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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第二幕
49/114

010 <池にすむ水の精> ― Ⅴ






「うーん、まぁ仕方ない。他の方法を考えるか」


 桐子の言葉を聞き流し、ウィルヘルムは次の作戦を考える。

恐らく軍の最重要書類は、終戦まじかに処分されてしまっただろう。

ハンスに聞くことも考えついたが、彼は今、別件で忙しい。


「お役に立てずに申し訳ございません」


あんなにもグリムアルムに媚びていた課のトップが諦めた雰囲気を出している。

早く彼らには撤退してもらいたいようだ。


「何処ら辺に住んでいたとか……、噂話でもいいので、なにか聞いたことはありませんか?」


諦めずに食い下がる桐子に対しても「そう言うのもさっぱりで……」と消極的に返してくる。

 このままでは町の人、一人一人に聞き回らなくてはならない。

期待して待っている精霊のためにも、良い知らせを持って帰りたいのだが……。



「リッツさんの家なら、水車の通りにありましたよ」


その場にいた三人以外の声が、入口の方から聞こえてきた。

揃って声の方に振り向くと、そこには課長よりも更に歳をとった真っ白な髪の老人が、杖をついて立っていた。


「ほら、あの水車施設がある通り。あそこの向かいのアパルトメントに住んでいました」


 気持ちよく彼らの疑問に答えてくれる老人なのだが、ウィルヘルムと桐子はポカーンと口を開けて、誰だろうと、呆けている。

しかし課長さんが驚き立ち上がると、「部局長様!!」と大声で叫んでいた。


「あの……こちらの方は?」


「あぁ、こちらの方は我が部の局長をしております、副市長様でございます。いつもお忙しい方なのですが、なぜこちらへ?」


「いやぁ、突然すみませんね。若いのが連絡を入れてくれまして……、懐かしい名前を聞いて飛んで参りました」


老人は軽く会釈をすると、優しい眼差しでにっこりと笑った。


「キミたちが今のグリムアルムですか。

…………、よく繋いでくれました。ありがとう」


突然の感謝の言葉に、ウィルヘルムは意味もわからずお辞儀をした。


「子供の頃、私は二度三度、リッツさんの息子さんと遊んでもらった事があります。

彼らにはいろんな事を教わりました。釣竿の作り方や狩をする時に大切なこと、そして<童話>のこと。

 戦争が始まる前に私の家は疎開してしまい、それ以降リッツさんとの交流はありませんが、今でも彼らは私の大切な友人です。

 もし彼らに逢えましたらどうかお伝えください。あの時は、どうもありがとうございました。と……」


 老人の柔らかな微笑みに、精霊の笑顔が重なった。

二人ともグリムアルム(リッツ)の話になると、とても嬉しそうだ。





「グリムアルムって不思議だなぁ。

聞くだけでは怪しい人たちなのに、感謝されたり、憧れの対象だったり……」


 役所を出た桐子とウィルヘルムは、川沿いの道を歩きながら水車の建物を目指していた。

初夏の爽やかな暑さに町の人々も、川の近くで涼んでいる。


「怪しいってなんだよ。俺の曾祖父さんたちも、がむしゃらになって人助けをしてたって言ってたぞ。それはもう<童話>祓いから屋根の修理まで」


「ガチの何でも屋さんじゃない。牧師様じゃなかったの?」


「もう牧師って言うのも肩書きなだけになっている。

独自の考え方を持った別物に変化してるからなぁ……。

 しかし、まだこの町にいるのかねぇ、リッツさんは。急に押しかけて迷惑じゃないのか?」


「うん……。でも、動かなきゃ何事も始まらないでしょ?」


 無理して笑う笑顔の中に、不安の色が染みついている。

桐子だって間違えるのが恐ろしいのだ。それでも待っている精霊の為ならばと、彼女は目的地と思われるアパルトメントのチャイムを鳴らすことがでるのだった。



