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12話 日常と非日常②

「そりゃおめー、やっぱ筋肉一択よ!圧倒的な強さ!男たる者これが無えと始まんねえ」


「……まあ、言うと思ってたよ」


辰が箸を片手にマッスルポーズを取るのを横目に見ながら、僕は卵焼きを頬張った。教室は喧騒に包まれているが、彼の声はそれに負けないくらい大きく響いている。


「どうだ?異論はあるか?」


「いやまあ、確かにムキムキで強い人には憧れるし、一理あると思うけど……」


僕は言葉を濁しながら、隣で惣菜パンをかじっている上玉利君に目を向ける。彼は口の中の物を飲み込んだ後、僕と目を合わせいつものように薄く微笑んだ。


「すごく馬鹿っぽく聞こえるのはなんでだろうねえ」


すごく分かる。


昼休みの食事時間。僕たちは机を囲んで普段と変わらぬくだらない話をしていた。今回のテーマは『モテる男の条件』だ。くだらなさ加減で言うとかなりの上位に位置づけされる話題である。


今日は、不定期で僕と辰の元にやってくる上玉利君も交えての議論だった。辰がいつものように先陣を切るが、僕らの反応には不満気な様子だ。


「んだよ。だったらおめーらの意見を聞こうじゃねーの」


辰はそう言いながら、あり得ない量の白飯を豪快に口に頬張り入れる。だが弁当の容量もあり得ないほど大きいため、あまり中身が減っているようには見えなかった。


「モテる男、ねえ」


上玉利君が思案する。分厚い手袋で覆われた両手は頭の後ろに組まれており、その姿はなかなかにキザったい。


「やっぱり多少のミステリアスさは必要なんじゃない?思考が単純な奴は面白みにかけるからねえ」


「……なんだ?ミステリアスさって。裏では殺し屋やってます、とかか?」


「違うよ辰。殺し屋は本業のほうなんだから」


「……君たち、人の失言にはほんと容赦ないね」


上玉利君は若干恥ずかし気に口を尖らせたが、すぐに表情を戻し、自分の番は終わったと言わんばかりに僕のほうを見た。


「ほらほら、次は九重っちの番だよ」


「僕?うーん、そうだな……」


人に文句を付けておいてなんだが、実は僕もあまり深く考えてはいなかった。モテる男の条件……なんだろう?


「……誠実さ、とか?」


「普通過ぎて面白くねえな」


「さすがはザ・常識人の九重っち。毒にも薬にもならない普通の発言だね」


「余計なお世話だよ……」


どうやら不評のようだった。ひょっとして大喜利か何かだったのだろうか。


「と言うわけで、どうだ?」


辰はそう言いながら後ろを向く。そこには、女の子がなんとも言えない表情で立っていた。


「や、どうだと言われましても」


「答え合わせだよ。男が男の評価をしても正解は分からねえからな。こういうのは女に直接聞くのが一番手っとり早え。矢田よ、どの意見が一番モテるか教えてくれ」


「ええ……、これのために私を呼んだの……?」


矢田陽さんは呆れた様子で肩を竦めた。ちなみに彼女は最初から僕らの話を聞いている(聞かされている)。この様子だと、辰は連れてくる時に何の説明もしていなかったのだろう。お気の毒に……。


「で、どうなんだ?」


「矢田っち。遠慮しなくていいよ。この中で誰が一番モテるの?」


「え、えーっと……」


若干質問のニュアンスが変わっている気がするけど……矢田さんは額に汗を浮かべながら、なんとか言葉を捻り出した。


「ひ、人それぞれじゃないかな。あはは」


「うわ、出たよ八方美人発言。こいつこれで敵を作らねーつもりだぜ」


「う、うるさいな!私にも色々あるの!」


矢田さんは慌てて弁明をする。彼女は男女問わず交流が広い。あまり下手な発言はしたくないのだろう。


「しかたねえ、他の奴にも聞いてみるか。__セスネよ!」


辰はそう言いながら、僕らが囲んでいる席の一つ後ろに座っている女の子のほうを向いた。


セスネ・エンペレス__セスネさんは、スマホ画面から少しだけ目を離し、無表情でこちらを一瞬チラリと見た。


「今の話、聞こえてただろ?ギャル目線で誰が一番モテるか教えてくれ」


「セスネちゃん、助けて!」


矢田さんがセスネさんに向かって手を合わせる。セスネさんは興味無さげにスマホに目線を戻した。


エンペレス姉妹の長女、セスネさんは僕らのクラスメイトだ。カールした綺麗な茶髪(色は地毛らしい)に派手なピアス、ギャル風の化粧、そして短いスカートと、その見た目だけを見れば上玉利君と双璧を成す不良である。基本的にあまり口を開かず、たまに放つ言葉もなかなかに刺々しいが、長女の気質なのか意外に面倒見が良く、クラスでも頼りにされることが多い。


