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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
序幕
14/114

003<夜ウグイスとメクラトカゲ> ― Ⅳ



 しかしその声は何とも悲しげで「シャトン~……」と今にも泣き出しそう。

そんな情けない声でクラウンは、自分を慕う<守護童話>のシャトンを呼び出した。

『どうなさいましたか、クラウン様』

 声は聞こえど姿は見えない。クラウンは軽く空や木の上を見上げてどこにいるかも分からないシャトンの声に泣きついた。

 <童話>使いは自分の<童話>を人には見せない。教えない。それは自分の弱点を相手に教えることになるから。シャトンという名前もあだ名のようなものだろう。一体どんな<童話>なのか。正体が分からない相手に桐子は注意して彼の言葉一語一句を逃がさぬようにと集中した。


「シャトンはコイツに憑りついてみて、コイツの<童話>をどう思った?」

『……<いばら姫>。彼女とは切っても切れぬ縁で繋がっているようでございます。

 彼女の事はよく存じておりますよ。他の輩同様、人間に取り憑くことを生業としておりました<童話>でございます。ですが特に宿主に悪さをするような奴ではございませんでした。

 ただ……<いばら姫>の能力は厄介でして、彼女がいるだけで周りの人間や物たちは眠りについてしまうという、とても恐ろしく強大な力を持った<童話>でございます』

 なんと、<いばら姫>を知る<童話>がいた。これは絶対に手放したくはないチャンス。

桐子は助かる希望を手に入れ喜々する気持ちに満たされるのだが、クラウンは恐ろしい<童話>と聞いて桐子の事を先のような敵意のこもった眼差しで睨みつけてきた。

『ですがどうやら今の彼女は、力を出し切って眠っているようでございますね』

「それは……どういう意味だ?」

『ご存知の事を申し上げますが、<童話>は己の持てる力を全て使い切りますと我が身を守る術を無くしてしまいます。その場合、他の者に攻撃されないようにと物かげや道具の中などに潜伏して、その場を流れる負のエネルギーを吸収し、体力を回復させます。

そうして少しでも動けるようになりますと、今度は人間界や自然界で暴れまわって自ら負のエネルギーを生み出します。その時に生まれたエネルギーを更に吸収し、ようやく元の力を取り戻すのです。

 <いばら姫>はまさにこの最初の段階。なのですが、人間の中に潜伏するとは全くもって珍しい。人間に憑りつくのだってとてつもなく力を使うのですよ。弱っている<童話>がそう簡単にできるものではない。人間に憑りついたまま記憶を無くした阿呆に出会った事があっても、このような事例を見るのは初めてでございます』

感心するシャトンの声にクラウンは未だに訳の分からないといった顔をしていた。

「だから、それがどういう事なんだ? <童話>が弱ってるんなら、”(しおり)”さえあれば封印できるんじゃないのか?」

『おっしゃる通りでございます! さすがクラウン様』

 歓喜の声を上げて褒めるシャトンに、照れ臭そうにクラウンは笑った。

 栞。そう聞いてクラウンの手に握られた短剣の、柄頭にキーホルダーのように取り付けられた黄色い短冊が目に入る。その紙をよく見ると細かく綺麗に装飾されていた。これがクラウンの言う栞なのか。先の男はこれを見るや否や顔色を悪くして驚いていたが、この栞は一体何なのか。その答えはシャトンがすぐに、晴れ晴れとした声で答えてくれた。


『その<童話>を封印する力が込められた”グリムアルムの栞”さえあれば、グリム兄弟が集めた悪しき<童話>たちを封印する事が可能なのでございます。彼女<いばら姫>だって例外じゃあありません。

 ですが、今の<彼女>はその人間の肉体と魂と呼ばれる概念にすっかり隠れておりまして、どうも姿を現してはくれないのです。いや、むしろ起きる気力がないといいますか……。

