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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第二幕
36/114

008<ネズミの皮のお姫様> ― Ⅱ






 彼女の爆弾発言にハンスと、特に<ネズミ皮>は大きく目を見開いて桐子に注目した。


「日本じゃあまり知られていないお話ですね。

私の持ってる童話集にも、似たようなタイトルはなかったと思います……」


「なあ?!! あなた、一体どんな秘境の地からやって来たの?!! 私を知らないですってぇ??!!」


 ‪怒鳴る<ネズミ皮>をよそにハンスは手早く説明する。




<ネズミの皮のお姫様>

ある国に三人姉妹のお姫様がおりました。

彼女達の父である王様が彼女たちに質問します。


「わしの事がどれくらい好きか」と


お姉さんたちはこの国のどんな物よりも、宝物よりもお父様が好きだと答えました。

だけども末娘は塩よりももっとお父様が好きだと答えました。

その答えに腹を立てた王様は、末娘を殺せと若い召使いに命令します。


お姫様を殺したくはない召使いは、彼女を森へと逃がしました。

お姫様も、ネズミの皮で作ったコートをください。そしたら自分で何とかします。とだけお願いして、それを貰うと森の中へと逃げました。





「似たようなお話がヨーロッパ中のあっちこっちにあってね、ぺローの”ロバの皮”とも似ているからって消されてしまったの。

だけども、まさかグリム童話の方は知られていないとは……」


 ハンスも驚きを隠せずに手で口を覆っている。

桐子が言ったことは本当の事のようだ。

彼女は深く相槌を打ちながら話をじっくり聞いていた。


「ふ、ふんっ。ま、まぁ、あなたみたいな愚民に知られていようが、いまいがどうだっていいわ。

私は今、運命の王子様を探すのに忙しの。

あなた達に構っている暇はないのよ!」


「何が運命の王子様よ。どうせアナタのモデルだって、『僕のかわいいモイスヒェン(子ネズミちゃん)』なんて呼ばれて、イケメン王子様に甘やかされてきたんでしょ?

いったい何を恐れるの? さっさと本に……」


「そんなことあるわけ無いでしょ!!

