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グリムアルム  作者: 赤井家鴨
第三幕
104/114

018 <森の中のおばあさん> ― Ⅱ






 (しばら)くするとハウストの屋敷が見えて来た。破壊された二階の窓にはブルーシートがかけられており、解体の日付が書かれた看板も玄関先に立っている。

 ハンスはキーケースから古びた鍵を一本取り出すと深くため息をついて鍵を握った。


「部屋の片付けは業者に頼んでいるけれど、グリム童話なんかの捨てては困る資料があるかもしれないから。必要だと思う物だけでも片付けましょう」


 まるで自分に言い聞かせるかの様に覚悟を決めると、ハンスは手際よく玄関扉を開けてズカズカと屋敷の中へと入った。


 ハンスが手始めに開いたのは入り口からすぐ近くにある診療室。しかし医者としての仕事はすでに畳んでいたのか、物はほとんど残っていない。資料室と思われる奥の扉を開けば小さな戸棚があるだけで、取り残された医学の本や昔の小説が数冊だけ置いてあるだけだった。


「今まで見てきた<童話>に関する患者の記録があったら持ってきてちょうだい」


 戸棚の下についている引き出しを躊躇(ちゅうちょ)なく(あさ)るハンスの後ろ姿に、クラウンは若干押されながらも恐る恐ると声をかけた。


「なあ、ハンスとハウスト家って遠い親戚なんだよな? どう言う繋がりなんだ?」


「私の曾々々々(ひいひいひいひい)お婆様とあの人の曾々々(ひいひいひい)お婆様が姉妹なんですって。そこからの血縁だから、ほとんど他人よ」


 ハンスはクラウンの方に振り向くことなく、引き出しの最下段から大量の紙の束を見つけると乱雑に取り出して目を通す。医者の免許認定書や大量に仕分けられたファイル。バラバラに混ざった患者らしい人物の白黒写真も挟まっている。

 その中からハンスは比較的真新しいカルテを数冊開いた。




[村で肝試しをしていた男性。向上心が強くて欲深い。そのせいで盲目的なところがある。<メクラトカゲ>をつけてみた。結果、自分で改善する前に何者かに襲われた]


[パトリック、男性。探究心が強く自分の力だけでグリムアルムを探し出したのには感心する。自分の臆病な性格を改善する為に<童話>を利用しようとした。よって<若い大男>を憑けてみた。しかし自分から気づく可能性は低い]




 その他にも<童話>を憑けた患者のカルテが何冊も呆れるぐらいに見つかった。しかもどのカルテにも随分とお節介なことが書いてある。これ以上読んでも時間の無駄だと判断したハンスは、まとめてカルテを鞄に突っ込むと次は二階へと足を運んだ。




 階段を上がってすぐ(そば)の扉を開くと、これまた大きな書斎室があった。緑深い森の絵が描かれた壁紙が印象的な部屋である。

 この本棚には主に童話や神話と言った御伽噺(おとぎばなし)の本が多く納められており、本以外にもオペラや民謡のレコードも集められている。クラウンはお宝を見るかの様にレコードを指の上に置くと、物珍しそうに眺めていた。

 そんな彼女をよそにハンスは机の引き代を勢いよく開けて何か<童話>に関する日記がないかと吟味(ぎんみ)する。だが彼が見つけたのは日記ではなく(いくつ)つもの封筒であった。ハンスは一瞬迷いながらも、開かれた封筒から手紙を取り出す。




[お久しぶりです。忙しい日が続きました。ディートマーも病気無くすくすくと育っております]


 ディートマーとはカールのミドルネームだ。ハンスは途中まで手紙を読むと、別の手紙にも軽く目を通す。


[いかがお過ごしですか? 毎日物騒なニュースばかりを耳にして心配しております]


[家の前の川に氷が薄く貼りました。

あんなに嫌いだった村の冬が懐かしく思えます]




 どの手紙もたわいない内容が続く。もう何枚か手紙をめくると、封筒からひらりと何かが落ちた。拾い上げれば若い女性の写真である。ボサボサ頭の赤髪の女性が幸せそうな顔をして洗濯物を干している姿が写っていた。ハンスはこの女性をどこかで見た気がしたのだが、その既視感(きしかん)がどこから来るものかを思い起こしていると、


「おいハンス! こっちに来てくれ!!」


と慌てたクラウンの声に現実へと呼び戻されてしまった。

 ハンスは急いで手紙と写真を鞄にしまうと、クラウンの元へと駆け寄った。彼女は廊下に体を半分だけ出しながら、警戒するように書斎室から三番目にある扉に目線を送っていた。


「あの部屋へと<童話>が入って行く気配を強く感じた。あそこはなんの部屋だ?」


クラウンは強い眼差しでハンスを見て、使命に駆られた表情をする。

 彼女も先生や<青髭>などの<童話>の呪縛から離れて無関係な立場になれたというのに、目の前の<童話>を見過ごす事はできないようだ。


 ハンスはクラウンが指差す先を見て、


「あそこは……」


と嫌そうに声を(ひね)り出した。


 そこはあの夜、クラウンがカールを殺してしまった食堂であった。部屋の中はブルーシートから透ける光でうっすらと青く染まっている。しかし部屋の物たちはあの日から時を止め、瓦礫で荒れたままだった。

 久しぶりに来たその部屋にクラウンの心も締め付けられ、<童話>の気配が身を潜めてしまったことに気がつかない。

 代わりにハンスがクスクスと何かが囁くような笑い声に気がついた。それは沢山の蝋燭が並べられた暖炉の上にある絵画の裏側から聞こえてくる。慎重に絵画を触るが、<童話>に触られた時の嫌な感覚は無い。意を決して絵画を外すと、壁に小さな金庫が埋め込まれているのを発見した。


「何があった?」


 気合を入れ直したクラウンがハンスの横に立ち、彼と壁を見上げている。


「隠し金庫があったけど、鍵がかかっていて中が確認できないわ」


金庫には鍵穴が一つだけ空いており、それ以外には取っ手も何も付いていない。


「<童話>の臭いが中からする……鍵を探そう!」


 そう言うとクラウンは暖炉の周りに配置されている棚の上を見回した。だが逆にハンスはしばらく考えたのちに彼の髪留めに使っていた赤いリボンとフクロウのブローチを取り外す。


「……? なんだそれ。おもちゃの鍵か?」


 クラウンはハンスの手に収まっている金色のフクロウのブローチに注目する。フクロウの足には止まり木のように掴まれた小さい金の鍵が付いており、ハンスはその鍵を(つま)んで外した。


「これは昔カールの召使からもらった鍵で……」


 そう言いながら金庫の鍵穴に鍵をはめるが、サイズが明らかに合っていない。しかし鍵をくるりと回すとカチッと軽い音が響いた。


「開いた」


クラウンが思わず驚きの声を小さく上げた。





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