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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第三幕
112/114

019 <忠臣ヨハネス>  ― Ⅳ






 昼休みも終わりを迎える時分に桐子は何故か学校から離れた、寂れた公園のベンチに座っていた。


 人影もなく、高い木々に覆われたこの公園で桐子は緊張した面立ちで、彼女をこの公園に連れてきたオクタビウスを注視している。

 彼は地面を見ながら何かを探すように歩いている。そして一本の太い枯れ枝を拾い上げると、その強度を試すように両手で掴んでしならせた。


「大人しく着いて来ていただいて大変ありがたいのですが、もっと警戒しなくていいのですか?」


枯れ枝を振り下ろしながら、桐子の方へと振り向くオクタビウス。


 桐子は学校内で揉め事を起こしたくはないと言うオクタビウスの願いを承諾し、共にこの公園に来たのだった。本当は逃げるべきであろうが、下手に抵抗しても何をされる分からない。それに、未だに桐子の頭上をウィルヘルムのカラスを撃ち落とした金細工の小さなカラスも飛んでいる。


「今まで色んな<童話>を見てきて、無駄に抵抗しても良いことはないと分かったから……」


 低く警戒し続ける桐子の声にオクタビウスは再び哀れみの目を持って彼女を見た。


「そんなにも<童話>と出会ってきたのですね。可哀想に。なぜハンスは貴女に取り憑いた<いばら姫>を祓わないのでしょうか」


 まるでハンスが働いていないとでも言いたげな物言いに桐子はムッと眉をひそめた。


「<いばら姫>がずっと眠ったままで、ハンスさんやウィル……フェルベルトの言うことを聞かなくて祓えなんです。貴方なら祓えるのですか?」


「<いばら姫>の事はよく知っているよ。彼女の祓い方も。しかし今は彼女の力も必要なんだ。だから、私たちもできたら彼女を封印したくはない」


「私たち?」


 どうやらオクタビウスは一人で行動しているわけではないようだ。彼の情報をもっと聞き出して、ウィルヘルムたちに繋げたい。そう思っている桐子の上から突如、


「桐子ーー!」


と聞きなれた、ウィルヘルムの怒鳴る声が降ってきた。


 薄雲広がる空を見上げれば、幾度と見てきた大鴉(おおがらす)姿のウィルヘルムが、桐子に向かって降下して来る。ウィルヘルムはオクタビウスの金のカラスをひらりと避けると、土煙を巻き上げながら桐子の前に着地した。大きな黒い翼が大鴉の全身を包み隠すと、翼は一瞬にして黒いマントに変貌(へんぼう)し、マントを剝ぎ取るようにして中から人の姿をしたウィルヘルムが現れた。


「<童話>か?!」


 咄嗟に状況を確認するウィルヘルム。緊張した空気が張り詰める中、ウィルヘルムの顔を見るやオクタビウスは驚きで目を見開き、ニッカリと満面の笑みを咲かせてみせた。


「フェルベルト! フェルベルトじゃないか!!」


 ウィルヘルムは何のことか分からずに眉毛を吊り上げてオクタビウスを睨みつける。どうやらウィルヘルムの顔が彼の先祖と似ているせいで、オクタビウスはその人と勘違いしているようだった。


「悪いが俺はお前を知らない」


「ウィル、気をつけて! 彼は“兵士のグリムアルム”の<守護童話>だった人!」


 桐子の忠告に驚くウィルヘルム。ウィルヘルムもグリムアルムの中で(Grimm Arm )受け継がれる物語(Märchen)で彼の存在は知っていた。とすると味方か。だが、桐子に持たせていた<七羽のカラス>が何処にもいない。ダメージ的にコイツにやられたのかと勘繰るウィルヘルムは、再びオクタビウスを警戒する目で睨みつけた。


「なるほど、先ほどのカラスはフェルベルトの<童話>でしたか。とすると、貴方も<青髭>に騙されているというわけですか」


「<青髭>? <青髭>ならこの間、追っ払ったぞ」


 突然現れた無関係な名前に、より一層ウィルヘルムは目を吊り上げた。と、そこに遅れてシャトンとクラウンが公園の入り口に駆けつける。


「桐子様ー! ご無事でー?!!」


 大声で呼ぶシャトンの声に桐子は喜び振り向いた。そしてその目線の先には久方ぶりのクラウンの姿もある。

 髪はボサボサに乱れ、顔も泣き(はら)らした跡が残ったままだが、クラウンの姿を見た桐子とウィルヘルムは安堵(あんど)の表情を浮かべてみせた。だが一人だけ、オクタビウスだけは幽霊でも見たように驚き、絶望した顔をしてクラウンを見ていた。


「話では聞いていたが、これ程とは……」


 オクタビウスの目に映るクラウンの姿は紛れもなく、彼が愛弟子と認めたローズそっくりな女の子。しかし彼女はローズと違い、鋭い目をしてオクタビウスを睨んでいる。

 クラウンは自分を盾にするように、桐子とオクタビウスの間に立つと、恐ろしい剣幕でオクタビウスに(うな)り声を上げた。


「桐子に何をした?!!」


 ドスの効いた声に敵意を滲ませた表情。おもちゃの短剣を構えて殺気立つクラウンの姿に、オクタビウスの胸は悲しみで酷く苦しくなる。

 だがそんな彼女の勢いに流されまいと、オクタビウスは先ほど拾った枯れ枝を己の前に構えて、決闘を申し込むように凛々しく己の名前を名乗った。


「我が名はヨハネス・オクタビウス!! 貴様、<青髭>を打ち倒す者!!」


その宣明に、睨みを効かせていたクラウンの顔からみるみると血の気が引いていく。


「お前……なんでそれを……?」


 魚のように口をパクパクと震わせるクラウンの、その小さな囁き一つで桐子の中にあった真実が崩壊する。


「さっきから何を言っている? 取り逃したが、<青髭>を追っ払ったのはそこに居るクラウンだ」


 今までの状況を何一つ説明されていないウィルヘルムだけは、変わらず(いぶか)しむようにオクタビウスの言葉を訂正する。しかし、すぐさまにオクタビウスが


「そんな芝居を打ってグリムアルムを(だま)しているのか、<青髭>っ!!」


と聞く耳持たずで、その場の言葉を全てかき消した。


「マテス・ボガードから全てを聞いた! 彼は長い間お前の中に<青髭>を縛りつつ、ローズとの約束を果たす為、一人で<童話>を集めていたと!」


 マテスの名を聞いて桐子は瞬時にオクタビウスの目を見た。オクタビウスの目もかつて(過去)のマテスのように憎悪の色を宿している。


「お前はグリムアルムを騙して己の手中に収めたと思っているだろうが、私は騙されない! 我が愛しき友や愛弟子を殺したお前の全てを!」


 そう言い終わるやオクタビウスは手に持った枯れ枝を再び強く握り直すと、クラウンに高々と宣言した。


「決闘だ! <青髭>!! 今度こそ、お前をここで打つ!!」






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