だから私はこうして地道に王子様を探しているっていうんじゃない!!」


 ハンスと<ネズミ皮>の激しい攻防戦が続く中、桐子は腕を組んで考え事をしはじめた。


「も、もいす……モイスヒェン。は、えっと……、ねずみ? ネズミは他に…………ラッティ……だっけ?」


「ラッ????!!!!」


 ポツリと出た桐子の言葉に<ネズミ皮>は声を上げ、ハンスは急いで顔を背けたが、ブッと大きく吹き出した。

 桐子としてはただ聞き慣れない単語を聞いて、自分の知識と結び合わせていただけなのに、彼らにはそうとは聞こえなかったようだ。


「ラ、ラ、ラッ……"ラッティ"ですってぇぇぇえ……?! あなた、この私を"ラッティ(ドブネズミ)"ですってぇぇぇええええ??!! ブッ殺スッ!!!!」


 怒りに顔を歪ませるラッティは、袖から一本の小枝を取り出した。

そしてそれを勢いよく地面に投げ捨てて、グサリと足元に突き刺すと、地の底を揺らすような声である物を呼んだ。


クライダーシュランク(衣装棚)、出ておいで!!!!」


その呼び声に、彼女の足元がメリメリと音を立てながら盛り上がる。

床を突き破り、地響きをたてながら大きな衣装棚が現れた。



 白とピンクの可愛らしいロココ調の衣装棚。

ひと一人分が入れるほどの大きさを持っており、彼女が上に乗っていてもビクともしない。

しかし天井の部分は簡易試着室のように穴が空いており、ラッティはその中へと飛び降りた。

次の瞬間、彼女は前の扉を勢いよく押し開けると滑るように現れる。



 先ほどのホームレス姿の彼女はどこにもいない。

そこにいるのは一国の王女であった。

 陶器のようになめらかな肌。

前髪を二本の三つ編みに結いて後ろに流しまとめた金の髪。

ライオンの毛皮でこしらえた立派なコートからのぞく白いシルクのドレスは、シンプルながらも揺れるたびにキラキラと輝いた。


 彼女を見た誰もがおとぎの国のお姫様だと、そう答えるだろう。

しかしその若草色の美しい瞳は、おぞましい憎悪の炎に燃えていた。



「さて、ようやく本性を現したようねラッティ!!」


「あんたまで"ラッティ(ドブネズミ)"って呼ぶなぁぁぁぁああああああ!!!!!!」

 怒りに吠えるラッティは乱暴に物語りを語り始める。



「私の愛おしい王子様。どうか私の呪いを解いて。

呪われたお城の大広間、三晩続けてそこにいて。

露ほども怖いと思わないで。声出さないで待っていて。

骨が折れても叫ばない。肉が断ち切れても泣いてはダメよ」



「おぉ怖い。桐子、私から離れないでね」


 ハンスはカバンから赤い童話集を取り出すと、いつかのように本を開いた。

ページは風もないのにペラペラとめくれ出し、<靴屋の小人>が開くと動きを止める。


「彼女は何を唱えているんですか?」


「彼女はね、別の<童話>から力を奪う能力を持っているの。

その奪った力を自在に操ることが出来るんだけど、それにはああやって奪った<童話>の一節を唱える必要があるのよ」


 まだまだ唱えているラッティの背後の闇が、小さく不気味にうごめいた。


「でもね、彼女が言った様に、これほどの情報がありながら、私たちは一度だって彼女を捕まえることができていない。

つまりそれだけ厄介な子なのよ……」


 苦笑いするハンスの額に冷や汗が静かに一筋垂れる。

それを合図にしたかのように、ラッティの怒号が食堂中に響き渡った。


「あの女の首をはねろーーーーっ!!!!」


 黒い影たちが一斉に桐子めがけて飛び出した。

遅れて気が付いた桐子が辺りを見渡すと、ハンスが呼んだ小人たちがツルハシで影の攻撃を塞いでいた。


「まぁ! お姫様がそんな物騒なことを言うんじゃありません!」


「うるさいだまれデカブツが!!

あなたがその女の言う通り、ハンスの一族だって言うんなら今回も私の勝ちのようね!

 私、知ってるんだから! ハンスの一族は他のグリムアルムに封印の力をあげたから、私たち(<童話>)を封印する事ができないんだって!」


「え?! そうなんですか!」


 突然の真実に桐子の不安が募る。

嘘だと言って欲しいのだが、ハンスはその言葉を否定しなかった。


「そうなのよ……。様子見のつもりで来たんだけど……正直、こんな戦いになるとは思ってもいなかったわ。

だいぶ……キツイわね…………」


 彼が言葉を渋るように、小人たちの動きも鈍かった。



 彼らの持つツルハシやスコップは本来、物を修復するための道具である。

最悪な事にラッティが呼んだ影の正体は見るもおぞましい小鬼たちであった。

動きはネズミのようにすばしっこく、力も圧倒的に勝っている。

つまり、ハンスたちの勝利は無きに等しい状況であった。



 だがそれでも小人たちは諦めてはいない。

小鬼たちに突撃し、敵の首を取ったりツルハシを心臓に突き刺したりと勇ましい姿を見せている。

 もちろん小鬼の方が強いので、返り討ちに合うのがほとんどだが、


「俺の屍を超えてゆけーっ!」


と声を荒げて友に激励を送る者。


「これが終わったら……、腹いっぺぇクッキー食うんだ……」


と勝利の先を夢見る者。

 たとえそれらが死を予見させるような言葉であっても、彼らは懸命に戦った。

その気高き闘志はしかりと桐子の心にも響いており、彼女はどうにかして彼らを勝利に導こうと考えた。



「ほらほらどうした。小人さんたちが全滅しちゃうわよ?」


 余裕たっぷりなラッティに二人は激しく急かされる。

ハンスもだいぶ焦っているようだった。


「あなたがさっさと首をよこせば、小人さんたちは助かるのよ?」


 甘い誘惑とは到底言えない彼女の言葉。

それでも一瞬揺らいでしまう。


 だがそれはもっとやってはいけない行為。彼らは桐子とハンスを守るために戦っているのだ。己らの首を差し出すことは彼らの戦いを侮辱することを意味している。

 それをラッティは知っていて聞いているのだろうか。

彼女は、おほほほほっと嬉しそうに高笑いしている。

さながらネズミの女王様。兵隊たちの戦争を楽しんで眺めていた。



「ハンスさん、ハーメルンの笛吹き男とかないんですか? 小鬼の動きを止めるような」


「残念ながらハーメルンの笛吹き男はグリム童話じゃないわ。

あれはグリム兄弟でもドイツ伝説集だから……。

でも、本当ね。あの魔法の笛が今とっても欲しい……わ…………」


 何か気付いたのか、ハンスは言葉を止めて考え始めた。


「どうしたんですか?」


「あったわ……。笛、小鬼にも効くかどうかは分からないけれど、試してみるのも大事よね」


 そう言ってもう一度本を構えると、彼が思い浮かべる<童話>のページに自然と本は開かれた。





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