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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第二幕
37/114

008<ネズミの皮のお姫様> ― Ⅲ






 <KHM091 土の中の小人>


 ハンスは本の上に優しく手を置くと、何か棒状の物を摘まんで持ち上げた。

それは木製の古い笛であって、土のように茶色く汚れており、とてもいい音色が奏でられるとは思えない。

 歌口に唇を重ねると、か細い息を注ぎ込む。


 ―― 一回、二回、三回。


暗闇の中で高く木霊する笛の音に、小人たちは工具を下ろしてハンスの方に視線を捧げた。



 この笛は小人たちを呼んで従わせるための魔法の道具であるのだが、果たして小鬼たちにも効果はあるのか。不安が幾分残ってはいたが、結果としては効果はあった。小鬼たちも攻撃を止めてハンスの奏でる音色にふらふらと、取り憑かれた様に行進している。


「お望みは何事でございます?」


 足並みをそろえて小人と小鬼が整列すると、跪いてハンスに聞く。


ぜんたーい(全体)、回れ右っ!

恐怖政治に終止符を。あのお姫様をちょーっとばかし懲らしめてちょうだい!」


 小鬼たちはぐるりと向きをひるがえし、ラッティに目掛けて各々の武器を振りかざした。

勝利を確信していたラッティは、急な民衆の裏切りに、驚き、たじろいて後ずさる。


 哀れなネズミのお姫様。かつては部下であった小鬼たちに、矢じりを向けられてジリジリと追い詰められてしまっている。しかしそこで彼女は唱えた。


「私のお話、これにて終了!!」


それを聞いたハンスがハッと顔を青くした。


「桐子! その子を止めてちょうだい!!」


「え?! 止めるって……」 「何でもいいから早く!!」


 ラッティは大声で呪文を唱え続けている。


「そこにネズミが走っている! そいつで帽子をこしらえなっ!!!!」


そう言い終わるや否や、ラッティの体はポンっと煙に包まれてマジックショーのように姿を消してしまった。



「消えちゃった……!! 今のは何なんですか?!」


「”<童話>の結語”。あの能力のおかげで一度も彼女を捕まえることが出来ていないのよ。だけども、彼女自身も大きな力を使うから、しばらくは表に出て来れないでしょうね」


 ハンスは少し悔しそうに辺りを見渡しているが、彼女の気配が完璧に無くなったと思うと、危機から逃れられた事に安堵する。気が付けば小鬼たちの姿も跡形もなく消えていた。


「別の<童話>の力を奪って使う力……とっても恐ろしい力ですね」


「ええ。彼女は先代のグリムアルムたちが最も厄介な<童話>と、認定した子の一人なのよ。

 今回取り逃してしまったのは大変残念な事だけど……まぁ、中身があんなんだから、大災害みたいな事件を起こすことはないでしょう」


 なるほど。いくら優れた能力を持っていても、使う人がてんでダメであれば宝の持ち腐れ。っというわけだ。


 <童話>を捕まえる事は出来なかったが、学校の厨房で変な動きをする<童話>を追っ払うことには成功した桐子たち。ほっ、と一安心するのもつかの間に、彼らは自分たちの帰るべき場所へと、深夜の静かな町の中を急いで撤収するのであった。




 * * *




 桐子たちが帰路に着いた頃、校舎裏には必至で逃げ続けるラッティの姿があった。

慣れぬヒールに足をくじき、彼女は大きく倒れ込む。いつもならすぐに治癒してしまう小さな傷さえも、力を出しきった彼女には完治するのに大分時間を費やすだろう。

 仕方なさそうに羽織っていたコートのポケットから可愛らしい絆創膏を取り出すと、靴擦れした部分に乱暴にそれを張りつけた。

絆創膏には笑顔が素敵な赤ずきんと狼の絵が描かれてあるのだが、もう一度履かれたヒールによって彼女らはすっかり隠されてしまった。勿体ない気もするのだが、靴擦れの痛みを緩和してくれたので彼女らの犠牲も無駄ではない。

 履き心地を確認し、泥をはらって駆け出そうとしたその時に、


「お嬢さん、運命の王子様が欲しいんだって?」


と、急な呼びかけが彼女の背後にかけられた。

 何の気配もしなかったのに背後を取られたと、驚き振り向き、辺りを見渡してみるのだが誰もいない。だが学校を取り囲うようにして植えられた街路樹の間から、夜闇に紛れて白いコートの男が不自然に現れた。


 男は雨も降っていないのに黒い傘をステッキのように持ち歩き、山高帽子を目深に被っている。柔らかな巻き毛の金髪は太陽の日差しのように温かくって優しい色をしているのだが、鼻は大きく曲がった鷲鼻で、瞳は沼底のようにドス黒い。まるで一昔前のホラー小説の挿絵から抜け出してきたような風貌をしている。


