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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第二幕
47/114

010 <池にすむ水の精> ― Ⅲ






 オレンジの瓦に白い壁。カラフルな色に染まったこの町は学園都市とは違う、明るくて楽しいおとぎの国を醸し出していた。

どこからともなく陽気な音楽が流れてきそうな大通り。しかし今でも演奏を禁止している通りが存在する。

代わりに町一番のからくり時計が不思議な音色を奏でながら動き出した。


「あ、ハーメルンの笛吹き男〜! めっちゃ有名なやつ! 生で見ちゃった!!」


 いつも以上に興奮している桐子はからくり人形の行進を、瞬きする間も忘れて見つめていた。


「ハンスの野郎……、桐子に観光案内しろって言ったって、俺だってハーメルン来たことないんだぞ。おい桐子、ぼさっとしてないで」


「あとちょっと! あと一体で終わりそう……」


 テコでも動かない集中力。

最後の人形が扉をくぐって帰って行く姿を、桐子は固唾を飲んで見守っていた。

 そんな彼女にウィルヘルムは、急かすようにカツカツとつま先を鳴らし続ける。

 そしてついに全ての人形たちがからくり時計の中に帰って行くと、「よし、次はネズミのあとを追おう!」と言って地面に描かれた白ネズミの絵を追いかけ始めた。



 自分よりもこの観光地をよく知る桐子にガイドなんて本当に必要なのか。

この場にいる意味が分からなくなったウィルヘルムはついに


「観光なら一人で勝手にやってろよ!」


と苛立った声を上げてしまう。が、


「ウィル〜、この単語ってどういう意味なの?」


と、困ったように標識を指差す桐子を見て、なるほど、自分はこれのために付き合わされているのだな。っと自分の存在意義に大きくため息をついた。



「俺は待ち合わせ場所に行くから……」


「あ! 私も行く!!」


「別に今回は来なくってもいいんだぜ? ハンスにも観光楽しめって言われただろう」


しかし桐子は「いいの」と楽しそうに答えるだけ。


「お前も物好きだなぁ、いちいち<童話>のことに首突っ込んで。

 正直に言うけどよ、ハンスだってグリムアルムの初心者なんだぜ? その<いばら姫>に関しても手探りだし……」


「やっぱり?」


「! やっぱりって……、わかっててやってるのか」


「誰でも初めは初心者だよ。

 ハンスさんはね、ちゃんと私っから<いばら姫>を追い出そうと一生懸命だから、その事すっごく伝わってくるから、私も<童話>のことを少しでも知って、二人の足を引っ張らないようにって頑張りたいんだ……」