 ”栞”の封印の力は物の中に潜り込めても、人間の体内までは潜り込めませんからね……。

要はこの人間は<いばら姫>専用の<封印の力>シェルターとなっており、簡単には封印させてくれそうもありません。ご理解いただけましたでしょうか、クラウン様』

「…………兎に角、<いばら姫>はとっくに眠っちまっていたから、今更紡錘に刺しても眠らなかったっていう事なのか?」

『……まぁ、そういう事でいいと思います』

 出てくる気配もなければ起きる気もない。とんでもないことを聞いてしまった。これでは取引なんてできたもんじゃない。桐子の先までの余裕はどこかへ吹き飛び、心が焦りに焦っていた。このシャトンという〈童話〉、いったん黙らせる事は出来ないものか。しかし彼は黙る気などない。シャトンは次々と愛しい主人に知恵を与え続けた。

『それはさておきクラウン様。其奴と無理に取引せずとも<いばら姫>を捕まえる方法はありますよ』

「本当か!」

待ってましたと言わんばかりにクラウンの顔が輝き、桐子の顔が曇っていく。

『もうお分かりでしょう? その人間を殺すのです! なーに、グリムアルムの小僧なんてクラウン様ならチョチョイのチョイですよ。

さあさあ早く! 原形を留められないほどのギッタギタのグッチャグチャのミンチに……』

「ちょっと待ってください」

桐子はとっさにシャトンの言葉を遮った。急に声を上げた桐子にクラウンは呆れたようにため息をつく。

「お前、本当に必死だな」

「あっっったり前じゃない! ミンチ! ミンチって……私はまだ死にたくないって何べんも言ってると思うんだけど!」

あまりにも冷静なクラウンの突込みに桐子はつい激情してしまった。だが彼女に当たったって、クラウンはキョトンと不思議そうな顔をするだけ。自分の行く末を嘆き悲しむように、桐子は深いため息をついた。

「はぁ~あ、どうしてこうなっちゃったのかなぁ。やっと助かると思ったのにミンチって……」

 迂闊だった。クラウンだけを見て持ち出した話だというのに、ここにきてまさかの<シャトン(知恵)>。

まさしく彼は、桐子の言葉に惑わされそうになっているクラウンを守護したわけだ。

他の対策を懸命に考えようとしても考えれば考えるだけ視野が狭くなり、思考は暗闇の中へと陥りそうになっていた。桐子は最後の抵抗とでも言うように、クラウンの小さな手を動かせまいと、より強く握っていた。しかしどうしたものか。両手が大きく震えて手汗も先より酷くかいている。クラウンに、もう自分には後が無いと言っているようだった。

 その桐子の心中はどうやらクラウンにも伝わってしまっていたようだ。もう終わりだと、俯いた彼女の頭を見つめたクラウンは、何故か悲しそうな顔をしていた。

『何を迷っておられるのですか、クラウン様。我々の目的をお忘れですか?』

「でもシャトン、<童話>が潜伏してたってコイツは人間なんだろ? 人間を殺す事なんて出来ないよ」

 散々「殺す」と言って追っかけてきていたクラウンからの意外な言葉。その彼女の言葉は行き先を失いかけた桐子の道を大きく照らし出した。堂々巡りだった桐子の頭の中を一気に風が吹き抜けて、晴れやかな気持ちに桐子はなった。

「それじゃあもう決まってるじゃない。私と組みましょう!」

 先まで嘆き悲しんでいた桐子の顔が嘘のように笑顔で花開く。

感情がコロコロ変わる桐子にたじろぐクラウンは、今にも逃げ出したいというように体を引いているが、未だに両手はがっちりと捕まったまま。

「先言った通り、私を殺さなければこの<いばら姫>をあなたにあげる。どうせ今すぐには祓えないのでしょ。私の<童話>を祓うのは一番最後にして。ね、お願い! シャトンもいいでしょ?」

『小娘、私を気安くシャトンなどと呼ぶな! ねぇ、クラウン様。其奴はミンチになる事を望んでおられますよ?』

「ねぇクラウン~」『クラウン様ぁ~!』

 二人に挟まれ揺らぐクラウンは、桐子に両手を解放してもらうと腕を組んでうんうん一人考え始めた。しかしそれもあっという間に終わってしまい、面倒くさそうに桐子を見つめる。

