13話 遭遇と消失
「じゃあなユウ!来週はゲーセン行こうぜゲーセン!」
「うん、それじゃ!」
肌寒い日も少なくなり、いよいよ季節の変化を感じ出した今日この頃。
「ふう……」
辰と別れ、自宅までの帰り道の途中。
人気の少ない道の角を曲がった直後の出来事だった。
ふわり。
ふと、風と共に嗅いだことのない甘い香りが鼻を突く。
匂いの方向へ目を向けると__さらりと舞う髪の毛と共に、一人の女性が僕の隣を横切ろうとしていた。
瞬間、時が止まる。
その姿に、目を奪われた。
深く被った帽子から覗く金色の艶髪。
伏目から伸びる長い睫毛と宝石のような瞳。
露出の無い服装からでも分かる、しなやかで凹凸のはっきりした肢体。
何よりも__その佇まい。その歩き方。彼女がその身に纏う雰囲気が、この空間の中で一際異彩を放っていた。
しかしそれも一瞬の出来事。彼女は僕の後ろを過ぎ去って行く。
気付けば、僕は歩くことすら忘れてその姿を目で追っていた。
暫くその場に立ち竦む。足が釘に打たれたように動かない。未だに心臓がバクバクと音を立てていた。
うわあ……とんでもない美人だ。
すれ違ったのはほんの少しの間だったけれど、脳がその一瞬をはっきりと記憶する程に彼女の美しさは際立っていた。
外国の人……だよね。
外国人は見慣れていないわけではなかったが、それでも……たまにテレビのインタビューで目にするような普通の外国人たちとは全然違い、彼女からは……こう、圧倒的なオーラというものが溢れ出ていた。お忍びで来ている映画のスーパースターだと言われても全く不思議ではない。その雰囲気に反して、見た目は意外に若そうな印象を受けた。もしかしたら、僕と近い年齢かもしれない。
ただ……ただ、なんというか……
一つだけ気になった点を挙げると、彼女は恰好が非常に地味だった。
全身が暗めの色で統一され、顔のほとんどは帽子によって隠されている。いくら絶世の美人であるとは言え、相当近寄らなければその表情を伺うことはできないほどだった。
お世辞にも洒落た格好とは言えない。本人とは不釣り合いにさえ見えた。まるで、意図的に地味な恰好にしているような……
観光?
そんなわけないな。こんな田舎に何を好き好んで来る必要があるのだろう。
最近この辺りに引っ越してきたとか?
あり得なくはないが、外国人、それもあれだけの美人であれば既に噂が届いていてもおかしくない気がする。
……もしかして、本当にお忍び?
色々な想像が頭をよぎるが、その答えは分かるはずもなく……
名残惜しくもう一度だけ後ろを振り返るが、既にその子の姿は見えなくなり、辺りには彼女の残り香だけが宙を漂っていた。
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「んー?」
監視統括部。桃野こころは画面を見ながら首を傾げた。
「どうしたモモちゃん。何か気になることでも?」
「サクラ先輩!いえ、少し気になったって程度なんですけど……このカメラの九重優。急に立ち止まって、すれ違った人のほうをずっと眺めてるんです」
こころはそう言いながら、目の前にいくつもある画面のうち1つを指差す。佐護桜はその監視カメラの映像を覗き込んだ。
「ふむ。確かに誰かを目で追っているようだ。視線の先は……どうやら女性のようだな」
「うわっ、すげえボンキュッボンじゃん。ウチのエロモモといい勝負してるんじゃねーの」
遅れてコウが二人の間に顔を割り込ませる。
「もうっ、コウちゃんったら。そんなところばっかり見ちゃって」
「でもこの映像じゃそんくらいしか分かんねーじゃん」
コウが口を尖らせる。
「確かに、この角度と距離ではあまり顔は見えないな」
桜は画面の女性を注視するが、帽子を深く被っているころもあり目視ではその表情をうかがい知ることが難しかった。
「でもこの人、歩き方がすごく綺麗……まるでお姫様みたい」
「あの九重優がガッツリ凝視してるぐらいだから、相当な美人なんじゃないっすかぁー? 班長みたいに」
「おっ、コウよ。うれしいことを言ってくれるじゃないか。だが今日居眠りした分のペナルティは無くならんぞ?」
「チッ」
そこまで話した後、佐護桜は真面目なトーンに戻った。
「ふむ……確かにこの女性、少し気になるな。モモちゃん!他のカメラから少し彼女を追ってみるとしよう」
「あ、了解です!」
こころは返事をした。同時に、手際よく目の前の機器を操作していく。
「あそこの道を曲がったから、次はこのカメラのはず……」
「……あれ?」
「どうした?モモちゃん」
「いない……」
桃野こころはそう呟く。
彼女がどのカメラの映像を探しても__再びその女性の姿を見つけることは、出来なかった。
「__消え、た?」




