崩れた案件と少女の失敗
無事にファイティングラビットを六匹倒した私は、セレヴィンさん改めレヴィさんと手を繋ぎ、ギルドに依頼達成の報告をすべく街を歩く。
けれど頭の中はこれからどうするかという考えでいっぱいだった。
何しろ、この世界に来た最大の目的であるレヴィが見つかってしまったのだ。
いずれこのビシャールゼルを出て、レヴィを探して世界中を旅して歩くという生活案は早々に崩れ去ってしまった。
本当にどうしよう。
まあ、いずれ生活の場所をロライアン様の領地に移すのだけは決定事項である。
レヴィさんはロライアン様の従者を辞すとか言っていたけど、それは絶対に阻止する、断固反対だ。
だって、見ていればわかる。
レヴィさんとシグルトさんの友情は本物だし、ロライアン様の事だって主として慕っているのだから。
なのに私のせいでその二人と離れるなんて、絶対にさせられない。
私はレヴィに、レヴィさんに会ってその幸せな姿を見る為にこの世界に来たのだから。
だから、ロライアン様達が役目を終えてビシャールゼルを離れ、領地に戻る時にはレヴィさんにも一緒に戻って貰って、私は少し離れてこっそりそれに着いて行くとして、問題は仕事だ。
その時にはもう、私は勿論レイディアさんではなく、ちゃんと自分の姿で生活するんだけど、髪と目の色こそ違うものの、私とレイディアさんはそっくりの容姿をしている。
ロライアン様やシグルトさんには見つからないほうがいい。
だから、あまり人目につかない裏方の仕事か、ひとつ所に留まらない仕事を探さなくちゃなんだけど……裏方の仕事で、私ができるものって何があるだろう?
料理店でひたすらお皿洗いとか?
宿屋とかで掃除婦とか、洗濯婦とか?
それとも……やっぱり、冒険者?
賃金に関しては、別にいくらでもいい。
極端だけど、なくても構わない。
だって、私の特殊能力は、"常に富豪"だ。
これは、私の所持金が常に十億円ある、という事だったようだ。
私が、買い物などでたとえ幾ら使ったとしても、半日後には所持金がきっちり十億円に戻っている。
あの襲撃事件の後、落ち着いた頃にふと特殊能力の事が気になって、この世界での私のお財布らしい桃色の袋を覗き込めば、そこには元通り大量のお金が入っていて、驚いた私はどういう事かを検証する事にした。
結果、ちょっとした買い食いなど、些細な買い物で少量のお金を使った場合は、一時間が経てば元に戻るが、大量のお金を使った場合は、その金額に応じて元に戻る時間はかかるという事が判明したのだ。
その時間は最大で半日。
一瞬、このお金は一体どこからどのように私のお財布の中へと来ているのかという疑問が沸いたけれど、それは考えない事にした。
だって……考えると、怖いし……。
いや、きっと、あの神様からの贈り物なのだ、あの神様は超大金持ちな神様だったのだ、そうに違いない、うん。
私はそう思い込む事にした。
さて、そんなわけで、私は別に働かずとも生活に支障はなく生きていける。
けれど、だからといって、働かずに遊んで暮らすのは、幾らなんでもダメ人間すぎるだろう。
毎日が暇になっちゃうだろうし。
いっそ、あんまり目立たない場所で何かお店をやるのもいいかもしれない。
別に売れなくても困らないし、知る人ぞ知る的なお店とか。
ロライアン様やシグルトさんが絶対に来ないような…………んっ?
「レヴィさん?」
考え事をしながら歩いていた私は突然腕を引かれ、一歩前に出たレヴィさんを見た。
その顔は厳しい眼差しをたたえ、まっすぐ前を見据えている。
「あ」
一体何が、と思ってその視線を辿れば、すぐにその理由は判明した。
私達の正面には、金髪をツインテールにした少女が立っていたのだ。
「……どういう事ですのセレヴィン様。その子は誰? その繋いだ手は、何ですの?」
「俺の恋人だが、それが何か? 君には関係のない事だ」
「え?」
こ、恋人?
わ、私が、レヴィさんの??
え…………え?
いや、そういえば確かに、レヴィさんにさっきす、好きだとか、あ、愛してるとか言われたけど、私も兄や弟には思えないって言ったけど、え?
こ、恋人なの私達?
い、いつから?
「こ、恋人ですって!? か、関係ないですって!? 何を言っているんですの!! 貴方の恋人は、この私ではありませんか!!」
顔を真っ赤にして口をぱくぱくする私の正面で、同じように顔を真っ赤にした少女がそう叫ぶ。
次いで、般若の形相で私を睨み付けた。
「貴女ですわね……貴女が私のセレヴィン様をたぶらかしたんですのね!! この、身の程を知らない売女がっ!!」
「え」
続いてそう叫び、私へ駆け寄ろうとした少女は、けれどそれは叶わずに、地面からシャッと一瞬で伸びた黒い影に全身を拘束された。
「い、嫌っっ……な、何ですの、これっ!?」
「売女。……俺のツキハを、売女、と? ……そう言ったのか、今?」
「っ、セ、セレヴィン様……っ!? きゃあっ!?」
「レヴィさん……?」
わかる……あの黒い影、動かしているのはレヴィさんの魔力だ。
レヴィさんも、水魔法以外も使えたんだ……。
って、そうじゃない、止めないと!
あの黒い影、まだぐるぐる動いて、あのままじゃあの子頭まで覆われちゃうよ……!!
「レヴィさ」
「お、おいセレヴィン! やっぱりお前か! ストップストップ! そこまでだ!!」
「っ!」
シグルトさんだ!
まずい……この姿で会うわけにはいかないよ……!
でも、レヴィさんを放ってはおけないし……!
「……シグルト」
「どうしたんだ!? いつもは何言われてもスルーして相手にもしてないだろう!? なのに何やってんだ!? 何があった!?」
「……。……何も。ただ、俺の一番大事なものを侮辱されただけだ」
「お前の、一番大事なもの……?」
レヴィさんがそう言うと、少女を拘束していた黒い影が消えていき、少女はそのまま地面に倒れた。
そしてレヴィさんは、少女の向こう側からやって来たシグルトさんから私が見えないように背で隠すと、片手でそっと私を押し、もう片方の手で私の手を掴んだ。
「もう行く。悪いが、あとは頼んだ」
「は? あっ、おい!! 待て、セレヴィン!!」
走り出したレヴィさんは、後ろから呼び止めるシグルトさんの声にも足を止めない。
「レ、レヴィさん、いいの……!? シグルトさんがっ」
「いい。今シグルトに会うわけにはいかないだろう。あいつには館に帰った後、俺がしっかり謝るさ」
「う……ご、ごめんね、レヴィさん」
「構わない。……元々、俺が持ち込んだ問題だからな。避けていれば帰るだろうと放置したのが悪かったんだ。帰ったらすぐ片付けるさ。……ツキハを侮辱したんだ、二度と顔を見せないようにしておく」
「え、お、穏便にね……?」
「……。善処する。ああそれと、さっきの"俺の恋人"っていうのは、未来の話だから。まだ、気にしなくてもいいからな」
「え」
む、無理だよ、気になるよ、レヴィさん……っ。




