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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
幕間
99/114

017 <いばら姫> ― Ⅶ






「ピクニック、ピクニック、楽しいな~」


 秋の風もより冷たく変わる季節。図書館の中にまでも差し込む日差しに誘われて、シャトンは嬉しそうに歌を歌いながらピクニックの準備をしていた。ハンスやウィルヘルムもバスケットやカバンに必要な荷物を詰めている。だがウィルヘルムだけは現状に納得していないような顔をしながらレジャーシートを鞄に押し込んでいた。


「こんな時にピクニックなんかしてて大丈夫なのか?」


「いいんじゃない? 最近ゴタゴタが続いていたから。休息も大事な仕事の一つよ」


ハンスはバスケットにサンドイッチを綺麗に並べながらウィルヘルムの愚痴に答える。

 確かにウィルヘルムの言う通り、ハウストの手によって封印が解かれた<童話>もまだ残っている中、呑気(のんき)に遊んでいる暇は無いだろう。しかし、これは遊びだけが目的ではないようだ。


「それに……」


と続けてハンスはひっそりと声の調子を下げて言う。


「<いばら姫>が本格的に目を覚ましたの」


「<いばら姫>が?! なぜ急に」


「それを調べに行くのよ。これから行くのはプフルーク家が治めていた村」


「プフルーク家って……“領主のグリムアルム”の?」


「ええ。昨夜、<いばら姫>が桐子にプフルーク家の最後の記憶を見せたらしいの。<いばら姫>を使役していたのはその一族の娘、ローズ嬢よ」


「ローズの<童話>ってわけか……」


 ウィルヘルム自身はローズの事を知らないが、彼女が唯一の女性グリムアルムである事は父から聞いていた。そして彼女の存在がマリアをグリムアルムに出来なかった理由である事も。


「クラウンはシャトンも言う様にローズ・プフルークと瓜二つみたいだし、昨夜二人が一緒に寝ることによって<いばら姫>も目を覚ました。おそらくクラウンが<いばら姫>を祓うカギになっているのかもしれな……」


と、ハンスが神妙な顔をして話をしていたその最中、二階の子供部屋から「なんだこれはあああああ!!」と言う、とてつもない怒号が飛んできた。


「おいハンス! こっちに来い!! やっぱりアイツぶっ飛ばす!!」


「待ってクラウン!! 今その格好で出るのはまずいよ!!」


続いて桐子のなだめようとする声も聞こえてくる。どうやらクラウンはハンスから新調してもらった服に着替えようとした所、趣味の合わない物を渡されて怒っているようだった。


「ごめんなさいね。今、手が離せないからとりあえずそれに着替えてちょうだい! 寝巻きなんて恥ずかしい格好では降りてこないでね!!」


 クラウンの気持ちなんて知ったこっちゃないとでも言う様に、ハンスはからっとした声で返事をする。クラウンもクラウンで根は真面目なのか、彼の答えに


「恥ずかしいってっ……あーーもう!」


と大声で文句を言いつつも、しばらくするとちゃんと着替えて渋々と階段から降りてきた。


 白いタイツにフリルの入った深紅のワンピース。馬子にも衣装とは言うが、元から顔も整っているので本物のお人形さんと見間違えるほどに美しい姿にシャトンもホロリと涙を浮かべた。


「クラウン様……」


 かつての荒々しい彼女からは想像できない現実に喜びの声を漏らすシャトン。しかし桐子の目にはローズの面影がクラウンと重なり、何故だか心がちくりと痛んだ。


「おいハンス! オイラの服は?!」


「一昨日捨てちゃったわよ。あそこまでボロボロになった服はもう直しようもないわ。新調するにも時間がかかるから、しばらくはその服を着てちょうだい」


「桐子も!! こんなヒラヒラ、気持ち悪い。他にもっとマシなもの! ズボン!!」


「えー、せっかく似合っているのに……勿体無いよ!」


「そんなの知るかぁ!!」


 あんなにも桐子との友情を重んじようとするクラウンが残念がる桐子に怒鳴り返す程に新しい服はお気に召さなかったようだった。




 * * *




 黒塗りのスポーツカーが高速道路(アウトバーン)を走っている。四人と一匹はその車に乗って南の街へと向かっていた。


 結局クラウンはハンスの作った舞台衣装のようなスーツに着替えなおしてピクニックに出ることになってしまった。本当はウィルヘルム用に仕立てられた服なのだが、彼も着るのを拒むほどの代物で一度も袖は通していない。


「なんだよこのヒラヒラ」


首を締め上げるフリルの多いネクタイ(ジャボタイ)に指をかけ、なんとか(ゆる)めようと懸命になっている。


「かっこいいよ」


と桐子が褒めても


「ふーんだ」


と珍しく照れたりもせずにネクタイをつかみ続けている。次第に(ほど)ける物ではないと諦めたクラウンは興味を窓の外に移した。最初こそは拗ねた目をして流れる景色を見ていたが、いつの間にか集中して静かに外を眺めていた。


「それにしてもハンスさん、こんな立派な車を持っていたんですね」


 桐子は少し驚いたような声をしてスポーツカーを運転するハンスに聞く。掃除が不得意なハンスだが車の中はこまめに掃除をしているようだ。ハンスは少し得意気にバックミラー越しに桐子を見ると