「おじさん誰? <童話>臭いわよ」


男はあからさまに胡散臭い微笑みを張りつけているだけで、彼女の問いには答えない。


「……さっきの戦い見ていたの? 助けてくれたっていいじゃない」


「僕は戦闘向きでは無いんだ。それに<童話>を操れない」


ようやく口を開いても、そっけない返事を返すだけ。


「あ、人間の方だったの。あまりにも臭すぎて<下等童話>かと思ったわ。ごめんあそばせ」


口では謝っているのだが、まったくもって悪びれるそぶりを見せない。

 ラッティもワザとらしく、煽るようにして胸を張りながら男の前を去ろうとしたのだが、今度は男っから言葉を口にした。


「待ってはくれないか。王子様……、欲しくはないかい?」


男の問いにラッティは呆れたように鼻で笑う。


「あなた、全然王子様じゃないわ。オジ様でしょ?」


「僕じゃないよ。僕は長い事<童話>を集めているのだが、この中にキミが求める理想の王子様がいるかもしれない」


 そう言って男はコートのポケットから黒くくすんだ紙の束を取り出した。それは麻縄で手荒く括られており、扱いがとてもいいようには思えない。


「…………私をその中に封印するって言うの?」


「いいや、この地区を取り締まっているキミの力を少しだけ貸してもらいたいだけなんだ」


「そんな大それた事なんてしてないわよ。ここに来たのだってつい最近だし」


「にしてはキミの噂はよく聞くよ。人間たちの社会にうまく溶け込んで、自然にエネルギーを吸い取っているってね。縄張りに部外者(<童話>)が入ってくれば問答無用で皮を剥いでいる(能力を奪っている)とも……」


 どうやら男の方はしっかりとラッティの情報を掴んで彼女に会いに来ているようだ。得体のしれない相手に知られているのはどうも気持ち悪くって気に入らないが、ガス欠状態の彼女が彼に抵抗できるはずもない。一体何が目的なのかと力を込めて身構えたのだが、男は傘を振り回しながらグリムアルムの話を切り出した。


「僕はね、グリムアルムに対して深い憎しみを持っている。奴らの正義の味方だと言うような振る舞いに酷く吐き気を覚えているよ」


「……! 分かる!! 何様って感じよね~! おちおち王子様探しも出来なくって、ほんとムカつくのよ!!」


「だから僕は嫌がらせで<童話>集めをしているのだが、<童話>を封印し続けるのには莫大なエネルギーが必要だ。それはキミも知っているだろう? 集めた<童話>は三十は越えているのだが、まだまだ足りないと思っている。だけども僕の力ではそろそろ限界が迫っているようでね、そこでキミの力に目をつけたんだ」


「私の力に?」


「キミのクライダーシュランク(衣装棚)は実に素晴らしい能力だ。僕たちのキャパシティを大いに超えている。是非ともキミには、僕たちの赤い本(童話集)になってほしいんだが……」


 突然の男の告白にラッティは頬を赤めて照れだした。自分の能力に高すぎるプライドを持っていたラッティには、彼の言葉は十分すぎるほどの褒め言葉だ。


「当たり前じゃない! 私のクライダーシュランクはあいつ等の非じゃないんだから!」


「だからキミにはこの<童話>たちをクライダーシュランクの中にしまってもらいたいんだ。そうすればグリムアルムたちからキミを守ることを約束するし、しまった<童話>たちを好きに使っても構わない」


 力を使い切った今の彼女には少々重そうな仕事だが、悪い話には聞こえない。それにこの男の言う通り、彼の集めた<童話>の中にラッティの求める理想の王子様がいるかもしれない。

 急に手に入ることになる大量の能力に、ラッティはホクホクとした嬉しい気持ちに浸かっていた。しかし彼女の胸の中には男の言葉に対するいくつかの疑問も抱えられている。


 彼は自分の力に限界が迫ってきていると言っていたが、まだまだ底知れぬ力を隠し持っているようにも感じられる。見た目は三十代前半かそれよりも若いと見受けられるのだが、そう考えると集めた<童話>の量がグリムアルムでも無い人間にしては多すぎる。

麻縄で括られた黒い紙の中からは確かに<童話>の匂いがたっぷりと染み出しているし、手荒ではあるが封印もしっかりとされている。

 たとえ人間であろうとも、<童話>に負けずとも劣らぬ異様な雰囲気を醸し出すこの男に、力のない今だけは歯向かわない方が賢明だとラッティは結論付けてしまった。



 途端に王子様たちの夢を見始めたラッティは、むふふと笑うと美しい髪をかき上げて、堂々とした振る舞いで返答する。


「いいわよ。あなたみたいな下等な人間と手を組むのはしゃくだけど、グリムアルムに喧嘩を売る度胸は気に入った。手伝ってやろうじゃないの!」


彼女の自信たっぷりな態度に男もニヤリと笑ってみせた。


「それじゃあちょっとついて来てもらおうか。僕の()を紹介するよ」


そして二人は学校を後にすると、橋を渡って旧市街の方へと向かって行った。




 * * *




 男が足を止めたのは、旧市街の中でも特に評判の良い昔ながらのレストラン。昼間はカフェとして営業しており、おいしいお茶菓子も売っている。漂ってくる甘い香りにラッティも恍惚とした表情を浮かべるが、すぐに我に戻って男にキツく問い詰める。


