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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第二幕
55/114

011 <雪白姫> ― Ⅴ






 六羽のカラスに襲われながらも雪白姫は笑っていた。

彼女はペンチを投げ捨てると腰から鞭を取り出した。


「おほほほほほほほほ。鏡よ鏡、世界で一番美しいのは私よね? わたし。ねぇ、そうでしょう?」


 彼女の周りを不規則に飛んでいたカラスたちは、一斉にその鞭ではたき落とされてしまう。

ひらりと舞う黒い羽の中、彼女は優雅に戦う自分の姿を想像してうっとりと頬を赤めていた。


「私よりも可愛い子は嫌い、綺麗な子も嫌い、何よりも美しい子が最も嫌い」


「それじゃあ、お前はお前が大好きなんだなっ!」


 一羽だけ残っていた大きなカラスが、雪白姫めがけて飛んできた。

勢いよく飛んで来たカラスはくるりと体をひねってみせると、翼を黒いマントに変形させてその中からウィルヘルムが現れた。


「何たって、今のお前は最も醜いぞ!」


 飛んで来た勢いのままにウィルヘルムは雪白姫に飛びかかる。

押された反動で後ろによろめいた雪白姫は、無礼者に罰を与えようとキツく睨んできたのだが、彼女が顔を上げると目の前には、太いツタが格子のように張り巡らされていた。


 <夏の庭>により生え出てきたツタは何層にも重なり合い、廊下を二つに分けてしまう。

だがツタの向こう側から雪白姫の金切り声が聞こえてくるので厚さはさほどないようだ。


「ウィル! <童話>を刺激するようなことは言わないで!」


「悪い、つい癖で」


「もう……」


 悪びれるそぶりもなく、ウィルヘルムはニヤッと無理して小さく笑う。

しかし彼のおかげで雪白姫に襲われる心配もしないで智菊とゆっくり話ができそうだ。

 緊張した面立ちで桐子はツタの前に一歩出る。

大きく深呼吸をした彼女は、昨日の夜に見た智菊の笑顔を思い出しながら静かに口を開いた。


「智菊……、ねぇ、聞こえる? 何かあったの? 何か……思い悩むことがあるのなら、私に相談してみてよ。

智菊は私が悩んでいる時に いつだって話を聞いてくれたじゃない。

私も智菊の相談にのりたいの。私も、智菊の頑張っている姿にいつも助けられているから……」


 恐る恐ると慎重に、しかし友人の事を想って送られた桐子の温かな言葉と声に、誰もが黙って聞き入った。

 どうかこの想いが智菊の元へとこの声が届いていてほしい。そう念じながら桐子は祈るように両手で櫛を握っていた。

そしてしばらくの沈黙の後、ツタの向こう側から「無駄よ」と言う智菊の声が返ってくる。


「だってこの娘(智菊)ったら、<いばら姫>の力でぐっすりオネンネしてるんだもの。貴女たちの声なんて全く聞こえていないわよっ!」


 楽しそうな声と共に、けたたましいエンジン音が鳴り響く。

一体何が起こるのかと、桐子とウィルヘルムは一歩、二歩、後ろの方に下がった。

すると彼女らの目の前でツタの壁が大量の木屑を撒き散らして裂け始めたのだ。

 舞った木屑から見えたのは高速に回転する刃。それを見たウィルヘルムは思わずひたいに汗をかく。


「おいおい、なんでもありかよ……」


 裂け目から出ていたものはチェンソーの刃であった。その刃が奥の方に引っ込むと、雪白姫がこちらの様子を覗いてくる。彼女はハンターのように獲物の位置を確認すると、ニタリと笑って小型のチェンソーを思いっきり振り回し始めた。


 急いで壁から離れる二人。彼らの背後で、ツタはケーキでも切るかのようにサックサックと解体される。


「おほほほほ! 今の時代のノコギリって凄いわね。本から出た時に新しい物を調達しといてよかったわ!

