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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第三幕
108/114

断片 <いばら姫>






 時は1943年。ローズたちが<青髭>の城に潜入する前まで(さかのぼ)る。

老夫婦がプフルーク家に助けを乞い、<青髭>退治にグリムアルムたちを招集する為、シャトンはローズの手紙を持ってミュンヘンのとあるギムナジウムに忍び込んでいた。


 朝早くから学生たちが廊下を行き来する中、シャトンは目当ての人物を見つけると己のプライドをかなぐり捨てて何度も彼に頭を下げた。


「どうか力を貸してはくれまいか! フェルベルト様は先日の空襲で傷ついた人々の保護をしておりますゆえ、直ぐには<青髭>退治に来れないのです! どうか代わりに来ていただきたく!!」


「申し訳ないが、これから大事な講義がある。お引き取り願おうか」


 語気を強く話す青年は麻くずのようなプラチナブロンドからのぞかせる深い緑の瞳でシャトンを冷たく見下ろした。青年、カール・ディートマー・ハウストは歩みを止める事なく階段を素早く駆け下りる。


「!! キサマッ! 人の命がかかっているというのにその態度! それでも人を助ける医師を志す人間か!!」


「あぁ、そうだが? だから私はこれからの事を考えて自分の勉学を優先するのだよ。その方が今の一人よりも今後の大勢を救うことができる。それに、もう既にズィゲートとリッツが向かっているのだろう? <青髭>を倒すのではなく、被害者を助けるだけならば彼らだけで十分だろう。私が行ったところで足手まといになる」


「それでも数は多いに越したことはないとっ!」


「あいにく私は君の主人のような善人ではない。どうかお引き取り願おうか」


 <童話>相手に怯む事なく威圧的な態度を取るカールにシャトンはグッと言葉を詰まらせ顎を引いた。

 彼は(よわい)十五にして既にグリムアルムとしての貫禄が出ている。シャトンもすっかり毒蛇に睨まれたように耳を畳んで恐れるようにハウストを見上げていた。

 これ以上、時間をかけても彼は動くことはないだろう。シャトンは腑に落ちないといった顔をしながらも一礼すると、ピュッと風のようにその場を去った。




 しかし物事はカールの思っていた通りの事態にはならなかった。結果としてズィゲートとリッツ、そしてローズ・プフルークは<青髭>に鉢合わせてしまい、命を落とした。


 その結果をカールが知ったのは彼らが亡くなって直ぐの事。当時のハンスに仕えていた小人の<童話(アルベリッヒ)>が異変に気づき、カールとフェルベルトに自身の手下を向かわせた。普段とは違う<童話>たちの動きにカールも最悪の事態を想像して急いで<青髭>の城へと向かう。




 カールが村に着いた頃、すでに日は沈みかけており辺りは朱色の明かりに包まれていた。


「カール! 久しぶりだな! キミも来てくれたのか!」


ちょうど反対の道から古ぼけた外套を着た三十代ぐらいの男が元気よく腕を振って現れた。


「フェルベルト卿……」


 普段から気難しい顔をしているカールの顔がフェルベルト卿を見た途端、より一層面倒臭そうに眉間の皺を深くする。しかしフェルベルト卿はそんな変化にも気が付かず、久しぶりに会うカールに向かってにっこりと良い笑顔を見せつけた。


「フェルベルト卿にも連絡が行きましたか。ハンスに憑けていた<童話(アルベリッヒ)>曰く、栞が幾つか破られたそうです」


 “封印の栞”が幾つも破られることは今までに一度もなかった。その異常性にフェルベルトも怪訝な顔をする。


「急ごう。何か悪い予感がする」


 二人は<童話>の残り香を頼りに一つの奇妙な古城をすぐに見つけた。屋敷の半分は瓦礫となって崩れているが、もう半分は玄関を含めて崩れる事なく建っている。外堀にかけられた石橋の前には綱に繋がれた四頭の馬。そして石橋の上には血の引きずり痕が残る麻袋が転がっていた。

 カールはすぐさまに袋を開けて中身を確認するが、もう既に息を引き取った村娘が入っているだけだった。


「彼女はプフルーク嬢の言っていた依頼主の娘さんか?」


「恐らく……。死亡してからだいぶ経っている」


 引き摺った跡があると言う事は、誰かが屋敷の中から連れ出したと言う事。だがその誰かの気配が何処にも感じられない。

 いったい何があったのか。<童話>の気配はしないが二人は慎重に屋敷の中へと入っていく。



 入って早々に目にしたのは玄関ホールに広がる血溜まりと階段から滴り落ちる血痕。階段の下には柔らな雰囲気が特徴的なリッツ青年が、全てを失った顔をして項垂れている姿を発見する。

 胸からバッサリと斬られた傷口からの大量出血。カールがそう検死している間にも二階へと続く階段の途中には、腹を()(さば)かれたズィゲートが転がっているのをフェルベルト卿が目にして言葉を失っていた。


「なんて……(むご)い」


 自分の胸の前で十字を切り、仲間の死を痛く悲しむフェルベルトとは別にカールは淡々と遺体の状況を確認する。


「兵士の栞は無事だ。<童話(オクタビウス)>もちゃんと中に封印されている。しかし猟師の栞の方は破られていた。<童話(精霊)>も居ない。妙だ……」


「確かに。猟師の<童話>は何処に」


「そこじゃない」


カールは咄嗟に声を荒立てて反論する。


「ハンスの<童話>は()()()()()が破られたと言っていた。一枚破れたぐらいではあんな慌てた連絡をよこさない。幾つかと言っても多くて二枚。しかしここにある兵士の栞は破れていない。それに建物の入り口には馬が四頭もいた。多過ぎやしないか?」


 そこで二人はまさかっと顔を見合わせると、屋敷の中にまで溢れかえる瓦礫に目をやった。

二人は急いで瓦礫の山をよじ登ると、頂上にはこれまで見てきたどんなモノよりも残酷な光景が広がっていた。


「カール! 見るんじゃない!!」


 咄嗟にフェルベルト卿がカールの行手を遮ろうと手をかざす。しかしカールはその目で見てしまった。原型を保てない程に損壊したローズの亡骸を。


「ローゼ……?」


 医学の道を目指すカールも本の中ではあるが、いくつもの解剖学の写真は見てきた。ここに来るまでにリッツやズィゲートの遺体も見たが、彼女は違う。

 数ヶ月前のあの日、あの夜、共に食卓を囲い、子供に子守唄を歌って聴かせていた少女の姿はどこにもない。手足はズタズタに切り裂かれ、美しい瞳も()がれて胸には大きく穴が空いている。その少女の変わり果てた姿にカールも思わず狼狽えた。


「これが……これがあの娘なのか……? いったい何が起きたんだ!!」


「カール! 落ち着きなさい!」


遺体に聞いても答えはなく、<青髭>の臭いもどこにもない。逃げられてしまったのか。だとしたら一体どこに……




 沈みゆく夕陽を見送りながら、カールとフェルベルト卿は仲間の亡骸と、地下室に向かう階段の下に転がっていた二人分の麻袋を馬車の荷台に積み込んでいた。


「カール、絶対に僕たちで<青髭>を捕まえよう。そして僕たちの代でこんな争いを終わらせるんだ」


 麻袋の口をキツく絞めながら、フェルベルト卿は悲しみと怒りを滲ませた決意の言葉をカールにかける。だがカールはなにも言い返さずにただじっとローズの亡骸を見つめて、そして静かに袋の紐を閉めるのであった。






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