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17話 『刹那の旅(モーメントリップ)』と『限りなく透明(ノーノーティス・ウィズ・ユー)』①

「………」


「………」


「………………」


「………………」


さらさらとした川の流れが太陽の反射で映える頃。

そのほとりに、二人の男女が2、3メートル程のなんとも微妙な距離を開けて座りこんでいる。


お互いに無言でさらさら流れる川を見つめながら、非常に気まずい空間を共有していた。辺りが静かな分、その沈黙の五月蠅さも余計に強まっている。


その男の方……僕、九重優は、なんとかこの状況を打破しようと隣の美少女を盗み見た。


透明の滝で出会ってから数十分、裸で水に浸かっていた彼女は既に服を着ており、人魚座りの姿勢を保ったまま微動だにせず固まっている。すれ違った時と同じ、黒を基調とした控えめな服装だ。

その横顔は絹のような髪に隠れあまり見えない。代わりに胸元の大きな膨らみがはっきりと強調され、そちらに目線が引っ張られそうになる。だんだんと自分の顔が熱くなっていくのが分かった。


彼女が僕の視線に気づき、こちらを見る。

乾ききっていない金髪がその白い頬に張り付く様は心臓が飛び出しそうになる程に色っぽく、結局僕は何も言わずすぐに目を逸らしてしまった。


彼女の何か言いたげな視線が頭に突き刺さる。

……そう、この感じだ。


実は先程から、何度かこの場を立ち去ろうと試みていた。この場所に割り込んできたのは僕なのだから、こちらから出ていくのは当然と言えば当然だし、そもそも僕がこの場所にとどまっている理由は無かった。そういえば僕何しにここに来たんだっけ?


だが、僕が少しでもここを去ろうとする素振りを見せると、その度に寂しそうな、まるで『行かないで』とでも言いたげな視線をこちらに向けてくるのである。決して自惚れでは無い……と思いたい。