でも威力があり過ぎるのはダメね。これじゃあ、悲鳴をあげる前に失神されちゃう……」


 一仕事終わらせたチェンソーを止めて、彼女は熱く熱せられたエンジンに頬ずりをした。

バラバラに解体されたツタの残骸に、ワザとらしく泣き真似をするのだが全く悲しみは感じない。


 彼女の歪な狂気に寒気を感じたウィルヘルム。彼は桐子の肩を掴んでさらに後方へと追いやった。

そしてもう一度、<夏の庭>で地面からツタを伸ばすのだが、変わらずチェンソーでなぎ倒されてしまった。



 彼ほどの実力があれば<雪白姫>を捕まえることは安易なことだと、そう思ってしまうだろう。

しかし彼が今使っている<夏の庭>の力は、<夏の庭と冬の庭>を二つに裂いてできた不安定な力。いわば壊れた機械を騙し騙し使っている状態なのだ。そんな物を器用に使うほどの力量を彼はまだ持っていない。

 今最大限の力を使えば先の戦いで<冬の庭>に氷漬けにされたクラウンのように恐ろしい目に合ってしまうだろう。

<童話>の力は人を容易く殺してしまう。だから彼は今どうしても慎重になっているのだ。



 痺れを切らしたのか、ウィルヘルムはもう一度マントに体を隠して<七羽のカラス>を発動する。

カラス対策をすでに済ましている雪白姫は、惜しむことなくチェンソーを手放してもう一度鞭を手に取った。

だがウィルヘルムの指示を受けている<カラス>たちを、先のように一発で仕留めることは簡単にはできない。それでも彼女は楽しそうにウィルヘルムを追いかけた。


「桐子! 早くコイツに声をかけてくれ! じゃなきゃもう時間はないぞ!!」


 そうは言われても雪白姫が言った様に、智菊が<いばら姫>に眠らされているのであれば彼女ができる事はもう残っていない。

<いばら姫>の力を解除すれば、眠らされている他の人々も目を覚ましてこの悲惨な状況に驚くだろう。


 悩めば悩むほどに時間はどんどん過ぎてゆく。

ウィルヘルムは雪白姫を誘導して地面に転がる武器から彼女を離すことに成功したが、それ以上に反撃することも出来ずに苦戦している。

 智菊の肉体も<童話>に振り回されていい加減限界が来ているはずなのに、雪白姫は変わらず笑顔で鞭を振るっていた。呼吸も荒く、髪を振り乱してズタボロになってゆく彼女(智菊)の体。

もう彼らに打つ手は残っていないのか……。




「おほほほほ、楽しい、楽しい!

貴方たちを捕まえようとすると、どんどん力が湧いてくる。とっっっても愉快な子たちね!

悲鳴を聞いたらどれだけの力が湧いてくるのかしら?」


 恍惚とした笑みでカラスたちを見つめる雪白姫。

しかし桐子はその言葉を聞いてハッと何かを思いつく。


 恐らく智菊はまだ無事だ。<童話>は人の負の感情を糧として力を発揮する。

智菊が眠っていてこちらの声や状況が届いていないのであれば、力が湧き出ることはあり得ない。

<童話>の力で眠っていても、彼女は<童話>に取り憑かれまいと必死に戦い続けているのだ。


 急に見え始めた希望に桐子は強く覚悟を決める。彼女が戦い続けている限り、自分が諦めてしまうことは最も無駄な事。自分も智菊と共に戦わなくては。



「ウィル……、ごめん。もうちょっと耐えていてくれる?」


「そんなこと気にせずにさっさとやれっ!」


 彼はとっくに覚悟を決めていた。勝算が見えずとも覚悟を決めるだけの勇気はしっかりと持っていたのだ。後は桐子の決意だけ。しかしその決意もすでに備わった。

 彼女を救うための策なんて初めからある。彼女の心に話しかけるだけだ。同じ方法だけど、今は違う。


「ねぇ智菊、私と最初に話した事覚えてる? 中学二年生の中途半端な時に引っ越してきた私に、智菊はライバルだって言ってくれたよね? あの時私ね、すっごく嬉しかったんだ。

最初はちょーっとばかし怖かったけれど……、他の人たちと違って智菊はいつでも本気で挑んでくれた。

同じ高校に入れたのも、一緒にドイツ留学できたのも、智菊が一緒にいたからだよ!

