014 <青髭> ― Ⅴ
「おっおおお、俺たちは食べても美味しくないぞ?!」
「お前たち<童話>か? <ブレーメンの音楽隊>か?! ブレーメンに旅立つのか?! ここが出発点なのか?!!」
興奮冷めないクラウンの熱量に、少しづつ冷静さを取り戻すロバと犬。二体は互いの顔を見合わせて、恐る恐るとクラウンに聞いた。
「お前……、グリムアルムじゃないのか?」
「ふんっ! アイツ等とオイラを一緒にすんな!」
もう一度顔を見合わせるロバと犬。
<童話>は一種の悪霊や精霊のようなもの。大抵の人間は<童話>と聞けばすぐに逃げ出してしまうのだが、<童話>を成敗するグリムアルムでもない子供が平然と自分たちに話しかけている。
「それじゃあ……何の用だ?」
「会ってもらいたい人が居るんだ」
含み笑いをするクラウンに二頭は「ひっ」と悲鳴を上げた。きっとグリムアルムの所に連れていかれてしまうのだ。そう思い込んでガタガタと震えだす姿を見ると、随分と臆病な<童話>のようだ。
「だけどもその前に一つ聞いてもいいか? 猫とオンドリは何処にいる?」
そうクラウンが質問するように、犬とロバを発見した時から猫とオンドリの姿が見えていない。彼らの正体が本当に<ブレーメンの音楽隊>であればの話だが。
「今……、探しているところよ。猫が朝食にオンドリを捌きに行ったきり、帰ってこないの……」
ロバは命乞いをするように、素直に情報を差し出した。
「それじゃあオイラも探すよ」
「え?!」
「<ブレーメンの音楽隊>は揃ってなんぼのもんだろ? それにオイラ、お前らの演奏を聞きたいんだ」
今度は子供らしい無邪気な笑顔に、二頭は恐怖を感じながらも”演奏を聞きたい”という言葉に少しだけホッとしていた。
* * *
「猫とオンドリを探してるんだが、見なかったか?」
それからクラウンはロバと犬を引き連れて、猫とオンドリを探し回った。
町の住民達は消極的で、クラウンの質問に無言のまま首を横に振る。誰もが心ここに在らずといった表情をしているのだが、この町が憂鬱とした雰囲気を作り出しているのはそれだけの原因だけではない。猫達を探してる間、小さな町の隅々までを散策し続けているのだが、積もった雪に紛れて細かな瓦礫が散らかっているのが目についた。しかもその瓦礫というのが住民たちの住む建物のレンガや木屑と同じ素材でできている。一体何故に瓦礫が散乱しているのか不思議であるが、この二頭と一人はそういった洞察力がなく、ただただ猫とオンドリの影を見つけるのに随分と苦労しているのであった。
「なー、お前らはどうしてこの町に来たんだ?」
「お祭りがあるって聞いて来たのよ。そこで演奏会をして、ご飯を貰おうとしているの」
「お祭り? 春の市場なら無いぞ?」
「え?!!」
「今年は吹雪で中止だって」
サラッと出てきた衝撃発言に、ロバと犬はまん丸く目を見開いた。
「どうりで静かだと思ったぜ……」
「どうしましょう……」
「だから言っただろ! 俺は反対だって!!」
「なによ! あなただって乗り気だったじゃない!! ご当地肉がたらふく食えるぞ。って尻尾を振ってたのは誰かしらぁ?!」
突如始まる言い争いは、さすがはブレーメンの音楽隊といった所。泥棒を追い出すだけの声量で怒鳴り合う。塀や屋根の上の雪が音波の振動で滑りだし、強風でもないのに窓ガラスは小刻みに震えだした。このままでは辺りの建物が謎の崩壊を起こしてしまう。何としてでも痴話喧嘩を止めたいところだが、クラウンは頼りなく二頭の間であたふたと慌てる事しかできない。
すっかり困り果てて一体どうすればと泣きかけたその時、空からふわりと茶色い羽が舞い落ちてきた。
「ふぉふぉふぉ。お若い者同士、元気があってよろしいが、そんなに目立つ声を出して騒いではいかんぞ」
天より聞こえてくる老人の声にクラウンは頭上を見上げようとした。しかしその前に何かが彼女の頭を抑え込む。ずっしりと何かが乗っかる重さ。ロバと犬の怒鳴り合いを聞いたオンドリが、クラウンの頭にとまったのだ。