「今日の行き先は遠いからね。ドライブだと思って楽しんでちょうだい」


とおちゃらけた様にウィンクした。


 実際、彼の言う通り目的地までは車で三時間ほどかかる距離にあった。途中観光地を巡って休日を大いに楽しんだが、目的地の近くに来る頃にはクラウンたちはもうクタクタになっていた。しかもハンスが指定したピクニックの場所は有名な所で無ければ人気(ひとけ)のない廃れた村の近くである。


「なあ、もう帰ろうよ。疲れたよ」


 あんなにも景色を楽しんでいたクラウンもすっかり車に酔ってしまい、何もない所ではしゃぐ気力もなくなってしまっている。


「わかったわ。目的地まではあと少しだけど、ここでピクニックにしましょう」


 そう言ってハンスは開けた丘の脇にある農道に車を寄せて止める。


「私はもう少し先にある村の駐車場に車を止めてくるから、先にピクニックの準備をしていてちょうだい」


 ハンスに指示されて桐子とウィルヘルムは荷物を手に持ち車を降りる。すると彼らの頬を優しい風が撫でて行く。確かに何もない丘ではあるが逆に何もないからこそ美しい。しかし桐子はそれ以上に何故だか懐かしい気持ちに襲われた。


地平線が見えるほどに開けた草原。

遠くの方にはまた別の村が小さく見える。

空の青が恐ろしいほどに高く澄み渡るこの光景。


 ――そうだ、ここはローズのとっておきな場所。


勘づいた桐子は急いで車の方に振り向きなおすと、


「ハンスさん、私もその村に行きたいです!!」


と声を大きくして村に興味を示した。


「それじゃあ一緒に行きましょ。シャトンも一緒に来てくれるかしら?」


「私もですか?!」


 よたよたと車を降りるクラウンを介護していたシャトンも驚き大きな声を出す。彼はクラウンの身を案じて彼女の傍に居たいと思っているが、「シャトンも来て」と再度言うハンスの語気に押されてたじろいでしまう。


「貴方にも確かめてもらいたい物があるの」


神妙な表情をするハンスにシャトンは何か大事なことがあるのかと勘づいて、言われた通りに車に乗り込んだ。


「ウィルヘルはクラウンと一緒にピクニックの準備をしていてちょうだい。すぐに戻るから」


 ウィルヘルムは気難しそうな顔をしながらも渋々と残りの荷物を受け取り彼らを見送った。そしてハンスと桐子、シャトンはローズがいた村へと車を走らせる。




 村まではハンスの言った通りあともう1、2分ほどの距離にあったが、その間車中でハンスはシャトンにも昨夜の桐子に起きた出来事を共有する。


「シャトン、貴方にも聞いておいてほしい話があるの。昨日の夜、<いばら姫>を介して桐子の夢にローズが出てきたんですって」


「ローズ様が?!!」


 桐子も自分の口から昨夜見たローズの夢の話をする。村での彼女の暮らしぶりやマテスの存在がシャトンの記憶とも合致したのであの夢は紛れもなくローズの記録であることが分かった。だが彼女の最後をシャトンは知らなかった。


「まさかローズ様がそんな目にあってただなんて……知りたくなかった……」


苦しそうに耳を塞ぐシャトンの姿に桐子も心を酷く痛める。


 そうしているうちにも村の入り口の看板が見えはじめ、道なりに進んでいるととある一軒家が目についた。桐子は思わず「あっ」と声を漏らし、シャトンも「ここは………」とポツリと(いつく)しむように呟いた。その建物の前にはコーヒーの絵が描かれた看板が(かか)げられており、小さな門も開け放たれている。どうやら喫茶店のようだった。


 皆を乗せた車がその喫茶店の隣にあるだだっ広い駐車場へと入っていく。ペンキが剝がれた古めかしい柵の並びを見るにかつては放牧地だったようだが今は観光客用の駐車場として開かれている。


「ハンスさん、ここって……」


「ええ、かつてのローズの生家よ」


 ハンスは桐子からローズの話を聞いた後、プフルーク家たちの記録を調べてこの家の住所を見つけたそうだ。


「今まで無口だった彼女(<いばら姫>)がなぜローズの夢を桐子に見せたのか、この家に来れば<いばら姫>を(はら)うための手がかりが有るんじゃないかと思って探しに来たわけ。ローズの<守護童話>である貴方にも手伝ってもらうわよ。<長靴を履いた牡猫>」


 車を降りながらハンスはシャトンに話しかけるが、彼は話をちゃんと聞いておらずただ一点、約70年ぶりとなる主の家に帰ってきたことに涙を浮かべながらうんうんと嬉しそうにうなずいた。


 三人は表玄関に回り込み、喫茶店の扉を開ける。カランカランと鳴るドアのベルに誘われて店主であろう若い女性が一人、奥まった台所から笑顔でこちらに向かって来た。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」


「すみません。尋ねたい事があるのですが、こちらはプフルークさんのお宅で間違いないでしょうか?」


 ハンスの問いに店主の顔が一瞬にして冷たく固いものとなる。






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