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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第二幕
61/114

012 <若い大男> ― Ⅵ






 逃げ出した二人を追ってパウルも軽やかな足取りでついて来る。しかし彼女たちが逃げ込んだ場所はお茶の時間に浮かれた観光客で溢れかえる飲食街の中だった。歩道沿いには車も駐車しており死角が多くて早速桐子たちを見失ってしまう。


「彼も人混みの中じゃあ暴れられないはず。急いで図書館に戻りましょう」


 駆け足で人の波をかき分けるハンスと桐子。図書館がある場所までは遠回りになってしまったが、近道の方にはパウルがいるので仕方がない。飲食街の先にあるマルクト広場を経由して坂を上ることにした。

 見つかることもなく速度を上げて距離を置く。このまま何事も無ければと願うのだが、後ろの方から人々の悲鳴が不規則的に上がっているのを耳にした。それも段々とこちらへと近づいてきている。

 状況を確認するためにハンスは後ろに振り向いた。するとそこには不自然に巻き上がる土煙と、くたびれたヌイグルミのように投げ捨てられる人影。そして騒ぎから逃げ出す人々の狂乱の渦がハンスたちに向かって迫り来る光景が見受けられた。


「どうやら彼は新しい“おもちゃ”に夢中のようね」


 逃げ惑う人々はハンスや桐子を追い抜いて各々の思う安全な場所へと避難する。

ある者は街そのものから出ようと一心不乱に走り続け、ある者は店の中へと逃げ込んで勝手に戸口を閉めている。今だに状況を掴めぬ者たちは石像のように固まって呆然と土煙を眺めていた。ハンスや桐子も彼らと同じようにその場に止まってこの地獄絵図を眺めていたが、人の波を割いて現れるパウルを見つけるとあからさまに嫌そうな顔をした。


「みーつっけた!」


 パウルは嬉しそうにつま先を鳴らすと腰を曲げ、二人を上目遣いに凝視する。再会の喜びに瞳を爛々と輝かせているのだが、彼の後ろには土煙を巻き上げる道路や建物の瓦礫に、苦痛にもがき転がる観光客たちが足跡のように連なっていた。


「いくら逃げたって無駄だよ。この力からは逃げられない」


 この状況を大いに楽しんでいるパウルにハンスは何も言わず、哀れみの眼差しだけを送って更に奥へと逃げ出した。

 今度は見失わないようにと踏み切りをついて飛び出そうとするのだが、パウルの右肩を大きな腕が捕まえた。


「ちょっと君、聞きたいことがあるのだが。ここら辺で派手な喧嘩をしているとの通報が入った。まさか君ではないよね?」


 誰が呼んだか知らないが、パウルよりも二回りほど大きな警察官が威圧的に質問する。

彼は疑いの目を持ってパウルの頭のてっぺんからつま先まで舐め回すように観察した。

通報で聞いた通りの外見をしているが、実際に合うと同年代の男性よりも平均以下の体格をしている。喧嘩とは無縁そうに思えるが、その油断がパウルの暴挙を許してしまった。

 パウルは警察官の腕をつかむと、背負い投げの応用で思いっきり彼を地面に叩きつけた。

まるで羽のように浮き上がる自分の身体に警察官は呆気にとられてしまったが、頭にくる着地の衝撃で意識を遠くへ吹っ飛ばしてしまった。


「ザコが黙ってろ。オレの邪魔をするな!」


 道路の中央で伸びている警察官の周りには大きなヒビが入っている。これには野次馬で集まって来ていた人々も恐怖のあまりに声を引きつらせて後退るのだが、それがパウルの心をさらに(たかぶ)らせてしまった。




 * * *




 パウルからほどほどに離れたハンスと桐子は近所の子供しか通らなそうな細道で肩を並べて潜んでいた。普段から運動をしない二人はすっかり息を切らしている。


「桐子、私がここで彼を食い止めるから、急いでウィルヘルムを呼んできてちょうだい」


 前までならば素直に聞き入れていたであろうハンスのお願い。しかし今の桐子は素直にその言葉を受け止めることができずにいた。<雪白姫>での事件以来、ハンスへの信頼が少しばかり揺らぎ始めていたのである。それは疑いの念ではなく、<童話>に取り込まれやすい彼を心配しての心の変化。彼が<童話>使いを食い止めるなどと言うのが冗談にしか聞こえないのだ。


