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10話 表と裏

「ふう……」


手に持っていたノートを鞄にしまうと、日野辰は廊下の端に寄りかかって一つ息を付いた。廊下とは言っても学校と違い窓は一切存在せず、人口的な明かりのみで照らされた空間となっている。

地中を掘り進めることによって出来た地下空間__一つ一つの廊下は不規則にとても長く設計されており、それらの廊下には各中継点から地上へ戻るための出入口や、先程の多目的室を含めた様々な施設へと繋がっている。大規模な地下街のような構造だが、その無機質な雰囲気はむしろシェルターのほうがイメージには近かった。背中に当たる壁の感触だけでも、とても頑丈に造られていることが分かる。


この大規模な地下施設の全てが……ひいては、この代永市という街全てが、ユウ……九重優、たった一人のためだけに造られているのだ。辰の頭に親友の柔和な顔が思い浮かんだ。


辰は再び歩き出す。


ふと後ろを振り返ると、矢田陽が下を向きながらトコトコと後ろを付いてきていた。おろした両手でノートを持ち縮こまる姿は、学校での彼女と比べ一回り以上も小さく見える。


「おい、ハル」


辰の問いかけに彼女はピクッと反応し、前髪に隠れた瞳をほんの少しだけこちらに覗かせた。


「な、何……?」


「いや、なんでぴったり後ろを付いてきてんだよ」


辰の問いかけに矢田陽は瞳を再び落とし、不機嫌そうに唇を尖らせた


「……別に付いてきてる訳じゃない。帰り道が同じだから同じ所を歩いてるだけだし」


「そんなら後ろでトボトボ歩いてないで、横に来いよ。ずっと後ろをひたひた歩かれると落ち着かねえ」


そう言いながら辰は自分の真横の地面を指差す。


彼女は数秒その空間を無表情でジッと見つめていたが、やがてスタスタと下を向きながらこちらへ早歩きしてきた。


「お前なあ……普段はそんななのに、なんで学校にいる時だけあんな明るい振りしてんだよ」


呆れた顔で日野辰は陽を見た。


矢田陽__明るく社交的な彼女はあくまで学校内……つまりは九重優の前での話で、彼女の本当の姿はこの目の前の今にも大気圧でぺしゃんこに押しつぶされてしまいそうな存在、一言で言うと根暗なのである。


「……私だって、やりたくてやってるわけじゃないもん」


矢田陽はそのまま下を向きながらそう拗ねた。姿勢のせいか今にも泣きだしそうに見える。


「別に無理して明るくしなくたって、ユウはそんなの気にする奴じゃねーだろ」


辰が九重優の名前を出すと、彼女は恨めしそうな目でこちらの方を睨んできた。前髪が前髪だけに本当に呪われているような気分になる。


「……そんなの、『九重優』にしか分かんないじゃん」


「……」


「……それに辰君だって、『任務中』と性格全然違うし」


「ん?そうか?」


突然思ってもいなかったことを言われ辰は少し驚いた。


「……『九重優』といる時に比べてあんまり喋らないし、講義だってちゃんと受けてるし。……真面目すぎて、ちょっとキモチ悪い」


「気持ち悪いって……体毛が羊毛で剛毛な奴には言われたくねーよ」


「た、体毛じゃないし羊毛じゃないし剛毛じゃないし!」


「いや体毛ではあるだろ」


陽は顔を赤らめ、今日一番の大きな声で辰を睨んだ。普段通りにしていれば面白い奴なのに、と辰は常々思う。


真面目……か。


辰は普段の自分を思い返す。あまり自分の性格を意識したことはない。だが、思い返したところで結局大して何か得られるわけでは無かった。いつ、どんな時も、自分がやるべき事をやってきただけだ。今日の講義だって、必要だと思ったから聞いたというだけの話である。学内班はただでさえこちらの講義を受ける機会は多くないから、余計なことをしている暇はない。


だが、人の性格なんてそういうものではないだろうか、と辰は考える。その人の性格、行動なんてものは話す対象や場所によっていくらでも変化するものだ。友人とバカみたいな話をする自分、目上の人から何かを教わる時の自分、家族と静かに時を過ごす自分……それらを全て含めて本物の自分ということなのであろう。


それを考えると、この矢田陽だって今の姿と学校での姿、どちらも本当の彼女だと言えるのではなかろうか。辰は頭の中でそう結論付けた……非常に不本意ではあるが。


「……ね、ねえ」


そんな事を考えていると、矢田陽がいつの間にか顔を真っ赤にして真下を向いていた。


「……あんまりこっち見られると、恥ずかしいんだけど」


そのまま出来るだけ顔を上げず、最小限の動きで瞳だけをこちらに向けてくる。この姿の彼女と真正面から顔を見合わせることは今まで一度たりとも無かった。


「ん?おお、すまん」


どうやら考え事をしている間、ずっと陽の方を見ていたようだ。辰は歩いている方向に向き直す。


そこから歩いている間、暫く沈黙が続いた。もっとも彼女はデフォルトが沈黙のため、この状態になることはさほど珍しくは無かった。むしろ8割は会話無しといってもいい。気まずさなどとうの昔に通り過ぎた道である。


「……辰くんは」


と、矢田陽が珍しく自分から話を切り出してきた。風でふわりと前髪が揺れ、その瞳が露わになる。学校とはまた違う、光は少ないがとても澄んだ瞳だった。


「辰くんは……『九重優』と一緒にいて、恐くないの?」


「……んだよ急に。別にユウは恐えーってキャラでもねーだろうがよ」


「私は恐いよ」


陽は辰の言葉を遮り、そう言った。


__急な話で無いことは分かっている。彼女は、今日の講義のことを言っているのだ。そして、それは決して風貌や性格の恐さの話で無い事も分かっていた。


「……何かがきっかけで、『九重優』がもう一度『大災害』を起こしてしまうかもしれない__そのきっかけを、もしかしたら私自身が作ってしまうかもしれない__そう考えると、すごく恐い」


陽は再び下を向いた。普段に増して身体を縮こまらせている。このまま重圧で押し潰されるのでは無いかと思うほどだ。


「……アナタは、子供の頃から『九重優』といるんでしょ?一度も、恐いと思ったことはないの?」


「ああ、無いね」


辰は即答した。矢田陽は目を丸くする。


「ハル、おめー勘違いしてるぞ。俺たちはユウを『護る』側なんだ。例えいつ、どんな事が起こったとしても、……ユウが『セネル』を使う事の無いように、全力でアイツを護り抜く__それが俺たちの役割だ」


辰はそう言いながら前を向く。目の前には扉。地上__『街』への出口である。この扉を一歩でも出れば、そこはセネルの無い世界__『九重優』ただ一人のためだけの世界だ。


「……私は、そんな風には考えられない」


矢田陽も、目の前の扉を見つめながらそう言った。


「どうして、『九重優』のために__九重くんのために、そこまでするの?」


扉が、ゆっくりと開いていく。時間は夜。月明りが彼らを鈍く照らした。



「__そんなの、言うまでもねえ」


辰は光り輝く月を見上げ__


それ以上は何も言わず、彼らの『日常』は終わりを告げた。


__日常よりも、ずっと長い『非日常』が、再び始まる。



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