8話 セネルとX(エックス)①
「時は数百年前」
音楽室を思わせる半円型の教室に、凛とした女性の声が響いた。
「『星降る日』と呼ばれるその日__私たちが住むこの地球に、無数の細かな『隕石』が落ちてきたのが始まりだ」
長い髪をたなびかせながら、その女性は教壇の周りをゆっくりと歩き始める。教室には机が半分埋まる程度、そこそこの人数がまばらに座っていたが、その全員が彼女に注目していた。
「まるで光の雨のように降り注がれるその光景は、それはそれは美しかったそうだ。隕石とは言ってもその一粒ひとつぶは非常に微小なものであったため、地上の生物たちに物理的な被害は無かったのだが……しかし一つ、この地球にとある『変化』が生じた。地球に元々存在しなかった、全く新しい『物質』がこの地球に混ざってしまったんだ。一体どれ程の量が、はたまたどれだけの種類の未知物質が混ざったかは未だ不明だが……人々はこれらの物質を総称してStar Energy__通称『セネル』と名付けた」
少し間を置いて、再び彼女は話し始める。
「セネルは、元々地球に存在した物質に比べ非常に高密度なエネルギーを持っていた。今まで人類が用いてきたエネルギーとは比較にならないほどに__な。ただしこれは最近になって判明したことだ。なぜ当時の人々がそれに気付くことが出来なかったのか……答えは単純、『使い方』が分からなかったんだ。もっとも……セネル発見当時から今現在に至るまで、セネルを『直接』エネルギーに変換する術は未だ見つかっていないが」
そこまで言うと、彼女は顔を上げ__
「__と、まあここまでは良しとしよう。別に覚える必要はないぞ。ワタシもつい先ほど書物を見返してきたばかりだからな!ハハハ!」
その凛々しさ溢れる表情を緩めた。それと同時に教室の張った空気も少し和やかになる。
「そして、ここからが本題だ」
切れ長の大きな瞳を細め、佐護桜班長は微笑んだ。
代永市の中央に佇む代永第一高校__その地下には、とある目的の為校舎の改修と同時に創設された巨大な設備が存在する。しかし高校から直接施設に入ることは出来ず、街の各地点からいくつかの手続きを踏むことで内部へ入ることが可能となる。
その地下の一室……多目的用の広い室内で、講義は行われていた。
不定期で行われる集中講演会。内容はその時によって様々だが、今回の公演は佐護班長による『セネルの誕生と人類の変化』というタイトルの講義である。
ノートに要点をまとめながら、日野辰はフッと一息をついた。隣を見ると、矢田陽が無表情で机に目を向け、班長の話をメモしている。__そして、ここに九重優の姿は無い。
佐護桜は一通り室内を見回すと、再び話を始めた。
「セネルを直接エネルギーとして用いることは出来なかった。しかし……そんなある日、セネルのエネルギーは思わぬ形で利用されることになる。いつ頃からか分からないが……突然、人類の中にチーターよりも速いスピードで走ることの出来る者や、数十トンもする大きな岩を軽々と持ち上げる者が現れ始めた。……そう、人類は自分自身の『体内』にセネルを取り込み、そのエネルギーを自らの力で『体外』へ放出できるようになったんだ。未だにその仕組みは謎のままだが……セネルは唯一『ヒト』を媒介することのみによって、その膨大なエネルギーを取り出すことができるようになったってわけだ__え?話が難しい?そうだな……簡単に言えば、『隕石が降ってきた結果、人類が超能力者になったぞ!』ということだ!ハハハ!……まあざっとこんな感じで覚えておいてくれればOKだ」
彼女は一つ咳払いを入れる。
「……失礼、話を続けよう。体内のセネルは身体に何かしらの変化を及ぼし、様々な『能力』という形でそのエネルギーを体外に放出するような仕組みとなっている。例えば『セネルを含んだ炎の放出』や『セネルによる大幅な身体機能の強化』、はたまた『通常では実現不可能な物理現象』など……能力の種類は人によって様々だ。そして、そのような能力を持つ者達を我々は『セナー』と呼んでいる」
そこで佐護隊長は一旦言葉を切った。
日野辰は周りを見回してみたが、メモを取っている人はそこまで見受けられなかった。元々この講義にテストがあるというわけでは無いため、メモを取る必要自体無いと言えば無いのだが__今彼女が話している内容自体が、そこまで目新しいものではないというのもあるだろう。
辰は視線を戻すと、大きく背伸びをする。
隕石として地球にやってきた『セネル』という物質__
セネルを『能力』に変換する人間、『セナー』__
その全貌は未だに謎だが、セネルの存在については、既にこの世界で知らない者はいない程周知のものとなっている。セネルという物質と能力との関係については小学校の頃から教わることであるし、歴史の教科書には、セネルの誕生が一つの大きな時代の変化として扱われているほどであるからだ__『普通の』小学校や、『普通の』教科書であれば、だが。
「そして、ここからが最も重要な話だ」
佐護桜は話を再開する。辰も再び授業に集中した。
「セナー自体は今の世にもごまんと存在しており、『セネル』の種類、およびそのエネルギーの強さも様々だ。しかし……人類の進化なのか、それとも突然変異なのか分からないが、いつの日からか、一般的なセナーとは比較にならないほどの『強力なセネル』や、他の人類に大きな危害を及ぼす『特異なセネル』を持つ者達が現れ始めた。山すらをも一瞬で吹き飛ばしてしまう程の『能力』を持つ者や、社会生活を揺るがしかねない異質な『能力』を持つ者達が、世界中にポツリ、ポツリと少しずつ、だが確実に数を増やし始めた」
佐護班長はいつの間にか真面目な口調に戻っていた。話に抑揚を付けることで、大事な所をより強く印象付けるためなのかもしれない、と辰は考察する。
「このような危険な力を持つ者たちを、我々は総称して『X』と名付けた」
ここぞとばかりの力強い声で、彼女はその単語を放った。
「エックス__」
隣に座る矢田陽が、小さな声でその言葉を復唱する。今日の講義に限らず、このXという単語は彼らにとって聞きなれたものであった。
「Xのことは、ある種一つの『災害』だと考えてほしい。彼らを野放しにしておくと、遅かれ早かれ他の人類に甚大な被害をもたらす可能性がある。最近の実例としては、今話題の『ゲンの軍』がそれにあたるな。既に複数のXに領土を支配されている『魔女の国』なんてものもある。これらはほんの一例だが……ようするに、Xを放置する事はとても危険な行為だということだ。そこで__」
佐護桜は胸元の紋章に手を当てた。
「その者達に対抗するための手段として、私たちの組織『アクス』が創設された」
室内の空気がグッと引き締まる。
アクス__
Xの強大な力に対抗するために、各地から優秀なセナーを募集、育成するために創設された組織。
分かりやすく言えば『セナー専門の警察』である。
「名前は違えど世界各地にアクスのような組織は存在しており、Xへの対処に限らず、セネルによる犯罪の撲滅を最大の目的としている。もちろんこの日本も同様だ。各地方に拠点を構え、日々訓練とトラブルへの対応に励んでいる。__その中でも、我々『アクス代永監視班』は……16年前に『ある目的』で創設された、一つのプロジェクトチームだ」
ある目的__
日野辰の、ペンを握る手の力が強くなった。
「アクス代永監視班の目的はたった一つ__それは『X、九重優の監視』だ」