「彼の目的は私の<いばら姫>です。私が囮にっ」


「それはダメよ!! これはいつものお手伝いとは違うの。いつもならウィルヘルムがいるから多少の無理も目を瞑ってきたけれども、今の私たちじゃあどうしようもできないの! それでもまだ手伝いたいと言うのなら、お願い急いでウィルヘルムを呼んできてちょうだい」


 理解させようと何度も言うが、変わらず桐子は納得していないとでも言うように口を曲げたままである。彼女を納得させるにはそれなりの力を示さなくてはいけないようだが、今のハンスには<童話>を呼び出すための赤い本もない。


「ハンスさんを置いては行けません! ハンスさんの方が<童話>に弱いんですから、私が残ってハンスさんがウィルを呼んできてください!」


 ついには生意気な事を言う桐子。彼女は”相手を眠らせる”能力を持つ<いばら姫>に取り憑かれた自分が残った方がまだマシだとさえ思っている。

最近色んな場所で<童話>と触れ合って多くの術を身に付けたが故のおごりだろう。

<童話>が何たるかを理解しきったような口ぶりにハンスも少しばかり苛立ちを覚えてしまう。


「なっ! 何を言ってるの?! これからもっと危険な事が起きるのよ!! アナタにはもう<童話>に関わってほしくないの!」


 ハンスの必死な声を聞き、より一層動く気配をなくした桐子。彼女の心の内が全く分からないハンスはすっかり困り果ててしまった。

 残るの残らないのと口論をしている間にも、パウルは少しづつ近づいて来ている。呆れ返っていたハンスの耳にも騒ぎの音が入ってくると、彼は大通りの方に少しだけ顔を覗かせた。まだ男の影は見えないが、走る人がまばらに増えている。

 もう一度桐子の顔を見てみるが、テコでも動かなそうなほどにやる気に満ちている。このまま二人とも捕まってしまっては元も子もない。ついに桐子を動かすことに諦めがついたハンスは彼女に対してかぶっていた猫を脱ぎ捨てて冷たい口調で言い放つ。


「分かったわ。桐子、ハサミかカッターなんか持ってるかしら?」


 何か策があるのだと勘付いた桐子は急いでカバンから筆箱を取り出すと、使い古された安物カッターを手渡した。


「ありがとう。今度新しいのを買って返すから」


 そう言うとハンスは左手の手袋を脱いで長く伸ばしたカッターの刃を手のひらに置いた。

この時初めて桐子はハンスの左手を見るのだが、思わず動揺してしまう。なにせ彼の手には無数の傷跡と火傷の跡が付いているからだ。


「何を……するんですか……?」


今更緊張してももう遅い。


「この前、ウィルヘルムに<童話>の押さえ方を教わったわよね?」


 <雪白姫>との戦いの後、目覚めた<いばら姫>を抑え込む方法をウィルヘルムから教わってはいたが、それ以降<いばら姫>が目覚めた事は一度もない。


「いい? これからが踏ん張りどころよ」


 するとハンスは勢いをつけてカッターを横に引っ張った。

痛々しい彼の手のひらに新たな傷が刻まれる。傷口から滴り落ちる赤黒い血に桐子は悲鳴を上げそうになるのだが、それよりも先に酷い吐き気に襲われた。何か邪悪なものが腹の底から沸き上がるような感覚に思わず両手で口を塞ぐ。


「これでウィルヘルムの方から助けに来てくれるはず。しばらく気持ちが悪いでしょうけれども我慢してね」


 目の前の塀に自分の血をなすりつけて傷口にスカーフを巻き付ける。そしてどれくらい動かせるかと左手の調子を伺うと、新たな死角を求めて走り出した。


 ハンスに怪我をしてもらいたくない。そう思って居座ったのに彼自身がその手に傷をつけてしまった。その衝撃になぜかと疑問を投げかけたくなるのだが、それを聞くことすらできないほどに体調が悪い。桐子はただ手招くハンスに従って、後をついて行くことしかできなくなってしまった。




 一方大通りで暴れ回っているパウルの方は、観光客たちを蜘蛛の子のように散らし終えてもなお意味なく駐車している車を破壊して己の力に酔いしれていた。


「あはぁは、すごいや! これがオレの力っ! オレ本来の能力っ!! これさえあればオレを邪険にしてきた奴らにたっぷりと復讐ができるってもんだ。ほらほらぁ早く出てこないと、<童話>共々殺しちゃうぞぉ~!」