「お前……、ずるいやつだな。一番最後って」

「確かにずるいよ。今現在、私以上に<童話>のせいで苦しんでいる人が沢山いるかもしれないし……。でも聞いてよ!! はるばる遠くから憧れの国に来たと思ったら、変なモノに憑りつかれるし。それのせいで何度も襲われてるし、殺されかけるし……もう、びっくりだよ! しんどいよ! だから……だから、少しでも助かる希望があれば、私はずるいことでも何でもする」

 強く固められた桐子の意思を、彼女の表情から感じ取りクラウンがにやりと「面白い」と笑った。

「お前、面白いな。今までこんな命乞い見たことないぞ。

確かに、いざ自分の命が関われば最良な道を探す……うん、今のお前は先のクズ男と同じでオイラに命乞いをしているんだな! そうか、そうか。なるほどー……これも生き物の性なのかな?」

やはり。この子は思い込みは激しいが、ちゃんと話せば分かる子なのかもしれない。桐子の目の前にいるクラウンが今まで以上に光り輝いて見えた。

「いいだろう。お前に時間をやる。オイラが他の<童話>を狩っている間に、お前はその祓えなさそうな<いばら姫>を追い出す方法を血眼になって探しときな。それでも大丈夫だよな? シャトン」

 いちいち彼女はシャトンに了解を得なくてはいけないのか。

桐子はもうシャトンがクラウンに余計な知恵を授けないかとビクビクしていたのだが、シャトンは『クラウン様の思うがままに』と彼女の意思を尊重した。しかもその声はどこか安心したように嬉しそう。


「よし! それじゃあ、もうオイラはお前を襲ったりはしない。だけど……」

楽しそうに話していたクラウンが一瞬にして、氷のように冷たい表情に変わる。

「だけど、お前の自我が<いばら姫>に一度でも乗っ取られたら、その時は」 「!それじゃあ私たち、今日からお友達ね!」

クラウンの言葉の続きが恐ろしくって、急いで発したデタラメな言葉。その言葉にクラウンは目を真ん丸に見開いた。

「はぁ?! 目ん玉と一緒に脳みそも取られたか?」

「そんなことない! ……いや、ある? んーん! ない! 絶対ない!!

ほんのちょっとだけどあなたと一緒に戦ったり、話したりして分かった事がある。私、貴女のこと嫌いじゃない」

突然の告白にクラウンの体は完全に逃げ切っていた。人一人分は距離をとるクラウンを、また捕まえるようにして桐子は彼女の左手を無理にとった。

「話せば分かってくれたもの。今までお互い、話を聞き合わなかったからぶつかり合ってたんだ。

これからは仲良くしましょうよ! 友達になるんだもん」

「だーかーら、どうして友達なんだ?! オイラとアンタの関係はどうやったって敵のままだ!」

「そんな事ない! だって私、これからあなたの<童話>を預かることになるんだよ。私は友達との約束は絶対に破らない! そう決めてあるんだから。

 例えば、あなた以外の人が私の<童話>を奪おうとしたならば、私はちゃんとこの<童話>を守る。だって友達から預かっている<童話>だもん。友達との約束は絶対。死んでも<童話>を逃したりはしないよ。だって私とあなたとが友達になれば、その約束はぜったい……」「分かった! 分かったよぉ、もう~……! 分かったから静かにしろっ!」

呆れたように頭を掻き毟る。友達のごり押しにうんざりと言った顔をしており、まだ決断を決め降ろしていないようだ。そんな彼女に桐子からの最後の攻撃。

「ねえ、クラウン……私とお友達になりましょうよ。だめかなぁ?」

寂しそうな表情をする桐子。瞳がウルウルと輝きクラウンの心に訴えかける。

これはさすがに逆効果だろう。というほどのあざとさだったのだが、よく見ればクラウンの表情もまんざらではなさそうだった。小恥ずかしそうに口元がにやけ始めている。クラウンは手を口に当ててそれを隠そうとしていたが、桐子はそれを見逃してはいなかった。

「そうか……そうか、うん友達ねぇ……まぁ確かにぃ~オイラがいない間に勝手に死なれても困るしぃ~……。童話を逃がされて、もっと強いやつに憑りつかれても面倒だし…………。うん……、そうか。しょうがねーよな……友達な、うん。あの、あれだろ? つまり、お前はオイラに自分の身を守ってくれって言いたいんだろ?」

