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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
序幕
9/114

002<靴屋の小人> ― Ⅳ



「さっ、これで本当にお話は全部。私が思いつく限りではね……今日の被害分は話したと思うわ。長いことごめんなさいね」

ハンスは笑いながらそう言うが、桐子にはまだ幾つか聞きたいことが残っていた。自分の命がかかっていることだ。出し惜しみなく、今思いつく限りのことはどんな事でも聞き出そうと「あの……」と、声を出した。

「まだ、聞きたいことがあって……グリム童話って200本ですよね? 最後の11本……聖職物語は、童話集の封印の力を強めるために一緒にまとめたと言ってましたけど、それも含まれるのですか?

それに……グリムアルムが何人もいるものなのかとか、知らないんですけども、もうグリム童話集の初版が発行されて200年経ちますよね? いい加減揃っていてもおかしくないですか?」

別に彼らの仕事の怠慢を責めているわけではない。ただ素朴に思っただけ。

しかしハンスは、あははっと困ったように大げさに笑った。

「そうね……今、グリムアルムと言える人は三人だけよ。彼らだけしか〈童話>を封印する力を持っていないの。

この子もいちをは正式なグリムアルム。彼はフェルベルト家五代目のグリムアルムで、彼女は彼のオマケよ」

「マリアはオマケじゃない。俺とマリアとでワンセット!」

ウィルヘルムはハンスの言葉に苛立った声をだし、マリアと肩を組んでイーッと彼に威嚇した。だがハンスはそんな彼らを無視して話を進める。

「聖職物語は含まれていないわ。今も彼らには封印のお手伝いをしてもらっているの。

だから逃げ出した<童話>の数は200と消された<童話>の36本、合わせて236本なのだけれども、今は二人だけしか封印作業をしていないからねぇ……集まるのはもう少しかかるかも……」

「二人? 先ほどグリムアルムは三人いるって言ってましたよね?」

 あっ! 失言。といった感じにハンスは表情を崩した。あの、自分以外には崩されたことがなさそうな微笑みが一瞬途切れたのだ。彼はいそいそと腕を組んで、何か大切な事を言おうか言わまいかと、右手を口元に運んで悩んでいる。しかし桐子の前で彼は言葉を発しすぎた。

「言えないことですか……?」

無意識だろうが桐子のその言葉には、自然と威圧感がのっていた。ハンスが肩をギクリとすぼめると、今度は全身の力を解いて観念したかのように話し出した。

「…………残念だけど、グリムアルムもいい人ばかりではないの。

残りの一人が……その、<童話>を悪用して荒金稼いでいるような人でね、何度も注意しているのだけれども聞く耳持たずって感じ。お陰様で、もう少しで<童話>が集まりきりそうだっていうのに、集まり切らなくって、もううんざり」

 お手上げといった様に呆れるハンスを見て、本当にこの人たちに依頼を頼んでしまって大丈夫だったのかと、ふつふつと疑問が湧いてきた。

 彼が悩んだのもおそらく、桐子から信頼を得たいのに得られないような話をしてしまう事に対しての、抵抗の思いがあったのだろう。その思いは正しく、桐子の心を大きく揺さぶったようで、彼女ももう乾いたような笑いを浮かべることしかできなくなっていた。

「ああ!フェルベルト家は大丈夫よ! 私、グリムアルムの管理人ハンスのお墨付き!今日はフェルベルトの名前に助けられたようなものだからね。

 だけども、<童話>を祓えていないところを先の<童話>使いに知られてしまったら、またアナタを襲いにくるかもしれないわね。今日は遅いし、大通りの通行人も少なかったから……ウィル、彼女をホテルまで送ってあげて」

 「えぇ?!」と驚き、ウィルヘルムは明らさまに嫌そうな顔をした。が先といい、ハンスには強く逆らえないようで、「あら、ダメなのかしら?」とハンスに言われてしまうと、文句を垂らしながらも「わかったよ、送ればいいんだろ? 送れば!」と素直ではないにしろ、彼の頼みを聞くのであった。



 四人が大通りに出てみると空はすっかり暗くなっていた。ハンスの言った通り、道には人っ子一人居ない。目の前に流れるラーン川も、氷のように冷気を発している。しかしだからと言って、寂しいわけではなかった。道には街灯の明かりが、先よりもはっきりと温かく灯っており、家々の窓明りからは、家族団欒の楽しそうな夕食の準備の音がする。

「さっ! キリコちゃん、夜ご飯が始まる前に早く帰りましょう!」

マリアが跳ねるように桐子の手を掴み、学校の方へと彼女を引っ張る。グイグイと強く引いてくるマリアに合わせて、桐子は困った顔をしながらも、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩いて行った。

 彼女たちが先頭を歩き、その後ろをハンスとウィルヘルムとが並んで歩いていたのだが、ウィルヘルムの方からぽつりっと、彼女たちには聞こえないくらいの大きさの声でハンスに話しかけた。

「今日は随分とお喋りだったな」

「そう?」

「あんなベラベラ喋っちまって大丈夫だったのかよ。確かに、悪魔や魔女といったタイプの〈童話〉に取り憑かれた訳でもないのに、あんなにもしっかりと自我がある人間なんてそうそう珍しいが……、それだけでグリムアルムの話をするなんて何か意味があるのか? 俺には分からないな。アイツがそんなにも特別なようには見えない」