と、少女は僕への視線を一度逸らす。

そのまま下を向いたかと思うと、聞こえるか聞こえないかの声量で一言だけ呟いた。


「なんで、見えたんだろう……」


「……え、それは服を脱いでたからじゃ」


つい、言葉が出てしまった。


「い、いえっ!そういう意味では無いのですけれど!」


「ご、ごめん」


反射的に謝ってしまう。いまいち噛み合わない会話に発言を後悔したが、話を進めるタイミングはここしか無い、と僕は心を決めた。


「__あの、君は、外国の人?この街に住んでるの?」


僕の言葉に少女はピクッと微かに反応し、唇を僅かに噛みながら上目遣いでこちらを見てきた。緊張の中に、心なしか嬉しさが混ざっているような、そんな表情である。

……正直、参るほどの可愛さだ。この世にこんなに可愛い表情というものが存在するのかと妙に感心し、僕はある意味冷静さを取り戻しはじめた。


「__私は」


彼女はそこまで言うと、若干言葉に詰まった。再び沈黙に戻りそうな気がして、僕は慌てて次の言葉を探し始める。


「__あ、ごめん!僕のことを話してなかったね。僕はこの街に住んでる__」


「__ココノエ、ユウ」


心臓が、止まりそうになる。


僕が自己紹介をしようとする直前。彼女の口から、その名前が零れた。


「わたくしは、ユノ__ユノと申します」


__ユノ。

初めてすれ違った時から、ずっと知りたかった名前。

しかしその直前の言葉が脳内で何度も再生されていたため、あまり深く頭に入ってこなかった。


「ユノ……さん、なんで僕の名前を__」


「逃げてきたんです」


「__え?」


ユノという名前の少女。

彼女は決心したように表情を結ぶと、その人形のように整った顔を僕に近づけ、訴えかけるように叫んだ。


「わたくし、自分の国から……自分の住んでいたお城から、逃げだしてきたんです!」





「……さて」


それは、とても嗄れた男の声だった。


声の方向に皆が注目する。先程まで佐護桜が立っていた場所の近く……すなわち桃野こころのすぐ側に、声の主は存在していた。


男は、老人だった。


「モモちゃん!」


「せ、先輩……」


老人は黒い礼服に白い髭を携えた姿をしており、とても良い姿勢で桃野心の斜め後ろに直立している。

年齢は60後半から70あたりだろうか。しかしその佇まいは若々しく、眼光はとても鋭かった。


彼の右手は、椅子に座っている桃野こころの首筋に触れていた。


部屋一帯にピリピリとした緊張感が漂う。こちらから手元は見えないが、首元に何かを突き付けられている可能性が高い。桃野こころが人質に取られていることは明白だった。


「……貴様は何者だ?どうやってこの部屋に入ってきた?」


桜は慎重に言葉を選びながら老人に問いかける。主導権を握られている今、下手に相手を刺激するようなことはできない。


老人はゆっくりとした口調で話を始めた。


「では、まず一つ目の質問から……申し遅れました。ワタクシ、軍事国家『マークス』国の王女、ユーノスタリア・ノスタニア様に仕える執事、名はジタルと申します」


「……マークス」


その名前を、桜は耳にしたことがあった。


『マークス』__


小国ながら、この数十年間で急激に勢力を伸ばしてきた軍事国家。

しかし他国との交流が活発ではない秘密主義国家のため、桜もそこまで詳しい情報を持っているわけでは無かった。それだけに、目の前の老人が一層不気味に思えてくる。


「ジタル、と言ったな……王女とは、この映像に映っている女性のことか?」


「左様でございます」


眉一つ動かさず、ジタルは桜の質問を肯定する。


「貴様達はどうやってこの街に侵入してきた?」


「__はい。それでは二つ目の質問への回答を」


ジタルは一度室内の人々や画面に映る映像を見回し、再び話し始めた。


「この街の警備はとても厳重です。街を囲む多重結界に加え、いざ侵入すれば、そこには多数のセナーが集う強力な軍隊。正面からまともに侵入するのは、よほど強大なセネルを持つ『Xエックス』でもない限り不可能でしょう」


「つまり、まともな手段ではない、と」


「その通りでございます」


男は即答する。


言葉からは彼自身が『X』であるという可能性も読み取れたが、『外部班』や『戦闘班』からはここ数日間の戦闘報告や不審者の報告は一件もされていない。正面から堂々と侵入してきたとは考えにくかった。


「さて……誠に勝手ながら、少々ご説明のお時間を頂きたいのですが……」


瞬間、


「!!」


ジタルと桃野こころ、二人が同時に空間から消失・・した。


「モモちゃん!くそッ」


室内が騒然となる。

が、3、4秒経過後、彼らが消えた空間に再び二人が同じ姿で出現した。


「『刹那の旅 (モーメントリップ)』__これがワタクシの『セネル』でございます」


ジタルの声が室内中に響く。


「『刹那の旅 (モーメントリップ)』は空間座標転移能力。俗に言う『瞬間移動』というものでございます」


「……瞬間移動」


桜の額から汗が垂れる。


「あまり捻りの無い能力でございますが……特別優れていると自負していますことは『距離に制限がない』ことと……『私が触れた方もご一緒に移動することができる』こと……でしょうか」


ジタルはそこまで言うと、桃野こころへほんの少しだけ穏やかな声色を向けた。


「只今見えた景色、皆さんにご説明をお願いいたします」


「……はい。一瞬だけ目の前が真っ白になったかと思うと、その後私の目の前には『イアの像の群』が一面に並ぶ光景が広がっていました。3秒程度の短い時間でしたが、本物の景色に間違いありません」


「『イアの像の群』がある場所って……地球の間反対側じゃん!マジで距離に制限ねーのかよ」


コウがそう言葉を洩らした。確かにそちらも恐ろしい能力ではあるが__真に危険なのは、もう一つの特性。


「他人と共に移動が出来る能力__それを使って、王女と共にこの街の内部へ『瞬間移動』してきた__そういうことだな?」


「この街の弱点。街の表面部分には戦力を集中できる反面、中心部は手薄にせざるを得ない……そうでございましょう?」


「……」


桜はギリ、と歯を噛む。予想以上に厄介な能力だ。

他人と共に瞬間移動が出来る__つまりそれは、一緒に移動した者をその場に取り残し、自分だけ別の場所へ移動することが可能だという事だ。

それがもし雲よりも高い空の上であれば……光すら届かない深海であれば……

今、桃野こころの命は間違いなくこの男に握られていることになる。


瞬間移動……捻りの無い能力だなんてとんでもない。珍しく、かつ非常に厄介なセネル__だが、それだけでここまで容易に侵入を許すとは思えなかった。いくら中心部が手薄と言えども、人の目や監視を常にかいくぐりながら動くことは不可能だ。かといって、上手く死角間をセネルで移動していたとしても、あまり大した動きはできないだろう。何か仕掛けがあるはずだ。


「さて、ワタクシは戦いを望んでおりません」


ジタルは目を細める。皺の寄るその瞳から、彼の本心を読み取ることはできなかった__私では。


「要求は、なんだ?」


桜は単刀直入に聞いた。

今までの会話は全て準備段階__我々と交渉に持ち込むための状況説明だ。恐らく本題はこれからだろう。


ジタルは隙を見せぬまま1、2秒目を閉じた後、今までと違い少しだけ感情の入った声で、その言葉を口に出した。


「ワタクシの要求はただ一つ。我が国の王女、ユーノスタリア様をこの代永市に匿って頂きたいのです」


「期間は……一生」

次回より予約投稿制にします。

毎週月曜日、金曜日の0時に更新する予定です。頑張ります。


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