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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
幕間
95/114

017 <いばら姫> ― Ⅲ






「もう一度確認する! 我々の目的は依頼主の娘の救出であって、<青髭>を倒すことではない!!」


 準備を終えた三人のグリムアルムたちは各々の馬に跨り最後の作戦会議をしていた。彼らの他には依頼主の老夫婦と義姉のエーリカ、彼女の息子のナタナエル。そしてマテスがいる。


「ローズ、無理に付き合わずとも我々だけで行ってくるよ」


 最後の確認をするようにフリードリヒがローズに耳打ちする。しかし彼女の覚悟は揺ぎ無く、


「いいえ、少しでも皆様のお役に立たせてください」


と再び彼らに決意を見せつけた。

 ローズと共に馬に(またが)っているシャトンは誇らしそうに主の顔を見上げるが、フリードリヒは困ったように顎髭を撫でると、「そうか……」とだけ言ってリッツの元に向かって行った。リッツは老夫婦から借りた農用馬車の手綱を不器用に握りしめ精霊(ニクセ)様に操り方を教わっている。


「大丈夫だよ、マイン(私の) ローゼ。いざという時は私が護る」


 今度はオクタビウスがローズを気にして声をかけてきた。


「有り難うございます、オクタビウス様。ですが私は大丈夫ですので、どうかオクタビウス様はご自分のお仕事をなさってください」


 凛々しく戻ってくるローズの返事にオクタビウスもやれやれと言ったように困った顔をした。フリードリヒやオクタビウスにとってローズは大切な愛弟子のようだが、ローズはそんな気も知らない様だ。


「マテス、フェルベルト様が来たらピラトゥス(ローズの愛馬)を貸してあげて」


 ローズに声をかけられたマテスは重い表情を何とか持ち上げて馬上にいる彼女を見た。男装した彼女の引き締た顔は美少年と見間違うほどの麗しさ。しかし声は初の実戦に酷く高揚(こうよう)としている。そのあまりの浮つきっぷりにマテスは醜い嫌悪感を抱いていた。

 彼は「……わかった」と口では渋々と彼女の願いを聞き入れたが、目線は素っ気なく()らしている。その時の彼はいつもと変わらぬ無関心の態度をとっているようにも見えたが、マテスの声色に聞き慣れた者にとっては暗く寂しいものに感じられただろう。だがその声を聞き分ける唯一の人間は初陣の緊迫感に(ほださ)されて聞き逃してしまっていた。




「それでは行きましょう! きっと必ずお嬢様は私たちが救い出してきます! だからどうか安心してお待ちください!!」


 ローズの号令に人々は勇気を貰ったり、気合を引き締め直したりもした。だがその言葉はただローズ自身が、自分を鼓舞するために張り上げた言葉のようにも聞こえた。


 三人は力強く馬の腹を叩くと、颯爽(さっそう)と二つ隣にある村へと向かって行く。動き始めてしまった時間。エーリカは義妹の去り行く姿を途中まで見送ると、我が子と老夫婦を連れて母屋へと帰って行った。結局、義母(スワルニダ)が姿を現すことはなかったがマテスだけは最後まで、ローズたちグリムアルムの姿が見えなくなるまでその場にただずっと(たたず)んでいた。




 * * *




 三人のグリムアルムを乗せた馬たちは急いで草原を駆け抜ける。まるで鳥が空を飛ぶように走り続け、日がてっぺんを少し過ぎた頃には目的地である二つ隣の村に辿り着いていた。

 辺りを見渡すローズたち。すると一番の手慣れであるフリードリヒが村から離れた雑木林の中に(くだん)の古城を見つけ出す。太陽の日差しが燦々(さんさん)と降り注ぎ、足元に木漏れ日を落とすほどにのどかな場所で古城だけは異様な冷たさに包まれて建っていた。緑が茂る堀の桟橋を渡り、城の窓を軽く覗き込むと中は深夜の様に青暗い。


「ここですか~? あまり荒れてないみたいですけどぉ」


「もう<青髭>はどこかに行ってしまったのであろう。早く済まして帰ろうぞ、マックス」


 精霊はもうすでに飽きているのか、元々乗り気ではないのか主人であるマックス・リッツに寄りかかりながら文句を垂らしていた。


「待ってください。確かに気配は感じられませんが、微かに<童話>の臭いがします」


「<青髭>は<消された童話>であるぞ? 我ら普通の<童話>と違って臭いがないんじゃなかったのかえ?」


「彼女の邪魔をするな。マイン シャッツ(私の宝物)は昔から<童話>を探る嗅覚が鋭いんだ」


 茶化す精霊に対してオクタビウスは得意気にローズを褒め称える。その時の彼の表情たるや、憎らしいほどに自慢気な顔に突っ込むのも疲れると理解した精霊は彼らに絡むことを諦めた。


「それならば尚更、さっさと小娘を見つけて帰ろうぞ。こんな所でのんびりして<青髭>に見つかっては元も子もない」


 精霊に(うなが)されるがままにフリードリヒを先頭にして彼らは慎重に城の中へと入っていく。入り口の扉は朽ち果てており半分ほど自然に還っていた。


 そもそもこの古城は城といっても大きな建物ではなく、今ではままある少し大きな家ぐらいの建物であった。おそらくは昔の貴族が別荘として使っていたものであろう。一階は台所と客間と小さな部屋が二つほど。どの部屋にも人のいた痕跡(こんせき)は見当たらない。