だからこれからも決して負けない。一緒にいつまでも競い合おうよ!」


 明るく振舞う桐子の笑顔。それはこの場に似つかわしくない明るさなのだが、この言葉が一番智菊を奮い立たせるのに良い言葉だと思って言ったのだ。

その読みは見事に的中し、雪白姫の笑顔は完全に消え失せた。代わりに青筋を立てている。


「ウルサイ……五月蠅いわ貴女。悲鳴じゃなきゃ、五月蝿い子は大っ嫌い!! さっさと死んじまえ!!!」


 背後から処刑人の剣を取り出した雪白姫は、カラスたちを押しのけて一直線に桐子の方へと走って行った。

カラスたちも急いで雪白姫を止めようと飛んで行くのだが、それよりも早く彼女の方が桐子の前に着いてしまう。


 しっかりと構えられた処刑人の剣も手入れされずに錆びついているのだが、いくら古くとも斬られれば大量の血が噴き出るだろう。


 雪白姫の動きを察した桐子は剣を避けようと一歩後ろに足を運んだ。

しかし左腰に残る鈍痛に思わずその場で転んでしまう。そのはずみで胸ポケットに挿しといた櫛も飛んで廊下の隅に滑ってしまった。

 急いでウィルヘルムは<夏の庭>を発動し、桐子の為に簡易な盾を作るのだが、先のチェンソーのこともあるので頼りない。

最悪な事態が続く中、桐子は諦めずに櫛を取ろうと手を伸ばしていた。



 ついに剣が下される。勝利を確信した雪白姫は今までにないほどの笑顔で桐子の首を見つめていた。が、しかしその時、彼女の顔が眩しい光に入り込む。

 窓から差し込む眩しい日差し。その日差しは壁にかけられた姿見に反射して、雪白姫の顔を照らしていた。

 彼女は振り下ろしていた剣を途中で止めて、姿見に映る自分の姿に釘付けとなってしまう。


 ボロボロに乱れた黒髪に、汗で崩れた厚化粧。

元の顔立ちからは想像できないほどに変わってしまった自分の姿に、彼女は思わず悲鳴を上げた。


「醜い!! これが私ぃ?! 嘘よ!! こんな醜い姿ありえない!  美しくなくっちゃあ生きてる意味がない!!!!」


 半狂乱となった雪白姫は、標的を桐子から自分に変えて剣を高く振り上げた。

彼女はこのまま剣を首に下ろして自害する気らしいのだが、それで死ぬのは智菊だけ。

<雪白姫>はまた新たな寄生先を探しては彷徨い、取り憑いては暴れるを今後も繰り返し続けるのだ。

そうして彼女たちは生きてゆく。


 そのあまりにも身勝手な<童話>の行動に、桐子は顔を青くて「止めろー―――!!」と叫んで立ち上がる。


 するとその時、またもや<いばら姫>の力が解放された。

だが今度のは先とは比べ物にならないほどの強大な力を持っており、辺りはミルク色の霧に包まれる。

 雪白姫の腕と腰に白い茨が絡みつき、彼女の動きを封じ込めた。


「うっ、な、何?! 茨っ?!!」


「智菊をかえせー!」


 飛び掛かる桐子に胸ぐらを掴まれる雪白姫。しかも彼女の体は簡単に智菊の体から抜け出した。

 全く状況を飲み込めずに驚き戸惑う雪白姫だが、そんな彼女の顔に桐子の鉄槌がめり込んだ。

拳は流れるように雪白姫を殴り飛ばして、茨に絡みつき、うな垂れる智菊から引き離す。


 桐子は勢いで前に倒れるのだが、そのまま智菊の上に覆いかぶさった。

何事も無かったかのようにスヤスヤと眠る智菊の寝顔。その寝顔を見て安心したのか、


「よかった……よか…………た」


と囁きながら、桐子は深い眠りについた。





 * * *





 目を覚ますと桐子は自分の部屋で眠っていた。

床にはちゃんと布団が引かれおり、頭の傷には紫のスカーフが巻かれている。

しかし彼女にはそれを不思議に思っている時間はない。それよりも智菊の安否の方が心配なのだ。

 桐子は飛び跳ねるかのようにして起き上がったのだが、誰かがそんな彼女の左袖をつかんでいた。


 重たい左腕の先を見てみると、そこにはあぐらをかいてうな垂れる、ウィルヘルムが眠たそうに呟いた。


「桐子……お前、力の使いすぎ……。

お前はグリムアルムや<童話>使いじゃないんだから無理すんな…………」


「ウィル……! 智菊! 智菊は?!」


