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15話 戦闘班と目良千②

「どうだい?優くんとは?」


訓練場の裏へ移動している途中、目良千がそう辰に声を掛けた。

彼は辰の一歩前を歩いており、その頼りなさげな背中の後ろに辰は付いていた。のっそりとした足取りに見えるわりに班長の進むスピードは速く、辰は自然と早歩きにならざるを得なかった。


「いつも通りです。特に変わったことはありません」


「そうか。うんうん、良い事だ」


目良班長は前方を向いたまま何度か頷くと、それ以上は何も言わなかった。辰も無言で彼の後ろを付いていく。


沈黙が続くが、特に気まずさや居づらさは感じなかった。班長は決して無口というわけでは無いが、場を持たせるために話をするというタイプでも無い。自分が話したいと思ったときだけ口を開いているのだろう。とは言えこちらから話を振ると気さくに答えてくれるため、タイプは違えど佐護班長と同様に親しみやすい上司だと辰は感じていた。


しかし、目的の場所が近づくにつれて辰の緊張は強まった。稽古と言えど、目良班長と対面する時はいつだって相応の覚悟が必要となる。同時に、稽古の時間は日々の特訓の成果を測るチャンスでもあった。自然と心臓の音が高鳴る。


「さあ、着いたよ」


木々が生え広がる中、訓練場の外壁から多少離れたところにテニスコート程の広さの空きスペースが現れた。目良千はその真ん中より少し奥で立ち止まると、辰の方に振り返り軽く足場をならす動作を見せた。


「よし、じゃあ始めるとしようか。『シールド』は持ってきた?」


「はい。既に『最小』の設定で展開しています」


「オーケー。僕はいつでもいいよ」


そう言いながら班長は軽く手を挙げた。いつでもいいと言う割には腰に挿した刀に手を掛けることも無く、相変わらず覇気の無さげな柔らかい笑みを浮かべている。まるでキャッチボールでも始めるかのような軽い雰囲気を醸し出していた。


スゥ、と辰は目を閉じ一つ大きな深呼吸をする。

一瞬の脱力の後、身体全体に強く力を込め、目の前に佇む師に向け全神経を集中させた。


鳥達が羽ばたき離れていく。空間がピリピリとした緊張感に包まれる中、班長は一瞬だけ口を横に広げ、楽しげに、そして鋭く笑った。


「行きます!!」


掛け声と共に辰は地面を抉るように蹴り上げ、師の頭上へその刀を振り上げた__





「既読無し、と」


辰からの返信が来ていないことを確認すると、僕は手元のスマホから目を離した。


「筋トレでもしてるのか、筋トレが終わって寝てるのか……」


辰にメッセージを送っても、その返信にかかる時間はまちまちだ。返事が返ってくる時は一瞬だが、返ってこない時はとことん返ってこない。

彼は一つの物事に集中し、生活に恐ろしくメリハリを付けるタイプである。恐らく今はスマホに見向きもしていないのだろう。特に急ぎの用事でも無いため気長に返事を待つことにした。


「ふぅ……」


窓の外を見る。晴天が広がり、車のエンジン音だけが遠くから聞こえてくる。


うん、平和だ。散歩でもするととても気持ちが良いだろう。


ふと、前にすれ違った少女のことを思い出した。

最近、暇になるとついその時の事ばかり考えてしまう。脳裏に焼き付くとはこういうことを言うのだろうか。そのシーンはなかなか記憶から消えそうになかった。


まだ彼女はこの辺りにいるのだろうか?

散歩に出れば、またどこかでバッタリとすれ違えたりしないだろうか?