「あなた!」
「爺さん! 探してたんだぞ!!」
「我輩だって探しておったのだぞ? 皆して迷子になるとは情けない。まぁ、君たちの声が無駄にでかいお陰で見つけることができたのだが」
「なっ、なにぃ~!!」
オンドリの余裕たっぷりなペースに乗せられて余計に声を張り上げるロバと犬。
今度は三頭分の声がギャンギャンと鳴り響いて、クラウンはその間で揉みくちゃにされる思いをした。
迷惑そうに顔をしかめながら辺りを見渡すクラウンが一言。
「猫は?」
確か猫は朝食にオンドリを食べようとして出て行ったはず。そのオンドリが無事にクラウンの頭上にいるわけだが、猫の姿はどこにもない。だがその心配もすぐに晴れる。
「ごはーん!」
元気のよい通る声が一本線の道を超特急で飛んでくる。声の先には真っ白い猫が鼻息荒く駆けてきて、オンドリめがけてクラウンの頭に飛び乗ろうとした。しかしその前にヒョイっと身軽に避けられてしまうと、首根っこを簡単につまみ上げられてしまう。無事に確保されてしまった猫は興奮した眼差しでオンドリをじっと凝視していた。
何はともあれロバと犬、そしてオンドリに猫とブレーメンの音楽隊がすっかり揃った。
クラウンは夢にまで見ていた彼らの集合に声も出せずに喜んでいるが、彼らは祭りが無いという情報を共有し悲壮感たっぷりの空気を醸し出した。
「なんということか……。我輩たちがこの地までに歩み続けた道筋は無駄に終わってしまったということか」
「ごは~ん?」
「おぉ、麗しのカッツェンエルンボーゲン。ご飯はない。我々はまた流浪の旅に出なくてはならない」
「ごはん……」
寂しそうな四頭の背中。彼らも吹雪の中、長く険しい旅をしてこの町にやって来たのだろう。その長い旅路の中、沢山のご馳走を想像してようやくたどり着いたと言うのなら、なんとも報われない旅だったことか。クラウンもまた行き先の分からぬ旅人の一人。懐にしまっていた固いパンを取り出して「これ……」とおずおずと差し出した。
「朝ごはんの残り物だけど、お昼に食べようとして持ち歩いてたんだ」
「い……いいのかい? クラウン」
「こんなんでよければ」
小さく頷くクラウンを合図に、猫は歓喜の声を上げていた。
「ごっはーん!!」
勢いよくパンに飛びつこうとする猫から、オンドリがとっさにパンを掴み取る。
なんとか四等分にしてパンをむさぼり喰う動物たち。よっぽど腹を空かしていたのだろう。
あっという間に平らげてしまうと、満足そうに笑い合っていた。
「ありがとうクラウン。お礼に何か……、そうだわ、クラウンのために演奏会を開きましょう」
「本当か?!」
「俺たちにはそれしかないからな!」
ブレーメンの音楽隊の演奏を一度でも聞きたかったクラウンにとって、それは大変贅沢なお礼である。
「何かリクエストはあるかね?」
「うーん、オイラ馬鹿だし、音楽とかよくわからないけれど…………そうだ、前にどこかで聞いた曲があるな」
そう言って思い出しながら歌った鼻歌は古い記憶のさらに奥、根本の部分に染み付いた子守唄のような曲だった。
「聞いたことある?」
「見当もつかん」
年長のロバとオンドリは互いに確認し合うのだが見当もつかないようで、クラウンが創作した曲なのかもしれないと疑っていた。
「ま、とりあえずやってみましょう」
そう言うと彼らは四つのパートに分かれて歌い出した。
四つの声は個々の個性を残しつつも美しく重なり合い、うろ覚えの鼻歌から取り出したにしても完成度が高く、アドリブで間を繋いでいるにしても元からこんな曲だったのではないかと錯覚してしまうほどに愉快で陽気な楽しい曲を作り上げた。
「すごい! みんなこの曲知ってるのか?!!」
「いいや、知らないけどこんな感じだったよな?」
「クラウンも一緒に歌う?」
軽く誘われたクラウンは激しく頭を縦に振り、四頭のハーモニーを壊してしまうほどの勢いで楽しく歌を歌い始めた。初めこそは下手くそな歌い方でも、自然とロバや犬、雄鶏と猫たちの真似をして最後には素晴らしいハーモニーを築き上げる。自分もこの音楽隊の一員として美しい歌声を奏でられたと思えたクラウンは、恍惚とした笑みをして幸せな時間を味わった。
