帰宅後に
セレヴィン視点です
ツキハと別れて先に帰り、ロライアン様の執務室へ行くと、そこには苦笑にも見える笑みを浮かべたロライアン様と、不機嫌を隠さない顔をしたシグルトがいた。
視線だけで軽く室内を見回すも、あの女の姿はない。
「お帰りセレヴィン。彼女なら、既に丁重にお帰りいただいたよ。シグルトから話は聞いたからね。二度と私達の前に現れる事はないようによく話しておいたから、安心するといい」
「は、只今帰りました。……申し訳ございません。お手数をおかけ致しました」
「構わないよ。私の大切な臣である君の"一番大切なもの"を侮辱し、君が周囲を省みる事もないほどに怒らせたというのなら、私とて許せる事ではないからね。気にしなくていい」
「は、ありがとうございます。……シグルトも、さっきは悪かった」
ロライアン様に一礼してシグルトに向き直れば、シグルトは、ばっ、と音がしそうなほど勢いよく俺に向き合い、睨み付けた。
「ああ、そうだな! 悪いな!」
「……すまない。あの女は、やはり暴れたか? 手間をかけた。本当にすなかった」
「そうじゃない! あの女はやかましかったが無視して無理矢理引きずってきたからそれはいい! それよりも、だ!! すぐ目の前にいたってのに、それでもお前の"一番大切なもの"を俺に紹介せずにさっさと連れ去るとはどういう事だ!! 親友の俺に!! 一体いつになったら紹介するつもりだ!!」
「! …………すまない。紹介は…………難しい。ちょっと、事情があってな。すまない。ロライアンも……申し訳ありません」
「そんな事はわかってる! お前、俺やロライアン様がそこまで鈍いとでも思ってるのか!?」
「は?」
「セレヴィン。私達とて、気づいているんだよ。ばったりレイディア孃に会って冷めた対応をされたすぐ後、階下など別の場所で"レイディア孃"に会い穏やかに会話を交わすんだ。違和感を感じないほうがおかしいだろう?」
「……昼間、"レイディア孃"にロライアン様が領地について新たな政策を提案し『検討します』と言われたあと、その夜にレイディア孃が嫌悪を露に拒絶してきたりな。何回もあれを見て気づかなきゃ馬鹿だろう。お前だってそう思うだろうに、セレヴィン」
「それは…………確かに。けれど、それと、彼女が俺の大切なものだと気づくのは、また別」
「ああ、それはね。君の態度だよ、セレヴィン。いつからか、君の"レイディア孃"に対する態度がね。なんというか……長時間一緒にいると、胸焼けがしてくるね」
「!」
「で? それを踏まえて、もう一度聞くぞセレヴィン。いつになったら、俺とロライアン様にツキハちゃんを紹介するつもりだ?」
「!? 何故、ツキハの名を」
「ふ。君は昔から、時々寝言で呼んでいるんだよ、セレヴィン」
「少し前までは、『ツキハ、必ず会いに行く。待っていてくれ』って懇願してたけど、今は『ツキハ可愛い』だの『ツキハ愛してる』だの……うっかり寝言聞くと砂を吐きそうだぜ」
「!!!」
「ふふ、顔が真っ赤だね。君のそんな顔は初めて見るね」
「ですね。貴重だ」
「う……」
突然知らされた衝撃の事実に、激しい羞恥といたたまれなさを感じ、片手で顔を覆って俯く。
……全然、知らなかった……。
「セレヴィン。この地にいる間は、万に一でもレイディア孃に気づかれればツキハさんが危険だろうから仕方がないが、いずれ領地に戻る事になったら、その時はきちんとツキハさんとして紹介しておくれ」
「そうだな。勿論、領地に一緒に連れて帰るんだろ? セレヴィン? 仕方ないから、それまでは我慢してやる」
「……ああ、わかった。すまないな、シグルト。領地に戻りましたら、きちんとツキハをご紹介致します、ロライアン様」
顔の熱はまだ引かなかったが、それでも顔を上げそう告げると、二人は満足そうに、深く頷いてくれた。




