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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第二幕
78/114

015 <ブレーメンの音楽隊> ― Ⅳ






 そう言うとウィルヘルムはクラウンの知らない、曲の続きを弾き始めた。どうやらこの曲は本当に存在する曲で、初めて聴く続きの音にクラウンの目の前が明るく輝いた。


「<童話>だから悪い? 本当にそうか? そもそもお前みたいなのが<童話>の何をわかってるんだ。お前の言う良い<童話>は人を襲っていたのか?」


「いいや」


「それじゃあ、人も襲っていないのに無理やり封印されるそいつらが可哀想だとは思わなかったのか?」


「……」


「神様は平等にモノを作る。良いモノも悪いモノも本当はない。それを人間が勝手に良いのと悪いのとを分けて決めつけているだけなんだ。

 その<童話>がバロンって奴の夢を壊して、その人が悲しんだ。それを見たお前が<童話>を悪だと決めたのなら、それは悪だったんだろうな。でもよ、せめてお前の物差しが善だと判断していたものを斬る前に、ちゃんとそいつらに理由を聞いといた方が良かったんじゃないか? そんな辛そうな顔するぐらいならさ。ミンチにするのはその後でも遅くはないだろう。

 それとも先生が<童話>は悪だからと言ったから斬り殺したのか? そんなの言い訳だ。やることのない、理由のない奴がすることだ。他人のせいにするズルイ奴がすることだ。でもお前はちゃんと自分で考える事ができるよな?」


 サビが弾き終わると、またクラウンの口ずさんでいたリズムに戻ってくる。何度も繰り返し聴いてきたリズムだが、もう堂々巡りはしない。


「あぁ。…………ごめんな、ウィルヘルム」


「つったく、調子狂うじゃねぇか。……弾き終わったら、始めから教えようか?」


 初めてかけられたウィルヘルムの優しさに、


「いや……、良い。ありがとう」


と一瞬悩んだ後にはにかみながら断った。それは彼ら(<音楽隊の童話>)との思い出を上書きしないため。

 穏やかな顔になったクラウンを見て、ウィルヘルムも安心したように息をつく。


「そうか。あと猫、さっきから五月蠅い」


 そう言った彼らの後ろで(シャトン)は聞く耳持たずと言った感じで嬉しそうにステップを踏みながら歌っている。



 傾いた日差しの中で二人と一匹の楽しい音楽隊。

その光景を扉の陰から桐子とハンスが見守っていた。

 ピアノの音でウィルヘルムたちは気付いていなかったが、少し前から彼らの留守番が心配で、桐子もハンスも足早に図書館に戻って来ていたのだ。


「心配しなくてもよかったみたいですね」


「でも、仲直りの曲が“操り人形の葬送行進曲”だなんて……」


ハンスの困ったような笑い声に、桐子は元気よく


「良いじゃないですか! クラウンはもう誰の操り人形でもないですから」


と温かな眼差しをクラウンの背中に送っていた。




 * * *




 ピアノの音楽隊の演奏も終わり、桐子とハンスは帰ってきたばかりの素振りをしながら彼女らの前に現れた。

その後は軽くお茶会をして他愛無いのない話をすると、桐子は夕食前には帰れるようにと帰り支度をし始めた。


「桐子、もう帰っちゃうのか?」


 寂しそうなクラウンの声に桐子の心が一瞬揺らぐ。


「明日は日曜日だし、泊まっていったら?」


その心を後押しするハンスだが、彼の言葉に一番反応したのはウィルヘルムだった。


「おい! 俺の寝床は?!」


「私の部屋を使えばいいじゃない」


「げーっ!! 今日もあの部屋かよ! 寝返りが打てなくてしんどいんだよ」


 そう言うウィルヘルムの脳内に、山積みにされた本のビルを見上げる情景が思い出させられる。


「あら、さっき少しだけ片付けたわよ」


と得意げに言ってるが、確かに部屋の中の本は減っていた。その代わり部屋の前に積まれている本が増えている。




 グチグチ言うウィルヘルムをよそに寝る時間になると桐子とクラウンは遠慮なく二階の子供部屋(ウィルヘルムの部屋)へと入って行く。


 大きめのベッドではあるが、流石に女子高校生二人が並んで眠るには狭かった。それでも二人は嬉しそうに布団に潜り込むと顔を見合わせてコソコソ話をし始めた。


「誰かと布団に入るなんて、小学生以来かも」


「誰と入ったんだ?」


「お母さん。あと、ひいお婆ちゃんと」


「桐子の家族だ」


そ言うとクラウンは嬉しそうにケラケラと笑った。それを見た桐子もつられてにっこりと笑ってしまう。もう湖の精霊やハウストの家で苦しそうにしていた彼女はどこにもいない。

クラウンもこうして桐子と一緒の布団に寝転がり、まるで彼女の家族に入れてもらえたような気分になって嬉しくってしょうがなかった。


「もう寝よう。明日は今日の分もいっぱい話そうね」


「うん。おやすみ桐子……」


 背中を丸めて眠りにつく。三日月は静かに光り輝き、風も穏やかに流れ行く。とてものどかな月夜である。




 しかし桐子は不意に誰かに呼ばれたような感覚に襲われて、急いで目を覚ますと呼ばれた方へと振り向いた。

 そこはクラウンと共に寝ていたベッドの上ではなく、見知らぬ小屋の天井に張り付いていた。自身の体はどこにもいない。




  ――ああ、これは夢だ。今、私は夢を見てるんだ。自分には役のない、映画を見ているような夢。




 そう直感した桐子はこれから始まる()を待つ。






 小屋の扉がギシギシと錆びた音を上げて横にゆっくりと、重々しく開かれる。

朝の柔らかな日差しが小屋の中を照らし、ようやく辺りの様子が伺えた。

 馬が三頭、口から白い息を吐いて扉を開けた人を見ている。どうやらここは馬小屋で、彼らは朝食を待っているようだ。

扉を開けた人はピッチフォーク(農用フォーク)を持つと気合を込めて「よし!」と声を上げて小屋の中に入る。

 背中まで伸びた栗毛に近い金髪。真っ白な肌の頬や鼻先は寒さで紅く染まっている。そして目つきは多少違えど、クラウンを生き写した美しい少女が優しく静かに微笑んだ。





<つづく>






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