 ウィルヘルムは未だに桐子のことをよく思っていないようだ。随分と彼女を低く見ている様子。しかしハンスもまた難しい顔をしながら桐子の後ろ姿を見つめていた。

「えぇ。私も。ただの可哀想な被害者にしか見えないわ」

「同情か?」

「そうね……それもあるでしょうけども、やっぱりあの机の引き出しを開けられたことが気になるのよ。ただそれだけ」

ハンスはその不自然なまでに赤い瞳に、暗く寂しい色を落として小さく俯いた。彼の両手は手提げかばんの持ち手を強く握りしめている。

 ハンスのその答はウィルヘルムを納得させることができたのか、できなかったのか。それは彼にしか分からない事なのだが、「ふーん」と興味なさそうな声を出しながら、彼もまた自分の前を歩く二人の少女の姿を見つめた。

「ウィルー!早くしないと置いてくよ!」

「おいマリア!そんな先に行くなよ!」

ぴょんぴょん跳ねる可愛い妹に急かされて、ウィルヘルムもまた彼女らの輪の中に加わっていった。

 相変わらずウィルヘルムはマリアと桐子を引っ付けたくないようで、マリアを自分の背中に隠して桐子との距離を取ろうとする。しかしマリアはするりと彼の手から抜け出して、桐子の手を取り楽しそうにスキップした。兄妹に挟まれ翻弄する桐子の姿は、どこから見ても普通の女の子。

「ふふっ……本当ね、可笑しい」

 ハンスは自分に言う訳でもなく、誰にも聞こえないほどの声でそう囁いた。そして桐子たちに、夜道を気を付ける様にと注意して一人、図書館へと続く暗い道の中へと消えていった。




「分かってると思うが、この話は他の奴らにはするなよ!」

「相談もね。できればハンスちゃんと私たちだけにして欲しいな」

子供たちは無事に何事も無く、学生寮の正門の前までたどり着いていた。

 年下二人に帰りを送られた桐子はというと、プライドなど元から持ち合わせていなかったのか「うん。ウィルヘルム君、マリアちゃん。今日は本当にありがとう」と心っからの感謝の意を伝えていた。まあ確かに、年下であろうが今日はこの二人に自分の命を助けられたのだ。変にプライドなどを張る方が可笑しいか。

 ウィルヘルムは散々桐子に〈童話〉の恐ろしさを注意すると、満足したのか彼らも下宿先であるという、あの童話図書館へと帰ることにした。

「え? わざわざ本当に、私を寮へ送る為だけにここまで来てくれたの?」

「ここまで話しといてお前が〈童話〉に殺された。なんて、ハンスが知ったら後が面倒くさいだろ? ん、じゃあまたな」

「じゃあね、キリコちゃん! ばいばい」

嬉しそうに手を大きく振って別れの挨拶をするマリアに、桐子も優しく微笑んで手を振り返す。仲良し兄妹が暗闇の中に完全に溶け込むまで見送ると、桐子は駆け足で自分の部屋へと向かった。


 赤い屋根で三階建ての立派な学生寮。その三階の隅にある二人部屋。桐子は部屋の扉を思いっきり開け放つと、そこには親友の智菊(ちあき)がソファーにふんぞり返ってテレビを眺めていた。

「おーやっと桐子帰ってきた。おかえりー。ねえ見て! ほら、日本のアニメやってるよ。言葉わからないけど、ヤバいね~」

 変わらぬ友人の態度と安心感。それと今日起きた現実離れした出来事とのギャップに挟まれ、桐子は壊れた様に智菊に泣きついた。

「うわーん! 智菊ぃ~、疲れたよぉ。もう、やってける気がしないよぉう……」

「おうおう、どうした桐ニャン。早速ホームシックか~い? 早いなぁあ」

「そうじゃないけど……」

そうじゃないけど……そう言い止まって、智菊の顔が目に入る。彼女は困った様に笑ってはいるが、心配そうに眉を細めていた。

 今日起きた事を智菊に話すつもりは端から無い。しかし言えたらどれだけ心が軽くなるだろうか。だが、グリムアルムの話をすれば、智菊もこの〈童話〉と呼ばれる悪霊の危険にさらすことになるかもしれない。いや、お節介焼きの智菊の事だ。さらすことになるだろう。それは最も避けたい事態だ。

 智菊の性格をよく理解している桐子は自分の中でそう確信すると、口が裂けてもこの話は彼女の前では決してしないと強く心に誓った。

 「ううん、何でもない。大丈夫。私、頑張るよ! それとごめん! 荷物全部任せちゃって……この借りはいずれ! いずれお返ししまするぅ~」

元気を取り戻した様に振る舞う桐子に、智菊は安心したのかホッと笑った。が、すぐさに悪い顔をする。

「その言葉、忘れるでないぞ」

時代劇の悪代官がごとく、ニヤリと笑った彼女の微笑みに、桐子は今日習ったばかりのあの、ぎこちない微笑みでニッコリと笑い返した。


 その日の夜、桐子は本当に疲れ切っていたようで夕食もあまり喉を通らず、ほとんど残して就寝の準備に入ってしまった。念入りにお風呂に浸かり、柔らかい布団に潜り込むと、あっという間に眠りにつく。しかし布団に潜る時、彼女は切にある事を願っていた。

 今日の午後の出来事は夢の世界のお話で、現実の出来事ではなかったのだ。明日になれば〈童話〉何ていう悪霊の存在はなく、グリム童話は単なる童話集でしかないと。そうあって欲しいと強く願った。そして、桐子は深い深い眠りの底へと落ちていく。




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