自分が小学生のような思考をしていることに気付き、苦笑する。やっぱり散歩はやめておこう。

自分に対するささやかな反抗心もまた幼稚な気がして、僕は首を振り思考をリセットした。


「お兄ちゃーん!ちょっと『ワンニャン』手伝ってー!」


「今行く!」


リビングから聞こえた愛の声に返事をした後、僕は手元にあるスマホから『ワンコニャンコ融合!!』のアプリを起動し始めた__





「ハァッ……ハァッ……」


目良班長との稽古が終わると、辰は息を荒げながらその場に倒れこんだ。


身体が全く動かない。だがそれ以上に頭が働かない。とてつもない緊張からようやく解放された後の脱力感が全身を支配していた。


「うんうん。成長しているね」


目良班長は息一つ乱しておらず、稽古によってボロ服に付着した砂埃を片手で取り払っている。その表情は満足気で、まるで子の成長を見守る親のようにも見えた。もっとも班長は普段から穏やかな表情を崩すことは無いため、その本心を読み取ることはできなかった。


「君は、避けるのが上手いね」


目良隊長はそう言いながら近くの段差に腰を下ろした。カチャリ、と刀と地面が接触する音が聞こえる。辰もようやく息が落ち着いてきたため、大量の汗で濡れた上半身を少しだけ起こした。


「……それは褒められてるのでしょうか」


「もちろんさ。戦いにおいて一番大事な事は死なない事だ。そして、死なないために最も有効な手段は避ける事だからね」


隊長は刀の鞘に手を触れながら、風に揺れる木々を見つめている。


「回避する、という行為は突き詰めれば予測することだ。自分の一瞬先に降りかかる出来事を理解、判断し、それを自らの力で変える行為。君はこの『未来』を判断する能力に優れている。もちろん僕との訓練によって伸びている部分もあるだろうけど……君のそれはれっきとした才能だね。よく勘がいいと言われるだろう?」


「……確かに言われますが」


……それ以外の能力は、優れていないということだろうか?


どうしてもネガティブな方向に裏読みしてしまう。実際、目良班長にはこれまでの稽古で一太刀すら与えたことが無かった。班長は成長していると言ってくれているが、実力的にはまだまだ彼の背中すら見えていないような状況である。それはゴールの見えない暗闇の中を歩いているようなもので、なかなか自分の成長を実感することが出来かった。……目標が遠すぎるのだろうか?


「……ありがとうございます。いつも、俺一人の為に時間を割いて頂いて」


だが、そんな自分のために班長という立場ながら協力してくれる目良千に、辰は非常に感謝していた。

百聞は一見に如かず。百のトレーニングで目に見えて肥大化した肉体よりも、彼との稽古を一回行う方が遥かに大事だという事を辰は身をもって理解していた。


「いやあ、僕にはこんなことくらいしかできないからいいよ。ぶっちゃけヒマだし」


「副班長に怒られますよ」


「ハハ……。でもね日野君、僕、正直人に物を教えるのってそんなに好きじゃないんだ。僕は他人に大層な事を言えるような人間じゃないからね」


班長はすっかり穏やかな雰囲気に戻っていた。確かに、普段の彼の振る舞いやその見た目からは指導者としての威厳は感じられないが……


「ただ、君に稽古を付けるのはとても楽しいよ。なぜだか分かる?」


「……なぜでしょうか」


理由が全く思い浮かばず、辰はそのまま聞き返す。


「人が何かを為すために必要なことはいくつかある。『努力』はもちろんだし、『才能』も大事だね。でも……でもね日野君。努力や才能よりも、一番必要なこと、それは『意志』だ」


「意志__」


目良千は立ち上がり、辰を見てクッと目を細めた。


「物事を成し遂げたいと強く願い、そう思い続ける心__そう、君はとびきりの『意志』を持っている。だから楽しいんだ」


優し気だが、何か心の奥を見透かされているような目良班長の瞳。

辰はその瞳を真っ直ぐに見つめ返す。


数秒の静寂。


班長はニコリと笑い、踵を返した。


「そろそろ行こうか。あまりに遅いと福くんに怒られてしまう」


そのまま彼は来た道を戻り始める。


最後に一瞬だけ歩を止めると、辰を見ずに一言だけ呟いた__


「その『意志』、決して曲げないことだ__この先、たとえどんな事が起こったとしても、ね」

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