 スキップしながらウィルヘルムの前を行く桐子。

観光地に来たらすっかり遊びまわって、頭の中もすっからかんになっているのかと思ったら、こいつもこいつで色々と考えているんだなぁ、とウィルヘルムは妙に感心した。


「凶暴な<童話>だったらどうする?」


「それならウィルのことも十分信じているから大丈夫だよ〜」


 なんとも軽い声で返事をする。

しかし、信頼していると恥かしげもなく言われたウィルヘルムはケッ! と、少しだけ照れ臭そうにそっぽを向いた。


「俺はついでか。…………邪魔だけはするなよ」


ヤヴォール(了解しました)!」



 まんまと桐子にのせられたウィルヘルムは、彼女を連れたまま待ち合わせ場所のカフェへとやってきた。そして中へ入ると辺りを見渡して依頼主を探した。


「どの人かわかるの?」


「目印に赤い帽子と赤い手提げ袋を持っているって聞かされた」


「あの人じゃない?」


 桐子の見つめる先には真紅の帽子をかぶった赤い手提げ鞄のおじさんが、古びた本をドヤ顔を決めて読んでいた。

もちろん本のタイトルは【子供たちと家庭の童話集】。

 季節外れのサンタクロース。

周りの雰囲気から明らかに浮いているその人に、できれば近寄りたくはないのだが……


「確かに……、それっぽいな」


他にそれっぽい人がいないので、彼がそうなのだと認めざるおえなかった。

 ウィルヘルムは警戒した様子で依頼主であろう赤い帽子の男に近づいた。


「……人違いだったらすみません。ニコラウスさん……ですか?」


「いかにも!! 君たちは?」


 最悪なことに依頼主、本人であった。

しかもなかなかの声量。近くのお客さんがチラリとこちらを確認して、また自分の席に向き直すほどだ。

 ウィルヘルムはいつもの声よりも少しだけ音を低くして、依頼主に挨拶する。


「……フェルベルト家の五代目グリムアルム、ウィルヘルム・フェルベルトと申します。

こちらは助手の桐子。雑務はこいつに任せてください」


 せっかく声の調子を下げて話していたのに、桐子は元気よく「なんでもござれ!」とお辞儀した。


「おぉ、君たちが!! もっと貫禄のあるお爺さんが来るものだと思ってたよ!」


「心配しなくとも大丈夫です。ちゃんと<童話>祓いは心得ておりますので……。

 それでは早速ですが、お話を聞かせてもらえないでしょうか」


「あぁ……。俺はここから少し離れた場所に作っている新しいキャンプ場のオーナーだ。

 今年のバカンスが始まる前にはなんとか間に合わせようと、みんなで頑張って作ってたんだがなぁ……。

前まで何もなかった場所に突如、小さな泉が現れたんだ。それは今から四か月ぐらい前かな?」


「突如現れた?」


「もともと水源が多い土地だから、ふとしたきっかけで湧き出ただけだろう。

しかし何の前触れもなく、ポッと湧き出てきたものだから、"現れた"という言葉の方がしっくりくる。


 それでな、その泉は放っておくにしては勿体無いぐらい綺麗なもんで急遽、そこに遊歩道を作ることにしたんだ。

だけどもその遊歩道を任せた若い技術士たちが、次々と姿を消し始めた。


 初めは仕事をさぼって遊びに行ったのかと思ったが、何日たっても戻らない。

仕方なく別の奴を雇って続きを作るようにと頼んだが、三日足らずで消えやがった。


そんな奴らを何組も雇っては消えて、雇っては消えて……。

これは何かあるなっと睨んで、ついに俺自身が泉を見張ることにしたんだ。

 これは二か月前の話。そして俺はついに見てしまった……」


 大きな声だった男が淡々と怪談調に話を進めてゆく。

今までの明るい雰囲気とは真逆な男の語りに、桐子はゴクリと唾を飲み込んだ。

握られた拳も手汗でびっしょり。


「泉の底から女が出てきたんだ。恐ろしいほどに透き通った美しい女性。

初めは自分の目を疑ったよ。しかし女は俺を見ると、ニタリと笑って消えていったんだ。

 そして俺は思ったよ。こいつは<童話>の<水の精>じゃないかって」



 すっかり依頼主の話にのめり込んでしまった桐子は、小さくカタカタと震えていた。

 水の精(ニクセ)。若い男や子供を水底に引きづりこむという、美しい女性の姿をした悪い精霊。



「ウィル〜これは間違いなく本物だよ。悪い霊は水場に集まってくるんだよぉ〜」


「それじゃあ、お前は来なくていいぞ」


そう言うと桐子はキュッと唇を噛み締めた。

 おとなしくなった桐子を確認し、ウィルヘルムはうーんと悩みこむ。とりあえず現場を見なくては何とも言えない。