 ジリジリジリッ ――。


 うるさいベルが彼女らの周りで鳴り響く。しかし返事は返ってこない。

ネームプレートを見ても何も書いていないのだが、人が暮らしている気配は感じられる。

もう一度チャイムを鳴らしてみるが、やはり誰も出てこない。


「お留守かな?」


どこかホッと胸をなでおろす桐子。しかし彼女を裏切るように隣の扉がかちゃりと開かれた。

 中から現れたのは、ちんまりとした可愛らしい六十代ほどのおばあさん。童話の森に出てくるような小人のお母さんそのものだった。

 彼女は見知らぬ来訪者に、少し警戒しながら「あらまぁ、どうしたの?」と尋ねてきた。


「あのぉ……、こちらにリッツさんがいると聞いて来たのですが……」


「まぁリッツさん?  懐かしいわねぇ。リッツさんとはどういったご関係なの?」


「グリムア……」 「父の仕事の先輩です! ハーメルンへ観光しに行くと言ったら、ご挨拶してこいと言われて来ました!」


 咄嗟に嘘をつくウィルヘルム。それに誰よりも驚いたのはもちろん桐子であった。

グリムアルムと言う職に誇りを持っているはずなのになぜ嘘をつく。

散々、彼女に怪しい怪しいと言われて恥ずかしくなったのか、それとも作戦か。

 裏返りそうなほどに声を張り上げたものだから、その不自然さに老婆はおもわず笑ってしまった。


「嘘が下手なお坊ちゃんね。リッツさんとグリム……と言うことは、グリムアルムさんなのかしら? 母からよく話を聞いたものだわ」


 どうやらこれぐらいの年配の方々は親からグリムアルムの話を聞くことが多いようだ。

理解ある人でウィルヘルムもホッと安心した様子。


「確かにリッツさんは母の経営していたアパルトメントに住んでいたけれど、空襲で全部燃えてしまったわ。戦後もこの町に住んでいたけれど……」


「何処に住んでいたとかは、知りませんか?」


「そうねぇ、同じハーメルン内なのは確かだけど……だいぶ昔のことだから忘れてしまったわ」


 申し訳なさそうに謝る老婆。別に彼女のせいではないのだが、桐子もウィルヘルムも大きく肩を落としてしまった。

 また振り出しに戻ってしまった。手がかりのない状況の中、時間は少しづつ過ぎてゆく。



 老婆にお礼を言って川沿いの道に戻ると、二人は作戦会議をすることにした。

しかしアイディアが全く出てこない。ウィルヘルムの<七羽のカラス>を使って町の中を探索したのだが、他の<童話>の匂いはどこにもしなかった。


「もう別の場所に引っ越したんじゃねーのか?」


彼の言う通り、リッツはもうすでにこの町を出て行ってしまった。そう推測するのは簡単なのだが、その結果だけでは桐子は決して満足しない。

 不満げに川の向こう側の町を見つめる桐子。その態度からも彼女はまだ諦めていないと察したウィルヘルムは、大きくため息をつくのであった。


 川の湿気を運んで二人の間に風が吹く。

だけども二人の気まずい沈空気を流すことはできなかった。何か案を出さなくては。

ここは意固地になっている桐子が目の冴えるようなアイディアを出すべき場面なのだが、どう頭をひねっても思いつかない。

長い沈黙の中に子供たちのはしゃぐ声だけが耳につく。



「あっ、待ってー!!」


 子供の声の中に、特に目立つ少女の声が聞こえてきた。

桐子とウィルヘルムがそちらの方へと振り向くと、川にかかった橋の上に、幼い少女が風にさらわれた赤い帽子に手を伸ばしていた。

 花柄の可愛い小さな帽子。だが帽子は川の上を飛んでいて、落ちて流されてしまう未来しか見えない。

かわいそうだが、何もできない桐子はそのまま帽子を眺めていた。

きっと彼女の意固地な想いも、あの赤い帽子と同じように川に流されてしまうのだ。


 精霊との約束が果たせない事に悲しむ桐子。しかし、橋に向かって音もなく、ウィルヘルムのカラスが飛んできた。カラスは流れるように帽子を咥えると、少女の頭上にふわりと落とす。