 ウィルヘルムはゆっくりと腕をあげて、二段ベッドの下の段を指さした。

そこには蝋人形のように生気を失われた智菊の顔が、真っ白になって横たわる。


「そんな……まさか…………」


 悲しみの色に染まる桐子の瞳。彼女は堪えきれずに「智菊!!」と彼女の顔に抱きつこうとした。が、しかしそんな彼女を急いでウィルヘルムは引き戻す。


「智菊! 智菊!! そんなぁ、まさか嘘でしょ?! 智菊ーっ!!」 「う~ん……、お寿司食べたぁ~い……、日本食が恋しぃ~い……」


 寝返りを打った智菊の腕が、掛け布団からにゅっと飛び出した。

腑抜けた彼女の寝言に桐子は両目を点にする。


「ただ寝ているだけだ。ほらっ」


 そう言ってウィルヘルムは黒い紙を取り出した。そこには<雪白姫>と題名が打たれており、雪白姫の原文がびっしりとつづられている。


「本当に……? 本当に……終わったの?」


桐子の不安な声にウィルヘルムは深く頷いた。


「よ……よかったぁ~……」


「全然良くないっ!!」


 急に声を荒げるウィルヘルム。彼が顔を上げるとその目にはくっきりとクマが刻まれていた。

彼はその目で恨むかのように桐子を睨む。


「そ……そういえば、何で私の袖をつかんでいるの?」


「お前の<童話>ぁ……、<いばら姫>が…………まだっ、仕舞ってないからだろうがぁあ!!」


 叫ぶように桐子に言うと、フッと意識を失ったように頭を下げる。そして彼はその頭をグラグラと、振り子のように揺らしていた。


「えっ? 嘘、<いばら姫>が?! やったー! 言う事……」


「聞いてねぇから眠たいんじゃねえか!!!! あっ…………」


 思わず桐子の袖を手放したウィルヘルム。彼は今度こそ本当に、寝落ちしたかのように布団にダイブした。





 智菊の安全を確認した桐子は、ウィルヘルムの肩に手を添える。

すると彼はのっそりと起き上がり、<いばら姫>の現状を説明した。


「<雪白姫>を封印する時に……急に強くなったんだ。宿り主のお前に掴んでなきゃマジで眠る。今でも、つらい……」


「わっ! ごめんなさい。でもどうやって仕舞えばいいの? そうだ、ハンスさん。ハンスさんはどこ?」


 辺りを見渡しても彼の姿がどこにも居ない。今度は廊下を指差した。


「ハンスなら部屋の外だ。お前の友人を殺そうとしたから……、お前に合わす顔がない……って」


 無理矢理にウィルヘルムを立ち上がらせると、二人は廊下に出てハンスを探した。

すると彼は階段に腰を下ろして、ぺったりと壁に寄り掛かっている。


「ハンスさん?」


声をかけたがやはり彼も眠っていた。しかも彼の顔色は病人のように真っ白く、苦しそうに汗をかいている。


「顔色悪いよ。すごく苦しそう。そんなにこの<童話>って強いの?」


「いいや、こいつが弱い……。下手したら一般人よりも<童話>に弱い……」


「え? グリムアルムって、<童話>の力に強いんでしょ? だから憑りつかれないって」


「あ~……ハンスは別なんだ。俺たちに力を分けたからぁ……。

こいつ、<童話>本体でなくても、<童話>に取り憑かれているヤツに触れられてもビックリして飛び上がるん……だぜ…………」


 ウィルヘルムは瞼を閉じながら、クククッと楽しそうな声を出す。

しかしそれを聞いた桐子は寂しそうにハンスの顔を眺めていた。



 <兄と妹>の<童話>を保護した時、彼は小鹿に包帯が巻けずに困っていた。それは鹿が苦手だったのではなく、<童話>だから触れられなかったのだ。

よくよく思い出せば彼は<マリア>とも手を触れ合ったり、隣同士に並んだりしたことは一度もない。間には必ずウィルヘルムが挟まっていた。

 当たり前のことだが、<童話>の恐ろしさはハンスが一番分かっている。

そんな彼にいつも無理なお願いをしてしまっていた桐子は、急に罪悪感に苛まれてしまった。



 桐子は優しくハンスの肩を触ろうと、ゆっくり手をさし伸ばしたがウィルヘルムの言った通り、彼は小さく飛び上がって目を覚ました。


