でも……それでもまだ多い気がするけど」
「うーむ、そうだな……俺が思うに、ユウ、お前昨日『GASUKE』見ただろ?」
「あ、うん。見てたよ」
「あの番組が夜の11時頃までだったよな。それが終わった後、風呂に入った」
「うん。よくわかったね」
そこまで言うと、辰はニヤリと不敵に笑う。
「俺も同じだ」
「……まあ、辰も見てるだろうなーとは思ってたけど」
「つまりだな」
辰はその場に立ち止まると、僕に向かってイタズラ好きの子供のような笑みを浮かべた。
「俺とおめーは似通ってるんだよ。好きなテレビ番組やら生活サイクルやら、色んなもんがな。付き合いが長すぎるせいで、無意識のうちに家を出る時間帯すら同じになってしまったっつー訳だな。この推理、どうよ?」
「うわっ!やけに説得力あるのが嫌だねそれ」
そんな話をしながら、僕たちはゆっくりと道を歩いていく。
道端のスズメ達は、僕たちが近づくとチュンチュンと鳴きながら散り散りに空へ逃げていき、道沿いの家の庭にいた大型犬が、それを見てワンワンと大きな声で吠えていた。
ふと、『わんこにゃんこ融合!』のことを思い出す。スズメと犬を融合させたら、果たしてどうなってしまうのだろうか。
スズメと犬だから……イヌスズメ?
あんまり強くは無さそうだ。想像して少し笑ってしまう。仮に進化出来たとしても弱いだろう。
「タツってさ、昔からだけど、洞察力とか考察力はあるのにテストの点数は悪いよね。筋トレなんかしてないでもっと勉強すればいいのに」
僕は笑いを誤魔化すため、辰に話題を振った。彼は成長期のあたりから筋トレにハマり始め、今ではすっかり筋肉ダルマだ。背が伸びたことも相まって、当時は日を追うごとに身体の体積が増えていく様子を僕は隣で見ていた。あの時止めておけば、頭まで筋肉になってしまわずに済んだかもしれない。
「バッカおめー。筋トレを削ってまでやる事なんてこの世にねーんだよ」
そう言いながらムキリ、という擬音が聞こえてくるほどの上腕筋を僕に見せつける。
「どうだ?筋肉マンみたいだろ?」
「いや絶対に筋肉無駄にしてるマンだよ……」
「まっ、真面目に勉強やるなら来年からだな!」
辰はそう言ってニッと笑った。
それからも、いつものように取り留めのない話をしながら登校時間を過ごす。時折吹きつける春先の風は、まだまだ冷たかった。




