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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第三幕
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019 <忠臣ヨハネス>  ― Ⅱ






 童話図書館に着いた桐子は息を整え、静かに図書館の扉を開いた。

 目の前に佇む大きな本棚の前で、ハンスが珍しく本の片付けをしている。正確にはハウストの家で手に入れた本を棚にしまい、手紙やカルテといった書き物を仕分ける作業をしていた。


「こんにちは」


「あら桐子、こんにちは。昨日は御免なさいね、帰りが遅くって」


「いいえ。ところでウィルは?」


 桐子を呼んだ肝心のウィルヘルムの影が何処にも無い。

不思議がる桐子に


「ウィルヘルムなら上よ」


と、ハンスは顎で二階を指した。(うなが)されるままに階段へと向かう桐子だが、ふとリヒャルトの顔を思い出して足を止める。


「そうだハンスさん。今日、気になることがありました」


 そうして桐子は学校の転校生リヒャルトと、ローズの記憶で見た<守護童話>オクタビウスの話をハンスにし始める。

 姿形は違うのだが、何処かオクタビウスと雰囲気が似ている謎の青年。と言う何とも不確かな話だが、胸の騒めきが収まらないのが気がかりだ。もしかすると<いばら姫>が何か訴えているのかもしれない。

 その不安を真剣に聞いてくれたハンスは赤い童話の本を取り出すと、あるページを開いて桐子に見せた。何ページにもわたって千切り取られたそのページには深紅の栞が挟まっている。栞も細かく破かれていたものを繋ぎ止めたように随分とボロボロであった。


「これは”兵士のグリムアルム”に(たく)していた封印の栞。そしてこのページには彼に仕えていた<童話>があったの。彼は<忠臣ヨハネス>。前まではここに封印されていたのだけれども、ハウストから本が戻ってきた時には既にこうして破られていた」


 ハンスの指が優しくページの(はし)をさすっている。ハンスもこの<童話>が何処にいるのか心配しているようだ。


 そんな彼らの神妙な話し声が耳に届いたのか、


「おー、なんだ桐子来てたのか! 上に来いよ」


と、明るく元気なウィルヘルムの声が二階の渡り廊下から降ってきた。


 ウィルヘルムを見上げる桐子にハンスは続けて言う。


「まあ、桐子が心配するように、その青年が“兵士のグリムアルム”に仕えていた<守護童話>だったとしたら、悪さをするような人ではないと思うわ。だけども周りの人たちが(<童話>)を認識しているという事は、彼も人に取り憑いているという事。

 明日は智菊と一緒に図書館にその彼を連れて来てちょうだい。本物かどうか確かめるから。もしも違っていたら……とっておきのケーキでおもてなししましょうね」


 桐子の不安を潰すように、ハンスはお茶目にウィンクする。険しくなっていた桐子の表情も柔らかく綻んで、力強く頷き返事をすると階段を勢いよく駆け上った。




「ウィル、今朝の話の続きは何だったの?」


「その前に見てくれ! 俺の新しい部屋!」


 二階に着いて早々にウィルヘルムはとある扉を開いてみせた。その扉は渡り廊下の突き当たり、吹き抜けのエントランスからもよく見える位置にある。


 開かれた扉の中はとても広く、しかし古びた荷物でごった返していた。落ち着いた真紅の壁紙と、アンティークな壁掛け時計。ベッドには天蓋も付いている。

 半年前、桐子が勝手に図書館に入り、興味惹かれた古びた机も今はこの部屋の中に仕舞われていた。


「いいんですか、ハンスさん?!! 貯蔵庫じゃなくってこっちを自分の部屋にすればいいのに」


 後から二階へと上ってきたハンスに驚きの声をかける桐子。しかし彼はいつものつまらなそうな顔をして頬杖をつきながら、


「私、狭い部屋の方がいいの」


と気だるげに答えた。


「それにこの部屋、長い事物置として使っていたから埃まみれなのよ。それならば人が入ったほうが綺麗に保てるでしょう?」


 彼の言うことには一理ある。現に物置部屋の名残で物は沢山積まれているのだが、細かなものはきちんと整理されている。本棚に収まりきれない本も一階の図書館とは違いお洒落な箱に収められているし、丁寧に埃を拭った跡もある。