 川に帽子が落ちることを覚悟し、涙を浮かべていた少女は驚きキョトンとした顔をしている。

そして彼女の隣にいた父親に、


お父さん(ファーター)! お父さん(ファーター)! 風さんが帽子を返してくれたよ!」


と興奮気味に話していた。

 しかし桐子はしっかりと、その瞬間を目撃していた。

風が返したのではない。ウィルヘルムのカラスが、少女の帽子を運んだのだ。


「ねぇ今の、ウィルのカラスが帽子を咥えて返したんでしょう?」


「一般人には<童話>は見えねぇよ」


だとしても、少女はこの奇跡をきっと忘れはしないだろう。



 <童話>は災だけでなく、奇跡を連れてくることもある。

それを操るのが本来の、グリムアルムの力なのだ。

そして、それを知る人々は、優しく強い力を持つ彼らに深く感謝する。

桐子も赤い帽子が救われて、彼と、彼のカラスに深い感謝の気持ちを持った。

だからこそ、彼女は期待しているのだ。自分の想いが救われることを。

人々に奇跡を振りまいていた精霊の願いが叶うことを。



 少女はもう、帽子が飛ばされないようにと、強く帽子のつばをつかんだ。

橋から下りて、桐子たちの前を駆けていく少女の顔には、先のような悲しい色は浮かんでいない。

笑顔の少女を見たウィルヘルムも小さく微笑んで、彼女の後ろ姿を見送った。

 言葉なんていらない。それでも桐子は彼女の代わりに「ありがとう」とウィルヘルムに感謝の言葉を送っていた。



「それはいいから、早くリッツさんを探す方法を考えろ」


 照れることもなく、ぶっきらぼうに返してくるウィルヘルム。

桐子は苦笑いしながらも、彼の言う通り、リッツを探す方法を考えた。

そして遠ざかって行く赤い帽子を見ていると、連鎖的な思考が巡り出す。


「そういえばさぁ……、依頼主さんも、近所にグリムアルムがいたって、そう言ってなかったっけ?」


 その言葉に、ウィルヘルムもみるみる大きく目を開いた。

依頼主はなぜ今回の件をグリムアルムに依頼をした。それは彼の父が住んでいた家の近所にグリムアルムがいたからだ。

しかしその近所がどこだかわからない。今、訪ねたアパルトメントなのか、それとも引っ越した場所か。


「何で初めに気づかないんだよ」


 二人は急いで依頼主に連絡を入れると、初めの待ち合わせ場所へ戻って行った。




「おぉ、無事だったか?! もう三時間ぐらい前だったか?」


 彼の言う通り、森で精霊に出会ってから役所に向かい、その後アパルトメントに訪問して、それぐらいの時間が経っていた。


 先に喫茶店に着いていた依頼主は、変わらず赤い帽子をかぶっていた。

彼も仕事をきちんと終わらせて来て、おんなじ席でおやつの時間を楽しんでいる。


「ええ、特に悪い<童話>ではありませんでした。捕まっていた人たちも、元の家や故郷に帰していたようです。ですが、彼らを責めたりはしないでください。<童話>の力により、森で起きた記憶を全てなくしてしまっています」


 それを聞いた依頼主は怒ることなく、安堵の表情を浮かべている。

時期は少しずれてしまいそうだが、安心してキャンプ場を開けそうだ。



「ところで少々聞きたいことがあるのですが、お父様の住んでいた家の近くにグリムアルムがいたと言う話しは本当ですか?」


「ああ、そうだよ。狩人のグリムアルム、リッツさんが住んでいた」


「そのリッツさんの事について、彼は今、どこにいるのかわかりませんか?」


「リッツさんねぇ……、確か苗字も変わって、グリムアルムも引退して……! そうそう! 東西が再統一した時、この町にも東の人があふれかえってよ、もっと西の方に仕事を探しに行くって言ってたみたいだぞ! 海外にも留学したいとか、夢みたいな事も話していたって親父が寂しそうに言ってたなぁ。今頃どこでどうしてるんだろうね」