 高揚とした気分のままこの場から去ってしまった桐子に殺害予告をするのだが、もちろん返事は戻ってこない。それでも今までに感じたことのない活力にパウルは満足気に拳を振るっていた。


 このままパウルは<童話>の主人公のように力を振りかざして町を破壊してしまうのか。彼の将来に一抹の不安を感じていると、風に乗ってほのかな血の匂いが香って来た。

 血の匂いはパウルの鼻奥をくすぐると、快調だった彼の笑顔を苦辛の表情へと崩してしまう

 彼も桐子と同じように内側から何者かに蝕まれる感覚に襲われたのだ。

額から大量の脂汗が噴き出して、目玉が腫れるような激痛に苛まれる。頭や身体の節々が張り裂けるように痛くなり、体の中に入っているもの全てが吐き出されようと胃に逆の運動を繰り返させた。


 <童話>の力を得たばかりで使い方も分からない宿主は急激に暴れ出した力に耐えきれず膝をついて倒れてしまう。

コントロールしていると自惚れていたパウルは今の屈辱的な姿に理解が追い付けず焦っていた。

 このままどうなってしまうのかと、ようやく不安を感じていると視界の隅に黒いピンヒールを履いた男の足が入ってきた。無理矢理に男の顔を見上げれば、赤髪の黒い悪魔が立っている。彼はこの街のどこかで逃げ回っているハンスに目を向けて、足元で苦しんでいるパウルには目もくれずにいる。


「シュヴィンデル……急に気分が悪くなったんだ。<童話(若い大男)>がおかしくなったのかもしれない。助けてくれ」


 なんとパウルの言っていたお友達とはハウスト家の召使い(悪魔)、シュヴィンデルのことだった。だが彼は「助ける? なぜ?」と冷たい目をしてパウルの事を見下ろした。どうやらお友達だと思っていたのはパウルだけのようだった。


「せっかく坊ちゃんが貴重な血を流してまで向かい合っているのです。こんなところで止められますか」


 普段は無表情の悪魔が珍しく口を三日月型にして笑っている。その不気味すぎる表情を霞みゆく視界の中で見たパウルは、何故自分がこのような目に合っているのかと疑問に思ったまま意識を失ってしまった。




 * * *




 桐子は目を覚まそうとしている<童話(いばら姫)>の力に必死になってあらがっていた。全身が痺れたようにむず痒く、足ももつれて倒れそうになるのだがなんとか踏ん張りをみせている。


「大丈夫? 少し休みましょうか」


 ハンスが気を使って建物の陰に隠してくれるが、彼自身が気を休めることは決してなかった。耳はパウルの騒ぎに向けたままでスカーフから血が滲み出ていることには気づいていない。


「ハンスさん、血が……」 「しっ!」


 集中して耳を澄ましているが、騒ぎがあったとは思えないほどに静かである。

追うのを諦めたのかと嘘みたいな考えもよぎったが、そんなことは無いと疑いながら少しだけ通りに顔をのぞかせた。するとパウルどころか人っ子一人も歩いていない。

 積もる疑問に小首をかしげ、顎に手を当て考え事をするのだが、懸命に息を整える桐子を見ると、もう少しだけ休んでも平気かと安堵の息を漏らしてしまう。

 この細道を抜ければ町の中心部マルクト広場が待っている。坂を登るように広場を横切ればようやく旧市街に入れると、ハンスも気が緩んでしまったのだろう。桐子も息を整え終えると、あともう少しで広場だと気合を再注入して立ち上がった。


 そんな彼女の頭上にぴちゃりと何かが垂れてくる。雨どいから雨水が滴り落ちたのかと頭を押さえながら狭い空を見上げると、そこには牛ほどの大きさはあるオオサンショウウオのような化け物が壁にぴったりと張り付いている姿を見つけてしまった。化け物と目があってしまった桐子は驚きのあまりに固まってしまう。