 次に二階へと向かう階段に近づくと、反対側に地下室に続く階段を見つけた。


「お話通りならば、地下室にお嬢様方がいるのでしょうか?」


不安気なローズの声にグリムアルムの二人と<守護童話>たちが互いに目配せをして小さく頷いた。

 辺りを警戒しながら地下室に降りていくと、目の前に鉄でできた扉が一つだけ現れる。フリードリッヒが試しにドアノブに手をかけてみると鍵はかかっておらず、そのまま音をたてないようにゆっくりと扉を開いた。

 部屋の中は深い闇に覆われており生き物の気配は感じられない。しかし不気味な水音が一定のリズムで落ちているのが聞こえてくる。リッツは持ってきたランタンに火を点し、部屋の中を静かに照らした。そこには確かに生き物はいなかった。が、代わりに石壁に覆われた部屋の隅には裸の女性が豚の血抜きのように吊るされている光景が見受けられた。

 ヒッと思わず息を吸い上げるローズ。咄嗟(とっさ)にオクタビウスが彼女の目を覆い隠すように抱き寄せる。


「静かにっ! <青髭>に見つかってしまう」


 そう注意されても声を出さなくては気が狂いそうなほどに強烈な光景だ。鼻先から喉奥まで嗅ぐってくる血生臭さに凍えた空気。ローズは出かけた悲鳴を飲み込んで恐る恐るとオクタビウスの腕から部屋の中を見回した。

 壁に並べられたワイン樽を見るに本来は貯蔵庫として使われていた地下室だが、今は<青髭>の被害者たちの安置所となっている。吊るされた女性のすぐそばにはブドウ踏みの木桶(きおけ)があり、その中も黒い液体で満たされていた。


「精霊様、この部屋に娘さんが居るか分かりますか?」


 リッツの申し出に水の精霊は二、三歩ほど彼らより前に出て足元に広がる血の海に手を添えた。どうやら彼女は液体から様々な情報を得ることができるようだ。しばらくすると「あそこからあの夫婦と同じ気配を感じるぞ」と言って例の桶を指差した。明かりを持って桶の中を(のぞ)き込むと青白い手足が数本浮かんでいるのが確認できる。


「ローズ、部屋の外に出ていなさい」


 フリードリヒがローズに気を使う言葉を掛けながら桶の中の青白い腕を持ち上げた。


「…………私も手伝います。そのために来ました」


遺体の手足に負けないぐらい青白く顔を染めたローズはオクタビウスの腕をほどいて木桶の方へと歩いて行く。オクタビウスは呆れたように笑いながらも、


「困ったケッツヒェン(子猫ちゃん)だ」


と言って彼女を手伝い、桶の中から二人分の遺体を引き上げた。


 石床(いしどこ)に並べられた女性たちの顔は皆、血がべったりとこびり付いており人相もわからない。しかし精霊は迷わずに「コイツじゃ」と言って大柄な女性を指差した。

 娘は息を引き取ってからだいぶ時間が経っている。しかしリッツは「迎えに来ましたよぉ」と温かい言葉をかけながら、血で汚れることも気にせずに自分の上着で彼女を(くる)んだ。精霊も血に染まった娘の頬に慈愛を込めながら手を添える。すると顔を覆っていた血が一瞬で拭われ、水でしっかりと洗われたように綺麗になった。




「犠牲者は三人ですかぁ……彼女らも同じ村の子達ですかねぇ?」


「一人は依頼人の近所に住む娘さんらしいが、他はどうかねえ」


 フリードリヒとリッツは慣れた手つきで持ってきた布袋に彼女たちを包み込むが、ローズは目の前に並ぶ死体に呆然と(たたず)む事しかできなかった。


「大丈夫ですか? ローズ様」


 シャトンがローズに優しく寄り添い語りかける。ハッと我に返って顔を上げたローズは「大丈夫よ、シャトン」とぎこちなく微笑み返すが、見兼(みか)ねたオクタビウスも「マイン ローゼ、無理はしないで。今日は初仕事だし、後は我々に任せなさい」と彼女を案じて部屋の出口に誘導した。


 言われた通りに扉に寄りかかり、後始末をするフリードリヒ達を見守るローズ。グリムアルムとしての責務。そして<童話>への怒りと恐怖が心の奥底からこみ上げてくる感覚に襲われながら、ローズは無意識に苦しそうな表情を浮かべていた。


 ―― これ以上、犠牲を出さないようにしっかりしなくては。


ローズは今日、この場で目にした光景を一生忘れないようにと、澄んだ瞳に深い影を落としながらしっかりと彼女たちの亡骸をその目に焼き付けた。



 = = =



「待たせたな、ローズ。さあ帰ろう」


 遺体を包み終えたフリードリヒが一つの布袋を抱え持ちつつ、ローズの方に振り向いた。


「はい……」


うっすらと微笑みを返せるほどに気を持ち直したローズ。彼らの手伝いをしなくてはと細めていた目を再び開けた時、彼女の目に映ったのは驚きの顔に変わりゆくフリードリヒ達の表情であった。そして突如(とつじょ)己の背後に現れた禍々しい気配にローズも驚きゆっくりと振り返る。






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