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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第二幕
66/114

013 <名付け親> ― Ⅲ






 次に瞼を上げた時、その瞳には深い闇を住まわせつつも憎悪の炎を燃え盛らせていた。


「そいつが僕の恩師を……、お前の両親を殺した張本人だっ!」


「面白いことを言うな、小童(こわっぱ)が」


「しらを切るな老いぼれがッ! 未練がましくもまだ生きおって!」


 普段は感情を(あらわ)わにしない先生の逆上する姿にクラウンの心臓は跳ね上がる。


「何をしているクラウン。私の言うことがわからないのか? アイツを殺せと言っている。殺して(かたき)()てと言っているんだよぉ!!」


「だけどもハウストは<童話>じゃない。普通の人間だよ?」


「そうだとも。私は人間だ。だが、もし本当に君の両親を殺すようにと<童話>を差し向けていたのなら、そうしたら君はどうするかね?」


「そしたらオイラは……」


「もしそうならば、私は君の最悪な敵だ。君はそれを野放しにしても良いという考えなのかい?」


「奴の話に耳を貸すなクラウンッ!!」


 二人の言葉に挟まれて、ただでさえ混乱しているクラウンの頭がより一層絡まり苦しくなる。


「さぁ考えろクラウン。自分で考え、決めるんだ。その男に頼らずとも、君には君のお(つむ)があるじゃないか。それを使って考えるんだ」


 そうは言われても、いつも先生の言う通りにしか動かないクラウンにとって、それはフォークを持つよりも難しいこと。たとえシンプルな答えであっても彼女一人じゃあ決められない。



 追い討ちをかけてくるハウストの言葉に半泣き状態となっているクラウンを、先生は哀れに思ったのだろうか。彼は気持ちを落ち着かせるようにもう一度だけ息を小さく吐くと、一歩前に出て彼女の隣に寄り添った。


 氷のように冷たい右手。その手がクラウンの右頬を撫でるように抱き寄せると、彼女の顎を持ち上げて自分の顔に向けさせた。


「クラウン……、ハウストのグリムアルムを()()()()()。お願いだ」


 まるで母親が我が子にお使いを頼むように優しい声色でとんでもないお願い事を口にする。

いくら信頼している人とはいえ、そんな物騒なお願い事、クラウンだって聞き入れたりはしないだろう。しかし泥沼のように深い瞳に吸い込まれてしまった彼女の心は、頷くことも、首を横に振ることもできずにハウストの方へと振り向き直した。そして静かに一歩づつ、一定のリズムで歩き出す。




 クラウンは腰にしまっていた木製の短剣を抜き取ると、<童話>の力をまとわせて不気味な大剣に変形させる。

その姿に何か納得したのかハウストは「そうか……」と低い声で囁くと、己の目に映ったクラウンの姿を哀れんでいた。


 よく見れば彼女の顔は虚ろな表情を浮かべていた。

先のように頬を赤めることも、嫌がることも、恐れることも決してしない真っさらな表情に、赤黒い瞳のビー玉が空っぽの色を映している。


 クラウンは全身から血生臭い匂いを(ただよ)わせると、ハウストの前で立ち止まる。

そして右手に持っていた大剣を軽々と頭上へと持ち上げた。


「すまないね。私はいつの間にか君に()()を重ねて過大評価しすぎていたようだ。見当違いでがっかりだよ」


 ハウストは逃げることもなく(うれ)いだ表情でクラウンの顔を見上げるが、そんな彼の上にクラウンは大剣の刃を振り下ろそうと腕を下した。



 襲いかかるクラウンに、陰で立っているだけだった二人の悪魔が動き出す。

彼らはハウストの身を守るため、クラウンの腕や腰を強く掴むと、裏庭を一望できる大窓の外へと突き飛ばした。

 彼女の華奢(きゃしゃ)な体が窓ガラスを大きく突き破り、庭の中へと叩き落ちる。

ゴム玉のように弾んで転がるクラウンの体は、土埃が舞い上がる中しばらく動けず倒れていた。


「お人形さんには興味はない。さっさとお家にお帰りなさい」


 割れた窓ガラスから見下ろす悪魔たちの目の先で、吹き飛ばされたクラウンは痛がるそぶりもせずにのっそりと上半身だけを起き上がらせる。今だに瞳はどこか遠くを見据(みす)えていて、心ここに在らず、といった有り様だ。



 屋敷の庭を取り囲むようにして設置されていた(すす)汚れた街灯たちが、青い炎を点々と灯し始めてゆく。

 不気味に揺らめき、燃え上がる炎の先からは血肉の悪臭が漂い始め、雑木林の先からは二つ、四つと小さな光が鈍い輝きを解き放つ。

小川からも何かが()いずり上がる音が続いて聞こえ、野バラの茂みはガサガサと騒めき声を上げていた。


 何か良からぬことが始まる。と、そう思っているうちに茂みの中から大きな影が飛び出した。

影はもぬけの殻のようになっているクラウンに鋭い爪を立てて襲いかかるが、彼女は転がるようにしてその攻撃を可憐に避け切った。

 転がる勢いのままに立ち上がり、大剣を影に向かって構え持つ。

するとそこには炎のようなたてがみを逆立てる、美しいライオンが唸り声を上げていた。


 こんな北国の森の中にサバンナの王が暮らしているわけがない。となるとこれの正体も<童話>なのかと、こちらが考えている合間にも、熊や暴れ馬といった大型動物から、グライフなどのおとぎ話に出てくるような幻獣たちまでもが茂みをかき分けて現れる。