「やぁあやぁあ、お嬢さんたち。ハンス坊ちゃんを知らないかぁい?」


 泥水を注ぎ込んだゴミ袋のように(ぬめ)った肌に、岩のイボが背中いっぱいに付いている。開いた口からはドブ臭い息が溢れ出し、思わず顔をしかめてしまった。


 声も出せない桐子の代わりにハンスが「知らないわ」と早口で言い切った。

彼は頭上にいる化け物よりも壁の上に置いた自分の左手に目をやっている。どうやらスカーフから浸み出してしまった血液が建物の壁に付着してしまったようだ。自分の失態に愕然とするハンスは強く拳を握りしめた。


「おやぁおやぁ、まぁあ。でもぉここいらから可愛ぃ可愛ぃハンス坊ちゃんの匂いが、プゥンプゥンとするんだがねえ~ぇ?」


 大きく裂けた口から太い舌をチラつかせ、ねっとりとした声で聞いてくる。ハンスは最後まで彼とは顔を合わせずに広場の方へと歩き出す。その後をオオサンショウウオもついてくるのだが、その分歩く速度も上げていった。


「本当に知らないのよ」


「本当かぁいお嬢さん。オレ様はなぁ、アイツにお礼を返さなきゃあなんねぇんだ。このメルクゥーリウス様を長ぁい間封印してくれたお礼によぉ、アイツの大切な童話の本を真っ赤な炎に焼べてやり、木の枝みたいに細い首をキュッ! と締め上げなきゃぁあ……」


「走るわよ、桐子!!」


 広場に出た途端、びっくり箱を開けたようにハンスは思いっきり飛び出した。

大きく右に曲がりながら走ってゆく彼を追いかけて桐子も慌てて飛び出すが、足が絡まってしまい豪快に前のめりに倒れてしまう。だが次の瞬間、彼女の頭上に突風が激しく吹き乱れた。

 顔を上げて振り向けば、そこにはメクルーリウスの尻尾が建物のバルコニーに叩きつけられている光景が目前いっぱいに広がっていた。おしゃれな手すりはひん曲がり、鉢植えの花々は首をへし折って土共々宙を舞っている。転んでいなければ今頃自分の頭があの鉢植えになっていただろう。


「オラ待て娘っ子ぉ!! ハンスをどぉこに隠したぁあああ??!!」


 雷のように(とどろ)くメルクーリウスの怒号を浴びながら、一秒でも早く立ち上がろうと足を必死にバタつかせる。すると今度は空からメルクーリウス目掛けて大きな影が落ちてきた。


 影の正体を見る暇もなく、なんとか立ち上がった桐子はハンスの元へと駆けて行く。入り口で待っていた彼に歓迎され、意味もなく止めていた呼吸を再び荒々しくし始めた。


 もう一度呼吸を落ち着かせている間に影の正体が知りたくなった桐子は少しだけ後ろに振り向いた。そこには黄金でできた怪鳥がメルクーリウスと激しく争う姿が確認できる。

あの鳥がメルクーリウスを襲わなくては自分が危なかったと、黄金の鳥に感謝の気持ちを感じていると、


「ハンスの心臓は私の物よ!! あの金の果実は私が食べるの!!」


と狂い叫ぶ怪鳥の姿に、桐子の気持ちは一瞬にして冬山のように凍りついてしまった。



「な……なんなんですか、あの<童話>たちは!! メルクーリウス? 神話に出てくる神様ですか?! アレが?!!」


 あまりの状況に頭の中がこんがらがってしまった桐子。ハンスは渋い顔をしながら桐子や遠くで争っているメルクーリウスたちに顔を背けてしまう。


「そんなんじゃないわよ。ただの傲慢なヤツなだけ。それよりも早く行きましょう」


 とにかく時間がないことが分かったハンスは、パウルのいる場所も確認せずに急いで旧市街の大通りに入って行った。だが今度は建物の陰から「ハンスちゃーん!!」と甘ったるい掛け声と共に金髪翠目のラッティが飛び掛かって来る。

 彼女はうまい具合にハンスの首に絡まると、プレゼントに抱きついた子供のように嬉しそうに頬ずりをするのだが、この女(<童話>)に抱きつかれたハンスの方は、皮膚の下に大量の蛆虫が湧き出すような感覚に襲われて思わず悲鳴を上げてしまう。