「ねぇ、こんな所に立ち止まってどうしたの?」


「ここでちょっと待ち合わせをね」


そう言って道路標識のポールに寄り掛かっていると、カランカランっと店の扉が開く音が聞こえてきた。


「あーっ、先生!」


 茶色い紙袋を大きく抱えて現れたのは、一本のくせ毛を嬉しそうになびかせる、少年のような少女クラウンであった。彼女はスキップするように先生と呼んだ男の前に駆けつけた。


「先生ほらほら! 出来たてのシュネッケ(菓子パン)だよ! 温かいよ! おいしいよ!」


 幸せ一杯といった感じに紙袋に頬ずりをするクラウンに、先生と呼ばれた男は優しく彼女の肩に手を置いた。


「クラウン、新しい仲間を紹介しよう」


「新しい仲間?」


 急に不貞腐れた顔をするクラウンは、鼻をスンスンと鳴らしながら厚かましくも彼女の紙袋を覗く女を見る。美しい金髪に若草色の澄んだ瞳。小さな顔を傾けて、人を小馬鹿にしたような笑顔を作るラッティにクラウンの顔はますます不愛想になってしまった。


「仲間なんていらないよ。オイラ一人で十分だ!」


「そんな事を言ってクラウン、最近のキミは随分と面白そうなお友達を作ったそうじゃないか」


 頭の中に思い浮かんだのは桐子の楽しそうな笑顔と、先日の戦いで傷つけてしまった泣き叫ぶ悲痛な姿。まだ友達と呼んでも良いのか分からなくなってしまった彼女の存在に、クラウンは辛そうに唇を噛みしめた。


「お前をそんな風に傷つける友達なんて捨てなさい。こっちの方がきっとお前には似合っている」


 まるで子供に新しいなおもちゃを勧めるかのようにラッティの事を押し付ける。しかし彼女もまた、クラウンと仲良くする気はないようだ。クラウンの態度が気に食わなかったのか、腕を組んでプレッシャーを与えているようだった。だがその時、


「お前……<ねずみ皮>か?」


とクラウンの背後から、驚きの声が上げられた。

 声の主がするりと前に現れると、それはなんとオレンジ色の猫だった。しかもその猫は人間の子供ほどの大きさもあり、緑色の三角帽子をかぶって立派な服を着こなしている。二本の足には長靴が履かれており、それでしっかりと地面を踏んでいた。


「あら、あなた<長靴>?! 蘇生終わってたんだ~。<青髭>にやられてしばらく復帰できないって、<童話>たちの間でもっぱらの噂になってたわよ~」


 そう、この猫こそがクラウンの<守護童話・長靴を履いた牡猫>のシャトンである。

シャトンはウーっとうねりながら「<青髭>……」と恨むような声で鳴いていた。


「君たち知り合いか。ならば話が早い。これからはハンスの奴らも大きく動き出すだろうから、これまで以上に<童話>集めに精を出すんだ。その為にもこれを貸しとくよ」


先生はコートの胸ポケットから新たに短冊状の紙を取り出した。


「いいか、これはあくまでも貸すものだ。奪われるようなことは決してしないでくれよ」


 そうして手渡されたのは”グリムアルムの栞”であった。

ラッティが手にしたのは青い栞の<腕のいい猟師>。そしてクラウンが手にしたのは半分に破れた白い栞、<冬の庭>。


「まさか破れていたとはね。今度はこんなヘマをするんじゃないよ」


 先生はクラウンの耳元で何の感情も表さない、平坦な声で囁くが、クラウンは本当に申し訳なさそうに「はい……」と返事を返していた。




「それじゃあ次の仕事に取り掛かろうか……」


 彼女らを率いるように前に出た先生は、図書館の方角に向かってニタリと不気味な笑顔を浮かべてみせる。しかしその背後ではシャトンだけが不機嫌そうに顔を歪ませていた。




 * * *




 場所は変わり、桐子たちのいる学園都市からだいぶ東の方に離れた村。

廃墟のように廃れたお屋敷の中で、小さな丸メガネをかけた老人が、お皿に乗った白い蛇を切り分けながら食べている。いや、その白蛇はよく見ると白いムースで出来たケーキであった。

半分に切り分けられたサクランボが本物の目玉のように埋め込まれている。


 開け放たれていた大窓から、一羽の小鳥がピーピーと鳴きながら入ってきた。


「ふん、若造が。一体何を考えている。まぁよい、それでは我々も次の仕事に取り掛かろうか……」


そう言った老人の背後に三人の黒い影が浮かび上がる。




<つづく>






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