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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第二幕
62/114

012 <若い大男> ― Ⅶ






「なるほど、要はアイツの気を引きながらも、フェルベルトの坊を連れて来なきゃあなんねぇんだな?」


「そう。私たちもこのまま図書館には向かうけど、アナタ達の方が早く着くでしょうし、最悪、図書館に着く前に捕まってしまうかもしれないから」


「随分と弱気な事を言うじゃあねぇか、ハンスちゃん」


 残念そうに、しかし少しだけ嬉しそうにアルベリッヒはそう言うと、懐から金の角笛を取り出して雄々しい音色を響かせた。桐子の足音を追いかけていたパウルもその笛の音を耳にすると、より一層走る速度を上げていく。

 広場を横切り、桐子たちの通った道へと飛び込むと、奥の通りに倒れているラッティ以外誰もいない。逃げる足音が聞こえなくなったので、自分(<若い大男>)の力に恐れをなして隠れてしまったのかと余裕の態度を見せたパウル。だが彼が細道を走り抜けようと石畳を踏んだ時、畳の隙間っから粘土状の泥が噴き出して、彼の足にベッタリと張り付いたしまった。泥はそのままコンクリートのように固まって、彼の自由を奪ってしまう。


 足を奪われ倒れそうになるパウル。すぐに重心を取り直し急いで辺りを見渡すと、屋根瓦を踏み鳴らす小さな足音を聞き取った。足音に向かって勢いよく顔を上げてみるのだが、今度は彼に向かて屋根瓦やレンガが雨のように降ってくる。


「やーい、やーいこっちだよー!」


「悔しかったらここまでおいで!」


 軒先の上で若い小人たちが勝利の舞を舞っている。よく見れば彼らの背後には、パウルの足を引っ掛けた泥と同じ土塊が小人の形になって次々と精製されていた。

あっという間に小人の数は増えてゆき、手には新たなレンガを持って、パウルに第二波を投げつけようとワクワクしている。



「やっぱしハンスちゃんの本とは違って、集まりが悪りぃーな。壊れた建物があったらそっちを優先しろって教えちまってるし、せいぜいこんなもんか」


「ありがとう。続けて」


 少し離れたところでパウルの様子を伺っているハンスとアルベリッヒ。そして桐子の三人は、図書館へ使いに出した小人の帰りを待っている。

このまま細道にパウルを閉じ込めてウィルヘルムが来てくれるのが理想的なのだが、現実はそんなに甘くない。しばらくもしないうちに、図書館の方角から千切れんばかりに手を振る小人がやって来る。


「てぇへんだ! てぇへんだ!」


 声も上ずり、慌てたままに上司であるアルベリッヒに自分が見て来たものを報告すると、アルベリッヒまでもが慌てだす。


「なにぃ~~!! 黒い悪魔が図書館の上に張り付いているだと?!」


「しかも何か術を使っているのか図書館の中には入れねぇし、フェルベルトの坊も四角い箱にクギ付けで気がつかねぇ!!」


 彼の言う“四角い箱”とは“テレビ”のことだろうが、それよりも図書館の中に入れない方が重大だ。



 確かに童話図書館には<野良童話>たちからグリムアルムを護るための結界が張られているのだが、それは基地を隠すためのものであって、出入りは救済を求める<童話>たちのために自由にできるようになっている。

 しかし<小人>が図書館の中に入れない事や、ウィルヘルムと一緒にいる(シャトン)がマタタビを振り掛けられたように伸びているという事を聞いて、黒い悪魔が図書館の結界に何らかの術を付け加えていることが憶測できる。そのせいで外の情報がウィルヘルムに届いていないというのであれば、彼が助けに来ない理由に説明がつく。