一見興味無さげににしていても、なんだかんだ僕らの話を耳に入れている。無視しているように見えても、なんだかんだで答えてくれる。辰もそれを見越してセスネさんに話を振ったのだろう。


「セスネさん、どう?」


「……」


彼女は暫く黙っていたが、7秒程経ってからようやく口を開いた。


「安心しろ」


ハスキーな声をこちらに向ける。


「そんな話してる時点でお前ら全員モテねーから」


……


……


……あ、はい……。


男3人の声が虚しく響く。


その言葉に全員が妙に納得したため議論はここまでとなり、今日の昼休みは綺麗に終わりを迎えた__





「結局、この監視って意味あるんすかね」


そう言葉を漏らしたのは、講義室の端に一人で座っている上玉利灯だった。全員の視線が彼の方に集まる。


彼は机に足を乗せ、腕を頭の後ろに組んで斜め上方向に目を向けていた。挙手をしたわけではないが、佐護桜へ対する質問、と捉えて良いようだ。彼はいつものように薄く微笑み、注目が集まったところでゆっくりと上体を起こした。


「確定してないんでしょ?九重っちが『大災害』を起こした『X』だってこと」


「……ああ、そうだ」


桜班長はそれを否定しなかった。


「上玉利君の言うように、九重優が『大災害』を起こしたと断言できる確たる証拠は今のところ存在しない。あるのは、16年前……一人のアクス幹部が放った『証言』だけだ。そしてその幹部は、大災害から間も無くアクスを去っている」


彼女は目を閉じる。


「ここまで講義をしておいてなんだが、『大災害』の原因は全く別にある可能性というのも否定はできないんだ。たまたま大きな災害が短い期間に重なった……そんな可能性だって絶対に無いとは言いきれない」


桜が灯を見る。彼は、芝居がかった言葉で再び教室内に向けて話し始めた。


「たった一人を見張るだけのために十何年も時間をかけて、こんな大金つぎ込んで、挙げ句の果てに九重っちが本当に『X』なのかは分からないって来たもんだ……あと何年監視を続けるかも分からない。このやり方を続けたとして、本当に九重っちの『セネル』が発動しないという保証も無い__嘘の情報教えられて、外の世界を見ることはおろか知ることもできず、たった一つの街に閉じ込められ人生終えちゃうなんて……まるでペットの一生みたいじゃないすか。九重っちが可哀想だと思うんすけどねえ」


そこまで言うと、上玉利は再び天井に視線を戻した。可哀想という割に、彼の言葉からそのような声色は一切感じない。


「ちょっと上玉利君、態度が悪いですよ!それに質問の内容だって不適切な__」


「__いや、アル君。態度はともかく、上玉利君の言うこともあながち間違いではないんだ」


アル・エンペレスが立ち上がり上玉利に注意しようとしたところを佐護隊長が遮る。


「九重優を街に閉じ込め、外部の情報をシャットアウトする__本当にこのやり方が正解なのか……それは分からない。幹部の中には、未だにこの街に対して否定的な者もいるぐらいだ。私達どころか、世界中の誰も分からないだろう。なぜなら、この作戦には『前例が無い』からだ。こんなことをしなくても九重優はセネルを使わず日々を過ごせたかもしれないし、逆にこの作戦が彼に何かしら悪い影響を与えている可能性も否定はできない。__では、監視を行う意味はあるのか、という質問に対してだが……それでも答えは『YES』だ」


桜は力強く断言すると、上玉利灯のほうに顔を向けた。彼は後ろで組んだ腕を少し動かしたぐらいで、その薄く笑う表情はピクリとも動かさなかった。まるで彼女が言う言葉をあらかじめ予測していたような反応である。


「『九重優』が『大災害』を起こした張本人で無いならそれはそれで良し。要はリスクとリターンの問題だ。皆も知っての通り、『大災害』は数々の『X』による事件の中でも極めて規模が大きく、そして対策が困難な部類に入る。仮に九重優が『大災害』の能力を持つセナーだとして、再び『大災害それ』を起こしてしまうようなことがあれば__彼が文字を持つ・・・・・ことにさえなりかねない」


シン、と講義室が静まり返る。


桜班長はそんな室内の雰囲気を変えるように、表情を崩した。


「なあに。心配は要らないさ。既にこの作戦は『安定期』に入っている。最も危険な幼少期を乗り越え、優自身も成熟した大人へとなりつつある。全ては順調だ。我々の未来は明るい」


そこまで言い終えた後、彼女は一つ手を叩いた。辰が時計を見る。講義終了時間はとっくに過ぎてしまっていた。


「では、これにて『セネルの誕生と人類の変化』の講義を終了する!皆、長い間ご苦労!これからも各自の役割を自覚し『任務』を遂行してもらいたい!__ああ、そうだ」


最後に佐護桜は思い出したかのように微笑むと、唇に人差し指を当てて小さくウインクをした。


「__私のセクハラ発言に関しては、ご家族には内緒にしてくれよ?」




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