「ひぃっ!! いやぁあーーッ!! 離れてッ!!!!」


 全力で剥がし捨てられたラッティは、「ギャン!」っと鳴いて尻餅をつく。


「何よもう!! って、あれ? ハンスちゃん? 私のハンスちゃんは何処に行ったの?!」


 ラッティは焦った様子で辺りを見渡すのだが、ハンスはちゃんと彼女の前にいる。

彼は自分の肩を抱きかかえ、カタカタと小刻みに震えていた。



 泉の精霊の時にウィルヘルムが説明していたが、本当に彼女ら(<童話>)は服装が違うだけで男女の見分けがつかないようだ。桐子が黒いドレスを着たグリムアルムのハンスを”ハンスさん”と認識していても、<童話>たちはそのドレスを着たハンスを彼らの求めるグリムアルムの”ハンスちゃん”とは認識できていない。女なのに男の名前がついた人としか思えていないのだ。



「ラッティも……、ハンスちゃんを探しているの?」


 恐る恐る聞いてくる桐子にラッティは、堂々と胸を張りながら楽しそうに答えてくれた。


「あったりまえじゃない! だってあの子にはたっくさんのお礼があるからね!」


 彼女もメルクーリウスと同じように血眼になってグリムアルムの”ハンスちゃん”を探している。先代のハンスから散々の仕打ちを受けたのだろう。彼の話をするだけで、可愛いお顔がうっとりとふやけてしまう。


「あぁ、早く逢いたいわハンスちゃん。貴方の心臓をくり抜いて、食べちゃいたいぐらいに愛おしい」


 どこぞの継母のような事を口走っているのだが、彼女は決して冗談で言っているわけではない。それが分かっているハンスは気分を悪くして、おぼつかない足取りながらも歩き出す。


「ちょっと待ちなさいよ! 貴女、確かハンスちゃんの一族と関係がある人よね? ハンスちゃんをどこに隠したのか教えなさいよ!!」


 強要的な問いかけにハンスは答えず黙っている。こんなにも立て続けに<童話>が群がっているというのに、一体いつになったらウィルヘルムは現れるのか。桐子も切羽詰まった状況にどう出ればいいのかと焦りだす。


「さぁ早く教えなさいよ! さぁ、さぁ、さあぁ!!」


 狂気を帯びてゆくラッティの笑顔が魔女のように見えた時、彼女の頭上に雨水。ではなく、一人の小人が降って来た。

 「ギャン!!」っとネズミを踏みつけたように悲鳴を上げるお姫様。勢いよく落ちて来た小人の重みに耐えきれず、哀れにも地面に接吻(キス)をする。


「よぉ、ハンスちゃん。どうしたんだべさ?」


「アルベリッヒ!! 来てくれたの?!」


 パン屋さん以来に聞くハンスの明るい声。心の底から打ち上がるその声でこの<小人>が善人なのがよくわかる。


 アルベリッヒと呼ばれた小人は長いツバの帽子と石炭よりも黒いマントを身にまとい、黄金の腕輪や首飾りといったアクセサリーを悪趣味なほどにつけている。

 今まで見てきた小人達は皆、炭鉱で働くまさしくドワーフといった格好をしていたが、この一体だけは雰囲気からして一味違う。なんと他の<童話>と違ってハンスをちゃんと見分けているのだ。


「怪我してんのか? 五マイル(約八キロ)先までお前さんの血の匂いが飛んできたぞ」


帽子と剛毛なヒゲの間で饅頭のような鼻がひくひくと心配している。


「それよりもアナタに頼みたいことがあるの! 他の小人たちも呼んでちょうだい!!」


簡易に説明を済ませると、ようやく三人は動き出す。



 未だに地面で伸びているラッティを放っておき三人は立ち去ってしまうのだが、広場の端では激しく戦い続けているメルクーリウスと黄金の鳥の間から突然破壊音と土煙が立ち昇っていた。

 煙幕に覆われた二つの体が一つに重なり、大男のシルエットが現れる。煙が晴れるとメルクーリウスは踏みつけられて、黄金の鳥は首を乱暴に掴まれていた。しかし驚くところはそこではない。その大きな人影とは、あの小柄な青年パウルであった。彼の体は先よりも一回りほど大きくなり、獣のように唸っている。


「新しい<童話>がいっぱい! でも俺の方がずっと強い!!」


 レストランで見たかつての彼の姿はどこにも無く、完全に<童話>に取り込まれている。

彼は走り去る獲物(桐子)の足音を捕らえると、嬉しそうに口角を上げていた。






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