しかし幸せな時間という物はあっという間に過ぎてゆき、猫のお腹もク~っと虚く鳴り響く。
「それじゃあ、そろそろ次の街に行きましょうか」
「せっかく来たのにか? あ、そうだ。この後バロンの劇場で人形劇をやるんだ。お客さんもいっぱい見に来るし、お前たちも演奏しに来ないか? バロンにはオイラから言っておくよ」
「オイオイ、それは本当か?!」
「そんな……、人間たちのお楽しみでしょ? 私達が行ってもいいのかしら」
「いいのではないか? 昔はよく人間たちと共に演奏を楽しんだものではないか」
「ごはん? ごはん?」
どうやら四頭の気持ちは揃っているようだ。ロバは目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうクラウン。何から何まで本当にありがとう」
その笑顔により、より一層クラウンは嬉しくなり演劇の時間を教えると、軽快なスキップをしながら宿の方へと帰って行った。
「……あっ! アイツらを先生の所へ連れていくのを忘れてた!!」
すっかり ”<童話>を連れ帰って先生を元気づける” という計画を忘れてしまっていたが、まだ<ブレーメンの音楽隊>はこの町にいる。その知らせを聞いただけでも先生はきっと飛び起きてくれるだろう。そう信じて疑わないぐらいにクラウンの心は浮き立っていた。
足取りは軽く、颯爽と宿に戻って部屋へと入る。すると更に良いことが目の前で起こっていた。この町に着いてからずっとぐったり眠っていた先生がベットに腰をかけて木の板で何かを掘り出していたのだ。
「先生!! 体調はいいのか?!」
嬉しいことが続いて大はしゃぎするクラウンは急いで先生の元へと駆け寄った。
そしてとっておきの情報を彼に知らせた。
「せんせー! せんせー! あのなぁー、今日<ブレーメンの音楽隊>に会ったんだ!」
「<ブレーメンの……音楽隊>?」
先生は手作業をやめて静かにクラウンの顔を見上げる。
「アイツらすっごく良い奴らなんだよ! 歌を教えてくれたんだ!」
「良い奴…………だって?」
すると今度は馬鹿にするかのように鼻で笑い、勢いよく立ち上がった。
「クラウン、君は忘れてしまったのかい?! あいつら<童話>は悪い奴らなんだ。僕たちの町を壊し、お前の父や母、僕の恩師を嬲り殺した!!」
期待していた喜び褒め称える表情はどこにも無く、顔に落ちる陰は暗く醜い。
底なし沼のように濁りきって覗くことすら躊躇する黒い瞳が、彼女を容赦なく蔑み見下す。
そんな憎悪に浸かった光に睨まれて、クラウンは体を小さく縮こませた。カタカタと震える小さな彼女に先生はふっと我に返って、
「あぁ、声を荒げてしまってすまない……。嫌な夢を見たんだ」
と頭を抱えて座り込む。
まだ頭の中は夢と現を彷徨い続けているようだ。回復しきれず苦しむ表情を浮かべる先生に、クラウンはもう一度彼のそばに寄り添った。
「クラウン……、お前もまだ幼かったし、覚えていないのも仕方のないことなのだろう。だけどもこれだけは忘れないでくれ。<童話>は悪しきものなんだ。奴らは僕たちの故郷を奪い、人々を不幸のどん底に突き落とす。そしてそんな奴らを倒す力を持っているのが、お前だけなんだ」
「オイラ……だけ?」
「あぁ。<童話>によって故郷を失ったお前でなくては意味がない。僕たちの様に辛い思いをする人をこれ以上出さないためにも、お前が弱き者たちの剣となり、<童話>から彼らを救うんだ」
そして先生は木の板から掘り出したおもちゃの短剣をクラウンの右手に握らせる。
「お前ならできる。期待しているよ」
深い陰に悲しみの色を浮かべて先生は、静かにクラウンの瞳を見つめた。
彼らは別だと言おうとも、きっとその声は聞き入れてくれないだろう。それほどに先生は全ての<童話>を憎んでいた。
クラウンは震える喉で息を飲み込み、おずおずと部屋を後にした。