「今回の騒動は全てハウストの思惑ってわけね。本当に嫌らしい人。桐子、やっぱりアナタが図書館に行って。<童話>が入れなくともアナタならばいけるはず」


「でもハンスさん!」


「大丈夫。アナタは一度、悪魔の幻術に勝っているから。それに、アルベリッヒも行かせるわ」


 そう言うとハンスは左手に巻いていたスカーフをほどいて、血で汚れた部分を内巻きにねじると桐子の腕に結びつけた。


「このスカーフがある限り、アルベリッヒがアナタを守るから」


「おい、それは一体どういう意味だよハンスちゃん! 俺たち<童話>はハンスちゃんを」


「アルベリッヒ、命令よ。桐子を童話図書館にいるウィルヘルムの元へと届けてちょうだい。その間は特別にアナタ本来の力を一部だけ返してあげる。だけどもし、桐子の身に何かがあれば……」


 それ以上には何も語らずに、目で服従させようとするハンス。アルベリッヒもしばらくは抵抗したのだが、やれやれと肩を落として彼の願いを受け入れた。


「ハンスちゃんはちーっとも怖くねぇけどなぁ。ご主人様の命令ならば逆らえねぇ」


 彼の言葉に安心したハンスはもう一度桐子の方に向き直すのだが、彼女は勝手に進んでいく話に納得していない様子。そんな彼女を心配させまいとハンスは優しく微笑んだ。だが引きつらせながら作った笑顔はいつ解けてもおかしくないほどに繊細で、逆に不安を(あお)ってしまう。



「んじゃあ、いくぞ嬢ちゃん!!」


 アルベリッヒの掛け声と共に腕を掴まれて、身動きできずにいる桐子。


「待って、ハンスさん!」


「お願いよ、桐子。ウィルヘルムを絶対に呼んできてね」


 最後にもう一度最高の笑顔を見せた後、ハンスは急いでパウルの待つ細道へと戻って行く。

しかし残り少ない<小人>の中に<童話>の本を持たないハンスが加わったところで一体何ができるのだ。

 手助けがしたくて何度もハンスの元へと戻ろうとしたのだが、小さなアルベリッヒの腕すら振りほどけないほどに桐子の力は皆無である。結局何一つとして役に立っていない自分の不甲斐なさに、桐子もついに諦めの色を出してしまった。

 彼の言う通り、今はウィルヘルムを呼んだ方がハンスのためになるのなら……。桐子は悔しい思いを胸にして、仕方がなく童話図書館へと足を向かわせた。





 重い足を引きずりながらも安全な場所へと向かう桐子とは反対に、戦場へと戻ってゆくハンスの足もまた鉛のように重く感じる。


「俺よりも強いヤツは何処にいる?! 俺を楽しませる<童話>を出せ!!」


 すっかり本来の目的を忘れてしまったパウル(<童話>)はなりふり構わず暴れている。小人たちもすっかり怯えきって屋根の上からパウルの様子を伺っていた。


「それならば私なんてどうかしら?」


 細道の出口で腰に手を当てながら強く出張するハンス。だが彼の細長いシルエットがパウルの要望を応えきれずにいる。


「お前に用はない!!」


 ハンスの正体を知らない<童話>は地面に転がっていた土塊を拾い上げると、追い払うようにして投げつけた。しかし一歩も動かずに土塊を受け流してしまうハンスの態度に、パウルは癇癪を起こしてしまう。


「あら、本当に私に用がないのかしら? 私の名前を聞いてもそんなことを言ってられる? 私の名前はハンス……」


 ハンス=ニール。と、続くはずなのだが、急に言葉を詰まらせる。啖呵(たんか)を切った割には名乗り出したくはなそうに唇を小さく噛むのだが、彼の後ろにいる守るべき存在のことを考えると、否応なしにその名前を口にする。


「ハンス=ニール・フォン……・グリム・アルニム。アナタたち<童話>を封印した一族の、末裔よ」


 物静かに名乗ったその声に、周りの空気が冷え込んだ。

だがその名前を聞いた途端、グッと温度を上げるヤツもいる。


「アルニム家……お前がグリム兄弟のぉ!!」


 とうとう見つけた獲物の名前に興奮を隠せずにいるパウル(<童話>)。だがその興奮を隠せないでいるのは彼だけではない。道の隅にうな垂れていたラッティもすっかり元気を取り戻し、大いにはしゃぎ回っている。