「あ、あぁ……桐子……。ご、ごめんなさい。私、アナタのお友達に酷い事を言ってしまったわ……」


「ううん。ハンスさんは私を守ろうとして、そう言ってしまったんでしょう? 方法がどうあれ、ハンスさんは悪くないですよ。ありがとうございます」


「桐子……」


 寂しげな二人の眼差しが交わる中、蚊帳の外に追い出されていたウィルヘルムが苦虫を噛み潰したような顔で割って入る。


「おい、いい加減こいつをどうにかして」


「あぁそうだった! ハンスさん、せっかく<いばら姫>が動き出してくれたんですが、仕舞わなくっちゃあこの眠い状態が治らないんです。どうやったら戻ってくれるんですかね?」


「それなら、ウィルヘルムの方が知ってるんじゃないの?」


 二人の熱い眼差しに、ウィルヘルムは眠気の苛立ちでワナワナと震えていた。


「特訓だ……。桐子、特訓だー! この鬱陶しい茨を完璧に操れるようにしてやるぞーー!!!! あっ…………」


 またもや油断して桐子から手を離したウィルヘルムは、崩れるようにしてその場に倒れた。

急いでウィルヘルムを受け止めた桐子は一生懸命に彼を立て直す。しかしそんな彼をハンスは冷めた目で見つめていた。



「桐子、<いばら姫>が発動した時、一体どんなことを考えていたの?」


「え? えっと、智菊を助けるのに一生懸命で……」


 しかしここではっきりと振り返っておかなくては、<いばら姫>を祓う時の大事なヒントがあるはずだ。

桐子は懸命に<雪白姫>との戦いを思い出し、ある感情に巡りつく。

だがその感情は桐子自身も顔を強張らせるものとなってしまった。


 今まで彼女が<童話>に対して持っていた感情は恐れや怒り、悲しみと言ったもので、今回の戦いでもそれらの感情は渦巻いていた。しかし、それよりも最も恐ろしい感情を持ってしまった時、<いばら姫>は目を覚まして、力を開放してしまった。その感情とは……。


「あのぉ……あまり言いにくいのですが、その……、私、<童話>に対して初めて憎い(・・)って……思ってしまいました…………」





 * * *





「人はなぜ美しさを求めるのでしょうか。外見を着飾ったところで中身を磨かなくては意味のない事なのに……」


 暗い闇夜の部屋の中、車椅子に乗って窓の外を見る老人に青年が不思議そうに聞いてきた。

青年はボサボサとした赤髪で目元を隠しているのだが、老人はそんな彼の顔を見るとつまらなそうにそっぽを向いた。


「それでも外見は大切なのでしょう? 外身も中身もそろった完璧な人間。そんなもの存在しないに等しいのに……。

 存在するとすればそれはお人形。忌む心も恨む心もない完璧な心を持った人間の求める理想のお人形。

まったくもって人間と、はなんて素直で強欲な生き物なのでしょうか」


 惚れ惚れとした声で青年はそう言うが、老人は納得してない様子。


「しかし憎しみや嫉妬に軽蔑する心が、最も人間を輝かせる。

それに気づかなければその程度の人間だったってことさ」


 霧がかった森の瞳を持った老人は、それだけを口にして唇を閉ざしてしまった。

それに青年が納得したのかどうかは分からない。しかし彼も同じように口をつぐんで黙り込んでしまった。


 しばらく静かな時が過ぎ、扉がガチャリと開かれる。


「<雪白姫>が封印されました」


 部屋の中に入ってきた青年は、老人と話していた青年と同じボサボサ髪の赤色をして、同じ服を着ている。そして同じ声で報告するのだ。

 老人は驚くこともなく落ち着いた声で受け答える。


「分かっておる。<雪白姫>は例の男に似ているところがあると思って観察を続けていたのだが……、やはり理解に苦しむな。しかし良い収穫ができたのではないか?」


 部屋に入ってきた青年はニタリと口を歪ませた。

一瞬だけ前髪から覘いた瞳は、満月のように輝いた。


「旦那様、患者様がお見えになっております」


そう言うと、もう一人の影が部屋の中へと入ってきた。






<つづく>





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