だがウィルヘルムにはどうしても男に聞きたい事が一つだけあった。



「しかし……よく<童話>とグリムアルムの事を知っていましたね」


「親父が子供の時、近所にグリムアルムが住んでいたってよく話してくれたんだ。

だけどもいくら調べても、情報がほとんど出てこねぇ。

疑い始めた頃にようやく本拠地を見つけたんだ。それが二週間ぐらい前だな!」



 依頼主から大体の話しを聞き終わると、三人は車に乗って例のキャンプ場へと向かった。

 道は何もない草原の上にひかれている。

しかし町の入り口から十分ほど走った頃、ぽつぽつと細長い木々が道なりに並び始めて、気がつけば目の前に赤い帽子が描かれた小さな看板を見つけていた。

どうやら目的地に着いたらしい。



 車から降りると早速ウィルヘルムは黒いマントを身につけて、桐子もカバンの中にしまってある救急セットを確認した。


「すまねぇが、俺はこの後町に戻って仕事の続きをしなくちゃなんねぇ。帰りは入口にいる警備員に言ってくれ。


泉はこの道をまっすぐ行った先だ。遊歩道が作りかけだから足元には気を付けて」


 依頼主に見送られて、ついに二人は<童話>が待ち構えているであろう森の中へと潜入する。



 背の高い木々が並んでいるが、足元には立派な道がある。

そのおかげか木と木の間が開いており、森の中はとても明るかった。

緑と黄色の柔らかな木漏れ日に、踏み歩いた後から香る草の匂い。

 ここが無事にキャンプ場として完成すれば、間違いなくたくさんの都会っ子たちを癒してくれるだろう。


 溢れるマイナスイオンに癒されまくる桐子は、ついぽかぽか陽気にウットリとしてしまったが、今は癒されに来たわけではない。

くだんの泉はまだ先のようだが、警戒心を怠ってはいけない。



「グリムアルムって、やっぱり影の組織とか……、そういうものなの?」


 依頼主も言っていたが、"グリムアルム"を知るための記録や資料はあまり残っていないらしい。

それでも彼らの存在を有難く思っている人たちがいることは確かだ。

そんな都市伝説化している"グリムアルム"の事を今一度、知りたくなった桐子はウィルヘルムに少し聞いてみた。



「そんなんじゃねーよ。昔はその土地土地のお医者さんや警察官、悪魔祓いのグリムさん。なんてものをやっていたらしい。要は村の何でも屋さんだったんだ。


 しかしグリムアルムの最大の危機、"青髭事件"で五つあるグリムアルムのうち三つの家が途絶えてしまった。


<童話>の存在を教える人がいなくなり、村にも便利な施設が揃い出すと、人はグリムアルムの存在や町に潜む<童話>の存在を忘れてしまった。


 それでもまぁ、時々あのおっさんみたいに昔話で聞いたとか、昔のグリムアルムを知っているお年寄りとか、<童話>を酔狂する訳わかんねー奴とかが俺ん家やハンスの所に尋ねに来るんだよ」


「酔狂する人とかいるの?! ッ怖」


「ごく、ごくたまにな。

お前みたいに<童話>に取り憑かれていても自我を保ったままの馬鹿がよくおちいる。


 自分は超能力者になったと錯覚して馬鹿みたいに騒ぐんだよ。そして新しい力が欲しくなってグリムアルムの所にやってくる」


 あの<メクラトカゲ>の人もきっとその内の一人だったのだろう。

 よくもまぁ自分は大きな怪我もなく無事でいたもんだ。と、桐子はその時の事を思い出して、たらりと冷や汗をかいていた。


「……そういう人はどうするの?」


「お説教して、お祓いする。

それしかやる事ないだろ。俺の家に来るヤツならまだましだけどな。おっ、着いたぞ」



 歩いてきた道が途中で途絶えると、目の前には少し大きな泉が広がっていた。

普通に歩いて一周しても、三分かかるかどうかの大きさだ。

周りには途中まで組み立てた木材も散らばっている。


「本当……、綺麗。木漏れ日できらきらしてて光ってるみたい」


「水も透明で底が見えるな」


 泉の中には魚や水に住む虫はいない。代わりにいるのは水中に存在しない地上の草花ばかり。風に揺れるよりもゆっくりと揺らいでいる。



「泉から消えたのは、若い技術士ばかり……」


 桐子の悪い企みの眼差しがウィルヘルムの横顔に注がれる。


「おい、なぜ俺を見る! こんなの泉に近づかなくっても、ちょーっと俺の<童話>で脅かせば……」


「グリムアルム様。(わたくし)はまだまだ未熟な故、貴方様の素晴らしくて平和的な解決方法をご指南していただきたく思っております。是非ともどうか、よろしくお願いいたします」