「え……? ちっ、そこまでは言ってな……」

また彼女の思い込みが始まりそうだ。急いで誤解を解こうとしたが、クラウンはワザとらしく大声で「わーかってるよ! フェルベルトのクソガキの世話も大変だろうからなぁー、今度からは、オイラがお前を守ってやるよ」と言い切った。そしてポツリと、耳まで赤く染めながら「だってオイラたち、友達なんだろ」と目を逸らしながらつぶやいた。

 え? っと思いもしなかったクラウンの反応に、桐子の良心が苦しくなった。

桐子は自分の命が助かるために、クラウンを仲間に取り入れるためにと「友達になろう」だなんて口走ったのだが、クラウンはその言葉を随分気に入り子供のように無邪気に喜んでいた。

 桐子の心に罪悪感が圧し掛かることになったのだが、結果はともあれクラウンとの取引は成立したようだ。これでもう彼女に襲われることはないだろう。


 安心したのか、桐子はへたりとその場に腰を落とした。急に座り込んだ桐子に驚いたクラウンが「どうした?! 具合が悪いのか? まさか、もう<童話〉が!」と、桐子の体調を気にかけ始めた。

オロオロと困惑するクラウンに大丈夫だと伝えても、彼女はいつまでも不安そうに桐子の事を心配している。

 思った通り。クラウンは案外いい子なのかもしれない。ちゃんと素直に話せるし、喜ぶし。このままお互い約束を守っていけば本当の友達になれるかもしれない。そう思うと桐子もクラウンとの今後が楽しみになってきた。

「なあ、先言いかけたんだが……お前の意思が完璧に取り憑かれた時は……斬ってもいいか?」

前言撤回。やはり彼女とは上手くやっていける気がしない。

頬を赤めて無邪気に笑うクラウンに、引きつった笑顔で受け応える。

「うん、出来ればやめてほしいです。負けないようにウィルヘルムたちと頑張ります。

あと、私は”お前”じゃなくって”桐子”。改めてよろしくね」

 桐子は手を差し出してクラウンとの握手を求めた。

これで桐子を〈童話〉から守ってくれる心強い仲間がまた増えた。

クラウンにハンス。そしてウィルヘルム。それに〈いばら姫〉を知る〈シャトン〉もいる。

こんなに頼もしい人たちが揃ってきたんだ。きっと〈童話〉を封印する日は近いだろうと桐子は大いに喜んだ。

 しかし、クラウンはウィルヘルムの名前を聞いた途端、眉をひそめて不満そうな顔をしていた。

「キリコ、お前知らねえのか? ”腰抜けフェルベルト”。まぁ、オイラも昨日までは 知らなかったんだけどな」

なぜか胸の奥がドキッとした。

「腰抜けって……クラウンもウィルヘルムの実力知ってるでしょ? それに、これからはウィルヘルムとも仲良くしようよ。一緒に〈童話〉退治して行けばもっと早くに……」

「誰がグリムアルムなんかに手を貸すか。キリコもさっさとあんな奴らと手を切りな」

先といい、どうもクラウンはグリムアルムの事を毛嫌いしているようだ。その理由も聞きたかったのだが、クラウンはまたにっかりと笑って「んじゃ、オイラはこの後も予定があるからな、じゃあなー。勝手に死ぬなよー」っと嬉しそうに傷だらけのまま去っていった。


 校舎の陰へ去りゆくクラウンを見送りながら桐子は昼食時の、あの少年の言葉を思い出す。


 ――放課後図書館に行くぞ。授業が終わったらこっちの校舎に来てくれ。


 桐子はウィルヘルムに言われた通り、授業が終わってすぐに彼の通う校舎へと向かった。しかし彼は居なかった。図書館に行くだけなら現地で待ち合わせすればいい。しかし彼は学校内で会うことを約束した。

 〈童話〉に攻撃を仕掛けられてっからどのくらいの時間が過ぎただろうか。

空は赤く不気味に染め上がり、カラスの鳴き声がけたたましくこだまする。

 ウィルヘルム。彼は一体今、何処にいるのだろうか。




<つづく>



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