 やはりと言うべきか、リッツはとうの昔にこの町から出て行っていた。

しかも従えていた<童話>は精霊だけだったようで、はれて<童話>から解放されたリッツの子孫は、国外へと留学しに行ったのかもしれない。

 <童話>の気配を感じられず、薄々そうではないかと勘付いていたウィルヘルムは特に驚くこともなく、わずかな奇跡を信じていた桐子は大きくショックを受けていた。


 同じ国の中ならまだしも、国外に出ていれば自分たちにも探すことはできない。

ついに諦めた顔をする二人はもう一度、依頼主に頼んで、精霊のまつ森へと送ってもらった。




 * * *




「どうだった?」


 不安そうな顔をする精霊から、少なからず期待の気持ちも感じとれてしまった。

純粋無垢な少女のような彼女に、現実を突きつけることはとても心苦しい。

 口をつぐむ桐子を見て、ウィルヘルムは申し訳なさそうに真実を言った。


「とっくに、あの町から引っ越していました。もしかしたら国外にいるかもしれない……」


精霊は少しだけ目を見開くと、小さく息を吐いた。


「そうか……。そんな気はしていたよ……。



 この森はな、初めの主様と出会った場所なのだ。元々ここには妾が住んでいた池があったのだが、ここに戻ってきた時にはもう干からびていた。それだけの時間が経ったのだよ。それなのに諦め切れず、罪もない人々に危害を加えてしまった……。何と愚かなことか……」


「精霊様は悪くないよ!! だって、ずっと仲良くしていた人と離れ離れになっていたんだよ?

会いたくっても会えない。それでも会いたくって仕方がなかったんだよね! その気持ち、分かるよ! って、精霊様のと比べれば、私の方は全然みみっちい時間だけれども、それでも……、それでも分かるよ」


「桐子……」


「そうだ! また、私たちと一緒にグリムアルムの手伝いをしませんか?!

こうしてまた出張するかもしれないし、その時に子孫に会えるかも! 沢山時間がかかりそうだけども……」


「ありがとう……。ありがとう桐子。しかし、もう子孫の事はよい。妾の事を忘れているのであれば、わざわざ思い出させて災難に巻き込む必要もない。幸せならばそれでいい。

しかし……もう一度、妾をグリムの腕として仕ってはもらえぬかのぉ?」


 精霊の期待していた答えに桐子は思わず「もちろん!」と大きな声で返事をした。

これにはウィルヘルムも大変喜んだ。


「大ベテラン様だな。俺の<童話(夏の庭)>は喋ったりしないから、いいアドバイスとかもらえるかも」


「<庭>か……。確かに昔から口下手だったのぉ。引きこもっていた時期が長かったから致し方あるまい」


「知っている奴に会えると嬉しいな! もっとコイツの事を知らないか? いろんな事を教えてもらいたい」


「たわけ! 主人であるお前が面と向かって聞かぬか! そのままでは成長できぬぞ?」


「意外と厳しいんだね」


 和気あいあいと打ち解けた三人は、今日のうちにハンスにこの事を知らせようと、帰り支度をし始めた。

名残惜しそうに泉を見つめる精霊だが、彼女には新たな使命が誕生した。胸を張り、孤独の時間に別れを告げる。


「精霊様、行きましょう!」


 笑顔で迎える幼い主人たち。新たな希望に精霊は強く頷き、彼女たちの元へと新たな一歩を踏み出そうとした。が、その時、彼女の頭上に黒い影が落ちてくる。


 影は思いっきり手に持っていた大剣を、精霊の上へと振り下ろした。

しかし駄々洩れの殺気を感じ取った精霊は間一髪、体を引いて難を逃れる。


「クラウン!」


 影の正体を見た桐子は思わず叫んだ。古城での戦いから三ヶ月ぶりの再会だ。

彼女の方は桐子たちの存在に気づいていたようで、呼ばれてチラッと様子をみると、もう一度精霊のほうに向き直した。


「待ってクラウン! 私の話をっ!!」


「一体なに奴っ、…………ローズ?」






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