「え! ウソぉ?! 貴方がアルニム家のハンスちゃんなのおぉ??!!」


 望んでもいない歓迎の声に(さらさ)されて、ハンスはひどく顔を青くする。

この名乗りが彼の本意でなくとも、意志が揺らいだままでももう後には引けなくなってしまった。


 どんな<童話>よりも上等な獲物を目にしたパウルは生き生きとした面構えでハンスに勢いよく飛びかかる。単純ではあるが素早い動きをする彼ついて来れないハンスは、とにかく左手を前に振りかざして掠れた声で囁いた。


「ホークス ポークス」


 魔法の呪文に呼び起こされて、ハンスの左手から炎の爆発が燃え盛る。目の前で突如撒き散らす火花と爆風にパウルは怯んでよろめいた。

その隙をハンスはすかさず攻め入って通りからパウルを追い出そうとするのだが、彼の伸ばした左腕も爆発の音でガタガタと大きく震えている。


 あろうことか彼に取り憑いている<童話>は、彼の恐怖心(トラウマ)を糧に能力を発揮しているのであった。爆風は火薬的な生物を拒む臭いを立たせずに、キャラメルなどといった香ばしい薫りを嗅ぐわせる。だがその甘ったるい香りがハンスの心をキツく締め付けるのだ。


「ハンスちゃんが前に出ることはねぇ!」


「お前は後ろに下がってろ!!」


 生き残っていた小人たちが勇気を出して屋根から飛び降り、ハンスをかばうように円陣を組む。しかしハンスはその間を割って前に出ようと必死になっていた。


「いいえ、ダメよ。私がやらなくっちゃ……」


使命にかられた彼の赤い瞳が、散らばる火の粉に照らされて薄気味悪く輝いた。




 * * *




 一方無理やりに図書館へと向かっている桐子とアルベリッヒは、目的の地まで目と鼻の先の距離まで迫っていた。



 ―― ウィルヘルムを絶対に呼んで来てね。



 前線から立ち退いてもなお、ハンスの願いを果たすために一心不乱に走っていた桐子。しかし背後で轟く爆発音に思わず飛び上がって急ぐ足を止めてしまう。


「ハンスさんっ!!」


 彼は心配するなと気を使ってくれたのだが、それを最後まで信じきれない自分がいた。

それはあの無理した笑顔を見てしまったから。それとも<雪白姫>との戦いの後、<いばら姫>の力に苦しむ彼を見てしまったから。どちらせよ、今更平気だと言ってみせる彼の言葉が卑怯で仕方がないと勝手な苛立さえも覚えてしまう。


「なに立ち止まってんだよ嬢ちゃん!」


「やっぱり私、ハンスさんを一人置いてけないよ!」


桐子の突然のわがままに、アルベリッヒも思わず声を荒げてしまう。


「何言ってんだよ、嬢ちゃん!! アンタを無事に図書館まで送り届けるってハンスちゃんに命令されてんだ! そんなわがままを聞いちゃいられねえ!!」


「アルベリッヒさんは不安じゃないの?」


「不安じゃねぇわけがねぇ! あの子のことは、俺の背丈よりも小さい頃から知ってんだ! それでも行かなきゃなんねぇ時があるっ!」


 命令に縛られた彼がちょっとだけ羨ましく思えてしまう。自分も初めからそう言われた通りに素直に図書館へと向かっていれば、ハンスに余計な手間をかけさせずに済んだだろうに。だけども桐子自身がしたいのはそんな倫理的な話ではなく根本的なものである。

 ハンスが巻いてくれたスカーフを強く見つめると、ある想いを思い出して桐子は新たな決意を胸にした。


「アルベリッヒさん、貴方が私の知っているお話の登場人物であれば、あの力も使えますよね?」


「あの力って?」


 桐子はおもむろにハンスのスカーフを掴み取ると、乱暴に引っ張って(ほど)いてしまった。

そして惜しみなくそのスカーフを手放すと、ふわりと地面に落としてゆく。


「これで貴方を縛る物は無くなった。ハンスさんを助けに行きましょう!!」






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