 他にもゴロツキといった風貌の人々が、魔法の道具を手にしながら木陰の隅でクラウンを鋭く狙っていた。


 庭の中にいるありとあらゆる<童話>たちが、クラウンに向かって威嚇する。

しかしその様子がどこかおかしい。威勢がいいと言うよりも、得体の知れない物体に(おのの)き、この場から排除しようと必死に己を大きく見せているような……。


 その時、先に襲いかかってきたライオンがもう一度勇気を振り絞り、クラウンに大きく飛びかかる。

 構えるだけで動かなかったクラウンの上にライオンの影が落ちた時、彼女はスイッチが入ったように剣を振るい上げてライオンの腹をばっさり(むご)たらしく切り捨てた。


 大量の血を浴びるクラウンは、変わらず空虚な顔をして明後日の方向をいている。

だが彼女の存在を許してはいけないと分かった<童話>たちは、次々と彼女に襲い掛かった。






「やれやれ……、次は君の番か。随分な嘘をついてくれたじゃないか」


 慌てる事もなく食卓に(ひじ)を立て直すハウストがつまらなそうに文句を言う。

それに先生が落ち着き払った態度に改め直し、嫌味ったらしく言い返す。


「僕は本当のことを言っただけだ。今まで黙っていただけ有り難く思ってもらいたいね、ハウスト家の三代目グルムアルム、カール・ディートマー・ハウスト」


「私の事をよく知っているようだが、君にもいくつか質問をさせてもらいたい。君の()()を見て少しばかり心当たりができてしまったのだよ」


 そう言うとハウストはようやく先生のドス黒い瞳を睨み返した。




 * * *




  ―――― ガシャン。


 童話図書館の中で陶器が割れた音がする。キッチンのシンクの中でお茶の片付けをしていたハンスの手からカップが滑り落ちた音だった。


「おい、何ぼーっとしてんだよ。大丈夫か?」


 机の上を片付けていたウィルヘルムが心配そうに声をかけるが、ハンスからの答えは返ってこない。代わりに彼は自分の胸元を苦しそうに掴むと、その場に小さくしゃがみこんでしまった。


「怪我してませんか? ハンスさん」


 戸棚に茶葉をしまっていた桐子がハンスの元に駆け寄ると、彼は辛そうに肩を揺らしながら荒々しく呼吸を繰り返している。その異常さに桐子とウィルヘルムが青ざめていると、シャトンがピンっと耳を立たてキッチンの窓に張り付いた。


「クラウン様が危ない!」


「え?!」


 今まで居場所が分からなかったクラウンの気配を感じ取り、シャトンが焦る気持ちで説明する。


クラウン様の(黄色い)栞が大勢の<童話>を封印している気配を感じます!

今、あのお方は一人で戦っていらっしゃる! このまま力を使い続ければ、彼女に取り憑いている<童話>に精神を蝕まれて死んでしまいます!!」


「そんな!! 場所は?」


「それは…………」


場所までは詳しく特定できないシャトンは苦い顔をするのだが、


「ポツダムの……離れの廃村……」


とかすれた声でハンスが言った。


「! ハンスさん!」


「分かるのか?!」


「こんな大勢の<童話>を一斉に操れるのは……あの爺さんしかいないわ……。ウィルヘルム、お願い……、あの人を止めるのを手伝って……」


 ハンスの苦痛に歪んだ顔を見て、事の重大さに気付いたウィルヘルムは何も聞き返さずに「分かった」とだけ言い切ると、急いで玄関へと駆けて行った。


「先に飛んで行って……! 近づけば臭いできっと分かるから……!!」


 玄関を飛び出したウィルヘルムは、素早くマントを体に巻きつけると大カラスとなって飛び立った。


「私もお先に行かせてもらいます!!」


 次にシャトンが飛び出すと、長靴の能力”マイル靴(一歩で一マイルも飛んでいける魔法の靴)”を使って、あっという間にその場から消え去った。


「桐子、申し訳ないけれど、留守番を頼むわ。アナタの寮には私から説明しとくから……」


「待ってくださいハンスさん! 私も行きます!!」


 ついに分かりそうなクラウンの居場所に、興奮しているのはシャトンだけではない。

ふらふらと立ち上がって玄関へと向かうハンスの後ろを桐子はひな鳥のように着いて行く。


 クラウンに仕えるシャトンがいながらも、今まで消息が掴めなかった彼女をようやく見つけることができそうなのだ。それに彼女が<童話>と戦っているせいでハンスが苦しんでいるというのなら、すぐにでも止めに行くしかない。



 車の鍵を手にして玄関を出るハンス。と桐子。

置いていかれないようにと勇ましく後を着いて行くのだが、急に立ち止まるハンスの背中に桐子は勢いよくぶつかった。


 強くぶつけた鼻先を痛そうにさすりながら、彼が立ち止まった理由を知るために、ハンスの陰から少しだけ顔をのぞかせた。






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