冒険者ギルドへ
ロライアン様達が来てから、早二ヶ月が経った。
彼は私の勉強を見る傍ら、ここビシャルゼの良くない点を改善するべく動いている。
けれどそれは決して元々の領主であるビシャールゼル家の者を無視するやり方ではなく、いちいち私に提案し、許可を求めてくるのだ。
でも私にその許可が出せるわけはなく、『しばし考慮します』と言って保留にしてはレイディアさんに報告し、それを聞いたレイディアさんが憤り、自らロライアン様に話に行く、という事を繰り返しているが、ロライアン様の提案をはね除けるだけの真っ当な理由を持たないレイディアさんはいつも論破され、結局許可を出しては『悔しい~~!!』と私に愚痴りにくる。
中でも一番激しく悔しがっていたのは、グレイさんの件だった。
レイディアさんは『ロライアン様は獣人がお嫌いで、同じ館にいるのも嫌だと言って追放しましたの! グレイはわたくしの家族でしたのに!』と言って涙も出さずに泣いていた。
でもそのレイディアさんの言葉を、もう鵜呑みにする事のなかった私は、翌日不自然でないようにグレイさんについてロライアン様に尋ねた。
すると、衝撃的な返事か返ってきた。
グレイさんはなんと実は奴隷で、しかも"獣人狩り"という不当な手段でその身分に落とされていた人だったらしく、ロライアン様は提案について話に行ったレイディアさんから問答無用で取り上げたようだ。
グレイさんは今、自身の希望で故郷へと馬車で送られているらしい。
……私が見たあの時の行為は、奴隷として強いられたものだったのかもしれないと思うと、胸が痛い。
これからは故郷で、幸せに生きて欲しいと思う。
「さて、休憩はここまでです、レイディア嬢。勉強を再開しましょう」
「あっ、はい! わかりましたわ」
「では続きから。先程のページを開いて下さい」
「はい」
ロライアン様から発せられた声に、私は手にしていたカップをメイドさんに預け、意識を机の上にある教材へと向け、指定されたページを開いた。
ロライアン様から教わる勉強は、領地運営に関するものがほとんどで、その他の事はあまり教えて貰えなかった。
考えてみれば彼はそれを補佐する為に来ているのだからそうなって当然なのだけれど、自分自身には不要なそれよりも、必要な事を多く学びたいと、どうしても思ってしまう。
故に、私は夜に自室で、自主的に学ぶ事にした。
この領主館の資料室兼図書室には、膨大な量の本がある。
そこから他国の事が書かれた本や魔法について書かれた本を借りて読み漁っているのだ。
おかげで、知識だけは増えたと思う。
あとは、実際に魔法を使う機会が増えればなぁと思うんだけど、こればかりは、どうしようもない。
☆ ★ ☆ ★ ☆
あれから一週間が経った。
最初に言っていた通りに、ロライアン様は今朝早く、ご自分の領地の様子を見に帰られた。
数日間は戻らないらしい。
それをチャンスと見たのか、レイディアさんは仮の婚約者の青年をビシャルゼに招いたらしい。
そして、接待は自分がするからと、私にお休みをくれた。
そこで私は、こっそりと領主館を抜け出し、とある場所へとやって来た。
目的地となる建物を前にして、ごくりと喉を鳴らす。
ダークブラウンのレンガで作られたその建物は大きく、緊張の為か、どこか威圧感を放っているように見える。
「……えぇい、いつまでもこうして見てても仕方ない! 女は度胸! いざ!」
そう言って自分を励まし、入り口の扉を強張った顔で睨み付けると、そこへ向かって私は一歩を踏み出した。
私が特性を持つ光魔法と水魔法は、支援と回復が主体となる魔法。
華々しい活躍はできないけれど、パーティーの中に一人は欲しい人材だろう。
問題は、それらの魔法の、初歩しか使えない私とパーティーを組んでくれる人がいるかどうかだけど……いてくれると、信じたい。
冒険者登録をし、パーティーを組んで貰い、依頼を受け、実際に魔法を使って、上達を目指すんだ!
役に立たないうちは報酬はいらないとでも言えば、組んでくれる人はきっといるはず!
何しろ、私はお金には困ってないんだし!
特殊能力である"常に富豪"というのがどういう事かはまだわかってはいないけど、あの布袋に入っていたお金の額は既に知る事ができている。
なんと、十億円もあったのだ。
知った時は驚きのあまり、『え? 私いつのまにか宝くじにでも当たってたの?』と呟き、しばし呆然と現実逃避をしてしまった。
こんな大金を持ち歩くのは怖いが、部屋に置いて置くのも怖い為、金額の事はなるべく意識の外に追いやる事にして持ち歩いている。
とにかくそんなわけで、収入はなくても構わない。
目的はただひとつ、魔法の上達のみ!
さあ、どなたか、初歩の支援と回復魔法が使える初心者でもパーティーに欲しい方、いませんか~~!!
心の中でそう声を上げながら、私は冒険者ギルドの中へと入って行った。