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プロローグ

「__ねぇねぇ、ジタル!」


「__なんでしょう、お嬢様」


彼方まで続く夜空の下、とあるお城の大きなお庭。


静寂の中、とても大きな、しかしながらまだ幼い声。小さくも、年季を感じさせる落ち着いた掠れ声。2つの声だけが世界に響いていた。


「お星さまって、どうしてあんなにキラキラ光っているの?」


パジャマを着た少女は、初老の男に向かってそう問いかける。首を傾げる仕草に呼応して、絹のように滑らかな髪がフワフワと揺れている。


「それはですね……」


初老の男は一度星空を見上げると、少女の方に目線を戻した。


「あの星に住んでいる方々が、とっても大きなライトを使って私達の星にメッセージを送っているのですよ」


「えっ!それってもしかして、うちゅう人!?」


男の言葉に少女は身を乗り出すと、夜空に浮かぶ星達に負けないぐらいキラキラと目を輝かせた。


「__ええ、そうですね。宇宙人です」


「あのちっちゃいお星さまにも、うちゅう人がいるの?あっちのおっきなほうにも?あっ!あのきれいな色のにも!?」


少女は興奮した様子で、息つく間もなく矢継ぎ早に星空を指差していく。そのスピードが速いためどの星を指しているのか分からず、男は苦笑いを浮かべた。


「ええ。あれにも、それにも、光っている全ての星に宇宙人は住んでいますよ」


「あ、じゃあアレにも!?」


少女はそう言いながら、この夜空の中で一番明るく、一番大きな丸い星を指差した。


「ええ、もちろん。月にだって宇宙人は住んでいます」


「すごいすごい!うちゅう人っていっぱいいるんだね!」


少女は立ち上がり、前方に向かって足早に歩いていく。庭の真ん中まで行った所で立ち止まると、小さな手を一杯に広げぐるぐると体を回転させた。それはまるで、星空に住む宇宙人達に向かってとっておきのダンスを披露しているように見えた。

星空の観客全員が少女に注目している。つまり、彼女がこの宇宙の中心だ。


男も、観客の一人となって少女を見ていた。


「ねぇ、なんでうちゅう人たちは、ユノたちに『めっせーじ』をおくっているの?」


少女は男の膝上に座りなおすと、男に再び問いかける。


「そうですねえ……お嬢様は、何故だと思いますか?」


男は少し悩む素振りを見せた後、逆に少女へ向かって質問をした。彼は時折、彼女に対してこのような問いかけをする。それは少女の為でもあり、また彼自身の為でもあった。


男の言葉に、少女はうーんと頭を唸り少しだけ考え込む。

しかしすぐに顔を上げると、真剣な表情で男を見据えた。


「えっとね、うちゅう人はね、ユノやジタルたちと、オトモダチになりたいんだと思う!」


大きな声は、夜空中に響いた。


「__ふふ。ええ、その通り。大正解です」


「やったー!」


少女は体を大きく広げ喜びを表現させ、その様子を見て男も目尻を下げた。


__子供は発想力豊かですねえ。


少女の放つ一つひとつの言葉に、彼はつい口元を緩めてしまう。長い時間と共にすっかり凝り固まってしまった老人の脳味噌にとって、彼女との会話は頭を柔らかく解きほぐしてくれる極上のマッサージのようだった。


(……こんな考えをしてしまう事自体、ワタシもジジイになった証ですかねえ)


己の老けた考えに苦笑いを浮かべ、それを誤魔化すために少女の頭を優しく撫でた。


「やっぱりジタルってすごいね!ユノがしらないこと、なんでも知ってるんだもん!」


少女はそう言いながら、頭に乗っている老人の手に自分の手を重ねる。彼の頭を撫でる速度が、少しだけ遅くなった。


「ほっほっほ。そうですねえ、お嬢様よりもうんと長生きしていますからね……しかし、なんでもという訳ではありませんよ」


「ジタルにも分からないことがあるの?」


「もちろんありますとも。……例えば、そうですねえ。あの無数に輝く星達……あそこの小さな星には、一体どのような姿をした宇宙人が住んでいるのか。その隣の大きな星には、どれくらい大きな建物が建っているのだろうか。向こう側の綺麗な色をした星には、どれだけ美味なる食べ物が存在するのだろか……どれも私が知らない事ばかりです」


そう、どんなに生き永らえようとも、決して全てを知ることは出来ない。こんな、ジジイになってしまっても……


「ジタルは、お星さまに行ったことはないの?」


「……月であれば、一度だけ行ったことがあります。随分昔の話ですが」


「ほんと!?うちゅう人と話したの!?ウサギさんはいた!?」


興奮する少女をよそに、男は穏やかな顔で首を横に振った。


「残念ながら、宇宙人は見つかりませんでした。ウサギも居ませんでしたね……恥ずかしがり屋だったのでしょうか」


「そうなんだあ……ほかのお星さまには行ったことはないの?」


「はい、月だけです。行ったことがないというより、行けない、と言った方が正しいですが」


「ジタルの『ちから』でも、行くことはできないの?」


「ええ、出来ません。ちょっと遠すぎますねえ」


「そうなんだあ……うちゅう人、みたかった?」


「ええ、残念でした。会いたかったですねえ、宇宙人」


そう言いながら男は星空を見上げ、それと同時に、ほんの少しだけ寂しげに表情を変えた。それは注意して見なければ分からないような変化だったが、少女はそれを見逃さなかった。


「じゃあねじゃあね!ユウが大人になったら、ジタルをほかのお星さまにもつれてってあげる!」


少女は人差し指を天高くに上げる。男はゆっくりとその指先を見上げた。


「__ほう、それはそれは……」


あまりに突飛な少女の言葉であったが、悲しげだった男の表情はたちまちに綻んだ。それを見て、少女もとびきりの笑顔を見せる。


「あとね、パパと、お兄さまと、サリーとね……それから、ケライたちもみんなつれていく!」


「ほっほっほ、お嬢様はお優しいですねえ」


「だからジタル!アレ、しよ?ほら、おでこだして!」


少女はそう急かし、膝上で立ち上がると自らの目線を男の目線に合わせる。


男もまた優しく微笑みながら、月明かりで鈍く輝く目の前の少女を見つめた__


音が止まり、時が遅くなる。




大きな瞳。小さな額。


ぶれる視界。皺の寄る肉体。


重なる時間は、とても短く。


だからこそ、意味を持つのだろうか?


だからこそ、光り輝くのだろうか?


__その問いは、ついに解ることはなかった。


そして、これからも解ることはないだろう。




二人は額を離した。


「ジタルはお星さまに行くの、たのしみ?」


そう言いながら、少女は男の腕に寄りかかる。疲れたのか、声に先程までの元気は無かった。


「それはもう、このジタル、人生様々な経験を経てきましたが、その中でも一番楽しみと言って良いかもしれません。今から待ち遠しくて仕方ありませんとも……まだまだ私も齢六十と数年。うんと長生きしなくてはなりませんねえ」


男がそう漏らしたところで、暫くの間沈黙が流れる。彼が少女の表情を伺うと、彼女は既に電池の切れかけのようにウトウトと頭を揺らし始めていた。


「さ、お嬢様。そろそろお休みの時間ですよ」


「ん……はあい」


男は少女を抱きかかえ、庭に背を向ける。


もう一度だけ、男は星空を見上げ……


それを最後に、二人は屋敷の中へと消えていった__






そして、世界に静寂が訪れる。



__ふと、星空よりももっと、もっと遠くの向こう側で、『誰か』がニッコリと笑った。



これは『秘密』の物語。

そして『真実』の物語。



UUUUUUUUU

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