一人の休日
前回の休日から十日、私は冒険者ギルドの酒場でセレヴィンさんを待っていた。
来るかなぁ、という不安はある。
何しろ、もう三日は彼の姿を一切見ていないのだ。
あの女の子に追いかけ回されたセレヴィンさんは、最初こそいつものように食事を毎食一緒にとってたり、シグルトさんと二人揃って訓練に来てくれたりしていたが、あの女の子が乱入しまとわりつくのに辟易したせいか、すぐに訓練に来なくなり、次第に食事を共にする回数も減っていき、ついには一日に一回、顔を見る事すらなくなってしまっていた。
だから休日の今日も、約束通り一緒に依頼をこなす為にギルドに来てくれるかどうか、わからない。
何しろ、当然今日もまだ一度も姿を見ていないのだ。
セレヴィンさんが約束を破るなんて事はないとは思うけれど、あの女の子をまくことができなかったら、来るのは難しいだろう。
……もし来なかったら、どうしようかな……。
さっき依頼を確認したら、今日は魔物退治や護衛といった、戦闘が絡むものしかないようだった。
他の比較的安全なものは、他の冒険者さんの誰かが既に受けてしまったのだろう。
自分一人で危険な依頼を受けた事はまだないから、凄く不安だけど……でも私は、いずれはレヴィを探す為に一人で旅をしなければならない身だ。
となれば勿論戦闘だって一人でしなければならないだろう。
その時の為に、この辺りにいる魔物の中で、比較的弱いものの退治の依頼を受けて、慣れておかなければならない、かな。
「…………よし」
いつまでもこうしていても仕方ない。
覚悟を決めて、依頼を選んで受けよう!
そう決めて、私は再び依頼ボードの前に向かった。
改めてそれを隅から隅まで眺め、自分一人でも倒せそうなものを退治依頼の中から吟味する。
「う~ん……」
森に出る植物系の魔物は却下だ。
水魔法とは相性が悪いし、光魔法はまだ威力に不安がある。
だとすると、平原に出る魔物…………あ、ファイティングラビットとカジリコラットがある……このへんならなんとかなるかな?
ファイティングラビットは飛び蹴りや頭突きをしてくる好戦的なウサギ型の魔物で、カジリコラットは立派な前歯で何でもかじっとしまう魔物だ。
どちらも戦闘に不慣れな駆け出し冒険者用の退治依頼と言われるほど、大して強くない魔物だった。
一人の戦闘は初めてだし、ちょうどいいかもしれない。
私はその二枚の依頼書をボードから剥がすと受付に向かいそれを受け、平原へと歩いて行った。
★ ☆ ★ ☆ ★
「水よ、我が敵を打て! ウォーターボール!」
見つけたファイティングラビットに向かい、水魔法を放つ。
二匹いたうちの一匹目は、こちらに気づかれる前に攻撃ができ、奇襲となって難なく倒せた。
けれど、それによって気づかれた、二匹目には。
「ああっ、また避けられた……!!」
放った魔法を、ことごとく避けられていた。
そして間合いを詰めてくるファイティングラビットから必死に距離を取り、改めて魔法を放ち、けれどまた避けられて間合いを詰められ、それから逃げて……を繰り返している。
このままではまずい。
私の体力にも魔力にも限界があるし、倒せなければ依頼失敗となってしまう。
「でも、どうしてここまで当たらないんだろう?」
ファイティングラビットと戦うのは初めてではない。
セレヴィンさんと一緒にではあるけれど、ちゃんと自分で魔法を当てて倒せている。
でも、何故か……そう、何故か、今日のファイティングラビットは今まで倒してきたそれよりも動きが速いような気がする。
外見は今までのと全く変わったところはないし、上位種と呼ばれるランクの違うものでもない、普通のファイティングラビットなはずなのに……。
なのに、どうしてこうも…………って…………いや、え、まさか。
も、もしかして、今までのって、セレヴィンさんが、何かしてたっ!?
私が退治できるように、ファイティングラビットの動きが遅くなるような何かを、してたっ!?
「う、嘘……だとしたら……」
今までとは違う、何かしらの工夫をしなければ、私一人ではまだ、倒せない、という事に……。
う、うわわわわわっ、どうしよう!?
工夫って、何をどうしたらいいっ!?
ウォーターボールじゃ、何発打っても避けられる。
なら、違う魔法を…………う~ん、何がいいだろう?
ファイティングラビットはさっきから、ウォーターボールを避けては、こちらに真っ直ぐ向かって間合いを詰めてくるよね……。
……んっ、真っ直ぐ、に?
なら、そこを向かい打てばいいんじゃ?
とはいっても、ウォーターボールではきっとまた避けられるから…………他の魔法、他の魔法…………。
………………そうだっ!
「光よ、我が敵を貫け! レザービーム!!」
私は右手で正面からファイティングラビットを指差し、そう唱えた。
次の瞬間、指先から光の光線が伸びて、ファイティングラビットのおでこを貫いた。
ファイティングラビットはその場に倒れて、動かなくなる。
「はあ……討伐完了……良かったぁ」
それを見てホッとした私はそう呟き、地面にへたりこんだ。
しばらくそのままファイティングラビットをじっと見つめて、ぴくりとも動かない事を確認し、足に力を入れ、再び立ち上がる。
そしてその亡骸を回収しようと一歩を踏み出そうとした、その時。
「ツキハ!」
「え?」
突然呼ばれた名前に振り返る。
と、そこには。
「あ……セレヴィンさん……」
荒々しく息を乱し、顔を歪めているセレヴィンさんの姿があった。