 変にへりくだった桐子の態度が妙にムカつく。あの黒い召使いを思い出しそうだ。

しかしここで下手な<童話>祓いをすれば、上司のハンスにチクられそうでもある。


「ケッ……。はいはい分かったよ。

匂いもあまりしないし、違うかもしれないからな。ちょっくら調査をしてみるか……」


 恐る恐る泉に近づくウィルヘルム。

泉の淵にゆっくりと屈み込むと、チョンっと指先で水を突っついた。

しかしそこには小さな波紋が広がるだけ。

 今度は思い切って両腕を入れると、水をすくうように両手をお椀型にした。

その時、ひたりと何かが彼の手に添えられる。

水面に映っているはずの自分の顔が、見知らぬ女性の顔に変わっていた。


 透き通った薄ハナダ色の長髪に、氷のように青白い肌。

女性は美しくウィルヘルムに微笑みかけると、勢いよく彼の両腕を引っ張った。


「桐子! コイツだ!! 手を貸して……」


 しかし桐子は辺りを警戒していて、ウィルヘルムのことなんか見ていなかった。

すっかり彼女は彼に泉の問題を任せきっていたのである。

 彼の叫び声に「え?」っと間抜けに返事をするのだが、もうすでに彼の体は泉の底へと引きずり込まれていたのであった。


「まさか……ウィル!!」


 ようやく状況を知った桐子は急いで泉の中を覗き込む。

しかし草花が変わらず揺らいでいるだけで、彼の姿はどこにも居ない。

だが泉の中はウィルヘルムのもがき苦しむ泡で一杯になっていた。

 彼は両手足を大きくばたつかせ、女性の腕から逃れようとするのだが、彼女の力は緩まない。

冷たい水に体力を奪われ、これ以上あがいても無駄だと知ったウィルヘルムは、マントから白い栞を取り出した。


「<夏の庭>……、俺に力を貸してくれ」


 ウィルヘルムがそう強く念じると、彼の周りだけが段々と熱を帯びてゆく。

熱をまとったウィルヘルムに驚いた女性は、彼を掴んでいた両腕を離して泉からの脱出を許してしまった。

 ウィルヘルムは急いで水面へと顔を出す。


「ぷはっ!」


「ウィル! 早く掴まって! ごめんね、よそ見してて……」


「ここだ! <水の精>で間違えない! ……って、よそ見してただぁ?! やる気あんのか! しゃんとせい!!」


 泉に向かって二人は構える。すると、水がぶくぶくと沸騰したかのように泡を吹いた。


「出てくるぞ……、用心しろ……」


その彼の言葉通り、水が大きく吹きあがると青白い女性が現れた。

確かに彼女は背筋が凍るほどに恐ろしくって美しい。妖艶な顔立ちに桐子は縮みあがった。



「我は牧師のグリムアルム、ウィルヘルム・フェルベルト!

罪なき人々を葬った罰により、お前を封印する!!」


 ウィルヘルムは高々と名を名乗ると、マントから取り出したカラスの羽根を水の精に鋭く投げ飛ばした。

羽根は一瞬にしてカラスに変形し、水の精に襲い掛かる。


「なんと! グリムアルムとな!!」


 驚く顔をする水の精は、カラスの襲撃を可憐に避けつつ、腕を振りながら二人の元へと近づいてきた。


「まて、まて!

(わらわ)(なんじ)らの敵ではない! 妾もグリムアルムに仕えし<守護童話>じゃ!」


「グリムアルムの……」


「<守護童話>ぁ?」






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