「部屋の自慢がしたかったの?」


 少し呆れたように聞く桐子にハッと我に帰ったウィルヘルムは慌てて本題を切り出した。


「そうじゃなくって! クラウンが昨日から部屋に引きこもったまま出てこないんだ」


 確かに今日はクラウンの姿を見ていない。こうも大声で騒いだり、音を立てているというのにシャトンも姿を表さない。


「昨日の夜、誰かがクラウンを尋ねに来たの。それから黙りで」


「誰か?」


「それも分からないのよ。ベランダに人影があってね。それが人なのか<童話>なのかも」


「だから桐子から聞き出してくれないか」


 すっかり困り果てているウィルヘルムとハンスを見て、より心配になってきた桐子はかつてのウィルヘルムの部屋、子供部屋へと足を運んだ。





 二階の奥まった部屋に着くと、桐子は二回ほど扉を軽くノックする。


「クラウン、桐子だけど。いる?」


しばらく待つが返事はない。部屋の中に人がいる気配はするのだが、返事をする意思はないようだ。

 もう一度、今度は「一緒におやつを食べようよ」と楽しい誘いをかけるのだが、なんの反応も返ってこない。


「何かあったなら話してほしいな」


と甘えるような寂しい声で語りかけてもダンマリだ。


「桐子でもダメか」


 期待外れと腕を組むウィルヘルム。この状態では何をどう動かせばいいのか分からない桐子は、作戦を立てようと提案するハンスと共に一旦一階へと戻ることにした。




 一方、扉を隔てて子供部屋で聞き耳を立てていたシャトンは、遠のいて行く桐子達の足音に焦りを感じていた。


「桐子様が行ってしまいますよ? よろしいのですか?」


シャトンはベッドの上で膝を抱えるクラウンに問いかけるが、当のクラウンは顔を伏せたまま。


「シャトンだけ行けば?」


と、ぶっきらぼうにかえってくる返事にシャトンは耳をパタリと伏せた。


 膝を抱えて小さく縮こまるこの少女(クラウン)の正体が、自分の主人であるローズの仇、<青髭>と知ってシャトンもどう接すればいいのか分からなくなっていた。

 きっと恨むことが普通なのだろうが、愛する主であるローズと変わりない顔で目を赤く腫らすクラウンを見て、シャトンは桐子たちを追うことはせず彼女と同じように膝を抱えた。




「…………、シャトン、先生が言ったことは本当か? ハンスを殺したら<童話>が封印されるって言うのは」


 しばらくの沈黙が続いたのち、くぐもる声でクラウンは聞く。シャトンは(うつむ)きながら静かに答えた。


「ハンスの事は分かりませんが、<童話>たちの間では彼を殺せば自由になれると昔から言い伝えられております」


「とすると、先生はまだオイラに嘘を言っているかもしれないな」


 それとも、ハウストの遺言書のようにハンスに知らされていない秘密がまだあるのかもしれない。そう考えれば考えるほどに何もかもが分からなくなる。もう何も信じられない。そうとでも言うようにクラウンはより強く膝を抱き締めると、深く自分の殻に閉じこもってしまうのであった。



 結局その日はどんなに注力しても、桐子はクラウンを部屋から引きずり出すことはできなかった。桐子は力なく「また明日」と、扉越しのクラウンとシャトンに声をかけると、トボトボと自分の寮へと帰るのであった。




 * * *




 次の日、午前の授業が終わって体を伸ばす桐子と智菊。二人は食堂へ向かおうと席を立ち廊下に出た。階段を降りて前期教育部(中学生)との共通廊下を歩いていると、リュックを背負う子供達とすれ違う。


「前期組は午前授業で終わりだって。羨ましいぜ」


 智菊が口を尖らせて文句が出るほどに、すれ違う生徒達の顔は輝いていた。そんな彼女の不満を拭うように桐子は昨日のハンスの言葉を智菊に伝える。


「智菊、今日の放課後は何か予定ある? 図書館のオーナーさんがケーキ焼くからよかったら食べに来て、だって」


「え?! いいの!! 行くー!!」


即答する智菊の勢いに押される桐子。しかし、こんなにも喜んでくれるとは。


「そういえば、オーナーさんに会うの初めてだなぁ」


すっかり図書館へと心を飛ばす智菊の顔は、残りの授業を受けられるか心配なほどにとろけていた。


「よかったら転校生のリヒャルトも一緒にだって」


「おお! 歓迎会第二弾ですかにゃ」


 昨日の歓迎会の様子をそれはもう大々的に熱く語る智菊に、桐子も楽しそうに相槌を入れながら食堂への廊下を歩いて行った。しかし食堂までの最後の渡り廊下を前に「あ!」と大きな声を智菊があげる。


「お財布、教室に忘れてきちゃったー……急いで取ってくる!」


 慌てて体を(ひるがえ)し、走り去る智菊。その後ろ姿に「先に席、取っとくよー!」と桐子が声をかけると、智菊は走りながら「よろしく!」と同じく大声を上げながら手を振った。

 そんな彼女の背中を見送り、渡り廊下に足を踏み入れようとした。その時だ。


「フロイライン、桐子!」


と、彼女の背中に声をかける青年が現れた。


 振り返り、青年の顔を確認すると、それは昨日智菊に紹介されたあの転校生のリヒャルトだった。リヒャルトは智菊に向けた柔らかな微笑みを浮かべながら軽やかな足取りで桐子に近づく。


「リヒャルトさん、ちょうど良かった。昨日、図書館のオーナーさんにね貴方のお話をしたら会ってみたいって。智菊と一緒に遊びにおいでって言ってもらってるのだけど……」


「その必要は無いよ。智菊を危険な目に遭わせるわけにはいかない」


リヒャルトは桐子の前に立ち止まると、変わらぬ微笑みを浮かべたままに軽く彼女を見下ろした。

 彼の言う”危険“とは、どう言うことだろう。(いぶか)しむ桐子の気持ちも気にせずに、リヒャルトはいきなり彼女の両肩を強く掴んだ。


「<いばら姫>、無事だったんだね。ずっとキミを探していた」


彼の口から出た<童話(いばら姫)>の名前に桐子の顔がみるみると引き攣った。






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