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日常となったそれ

 セレヴィンさんは宣言通り、数日が経っても誰にも何も言わなかったし、館でもこれまで通りに接してきた為、私が冒険者をしている事は、他の誰にも知られる事はなかった。

 私はその事に心底ホッとして、漸く今だ少し残っていた疑念と警戒を解く事ができたのだった。

 そして再び巡ってきた何度目かのお休みの日、私はまたそっと館を抜け出した。

 冒険者ギルドへ行き、セレヴィンさんと合流し、掲示板の前で受ける依頼を話し合って決定し、それをこなしに行く。

 魔物退治の依頼だとセレヴィンさんがほぼ一人で終わらせてしまうので、他に魔法が必要そうな依頼があった場合、私はそれを受けたいとセレヴィンさんに訴える。

 するとセレヴィンさんは二つ返事で了承してくれるので、私もちゃんと役に立てる依頼が受けられるなら、セレヴィンさんとのパーティーも悪くないと思えてきた。

 ただひとつ、ちょっとだけ困っていた事があったりもしたんだけどね。


「ツキハ、それ美味しそうだな? 一口くれないか」

「え、また? まあいいけど。どうぞ?」

「ありがとう。じゃあ、ん」

「へ? ……ええ、またあ? もう……何て言うか、セレヴィンさんて本当、意外に甘えん坊だよね」


 今日も依頼を終えた後、ギルドの酒場で遅めの昼食を取っていると、セレヴィンさんは私の食べてる料理をねだり出した。

 セレヴィンさんはよくこうして甘えたように『一口だけ』とねだってくるのだ。

 それについては別に構わないからすんなり頷くんだけど、問題はその後なわけで。

 なんとセレヴィンさんは自分で私のお皿に手を伸ばさずに、ただ口を開けて待つだけなのだ。

 それはつまり、私が食べさせるという行為に繋がり、端から見たら熱々の恋人同士にも見えるらしく、気がつけば私達は、ギルドの職員さんや他の冒険者さん達から生暖かい目で見られていた。

 それを知った私は慌てて否定したけれど、それはむしろ逆効果だったらしく、受け付けのお姉さんからは『照れちゃって、可愛いわね』と言われてしまった。

 それでもどうにか誤解を解こうと思い、そういえば移動の際にセレヴィンさんに手を握られて歩くのも誤解を生んでる要因のひとつなのかも、と考えた私は、いつも通りに手を握ろうとしてきたセレヴィンさんに『手を握らずに移動しよう』と提案したものの、『え、何で? いいじゃないか手くらい。こうしてると絶対はぐれないし』と返され聞いて貰えず、ちっとも変わらない現状に、やがて私は周りの目を気にするのをやめた。

 セレヴィンさんを説得した上で周囲の誤解を解いていく努力をするより、周囲の目を気にしない努力をしたほうが、私の気持ちが早く落ち着くような気がしてきたのだ。

 そして、それは正解だったんだと思う。

 周囲の目を気にしない努力を重ねた私は、今では恥ずかしがる事もなく、ごく自然にセレヴィンさんの口元に料理を運ぶ事ができている。

 まあ、気にしないというより、向けられるその視線に慣れた、と言えるのかもしれないけど。

 ……慣れって、怖いね、うん。

 あ、でもそういえば、昔レヴィにもこうして食べさせてあげてたなぁ。

 レヴィはお祖父ちゃんやお祖母ちゃんがいるとちゃんと一人で食べるのに、二人が席を外すと途端に甘えて、私が料理を箸で掴んだ瞬間に軽く私の袖を引いてアピールした後、口を開けて待ってたっけ。

 ふふ、懐かしいな。


「ん、美味しい。それじゃお返しな。はいツキハ、あ~ん」

「え? あ、ありがとう。……うん、そっちのも美味しいね」

「ああ。で、今日はこの後はどうする? 日が沈むまではまだ少し時間があるぞ」

「あ、うん。水魔法の精度を上げる訓練したいんだけど、つき合ってくれる? セレヴィンさん?」

「魔法訓練? ……館でか?」

「うん」

「そうか……わかった、つき合う。 ……ふぅ、今日の気安い関係はこれで終わりか。残念だけど仕方ないな。それじゃ、また十日後にな」

「ん、ありがとう。ごめんねセレヴィンさん。また十日後に」


 レヴィとの思い出に浸っていると、セレヴィンさんはこの後の行動を尋ねてきた。

 それに私が館に戻って魔法訓練をしたいと答えると、セレヴィンさんは残念そうに眉を下げながらも了承をしてくれた。

 そして手を伸ばしてくしゃりと私の頭を撫でると、挨拶をして席を立った。

 それを見ながら私も挨拶を返すと、残っている料理を食べて、同じく席を立つ。

 立場上、二人揃って堂々と館に帰れない私達はギルドで別れ、少しだけ時間をずらして帰るのだった。


☆  ★  ☆  ★  ☆


 領主館に帰りレイディアさんの姿になった私は、裏庭へと足を運んだ。

 既にそこにいて木刀で打ち合っていたセレヴィンさんとシグルトさんは、私の姿を見るとそれをやめ、手にしていた木刀を置いてそれぞれの愛剣に持ちかえる。

 そして再び打ち合いを開始した。

 私はそれをじっと見つめながら、二人のうちどちらかが斬られ怪我を負うとその箇所に意識を集中させ治癒魔法を発動させる。

 すぐ隣で、動かずに怪我した場所を差し出して見せてくれる時と違い、離れた場所で動いている対象の怪我を治すのはかなり難しい。

 けれど強敵と出会った場合や、多人数を相手にした場合など、戦闘が長引くような事態に遭遇したら、戦闘終了を待って治療を、なんて悠長な事は言っていられないだろう。

 下手したら出血多量で手遅れとなる。

 故に私は最近、二人に頼んでこの真剣での訓練をお願いしたのだった。

 セレヴィンさんは快く承諾してくれたのに対し、シグルトさんは少し不安そうにしながら渋々聞いてくれた感じだった。

 けれど、多少の時間はかかっても、私がきちんと治癒魔法をかけられると知ると、ホッとしたように笑って『わかりました。これからも続けます。頑張って治して下さいね』と言い、私の肩にポンと手を置いてくれた。

 シグルトさんのその様子に自分の成長を実感できた私は嬉しくなって、笑顔で『はい』と大きく頷いた。

 するとその直後、何故かセレヴィンさんは私の肩に置かれたシグルトさんの手を払い落とし、訓練の再開を告げた。

 その後の打ち合いは終始セレヴィンさんが優勢で、シグルトさんは防戦一方の様子だった。

 この二人なら、セレヴィンさんのほうが強いのかもしれない。


「レイディア嬢、まだ魔力は大丈夫ですか?」

「あ。……ええと、かなり疲労が感じられるので、そろそろ限界かもしれません」

「そうですか。では今日はここまでにしましょう」

「そうだな。しかし、怪我が治るのがだいぶ早くなってきたな。上達が早いですね、レイディア嬢」

「まあ、本当ですか? 成長できているなら嬉しいですわ。ありがとうございます」


 治癒魔法をかける事に集中していると、ふいにセレヴィンさんが魔力の残量について問いかけてきて、私はその懸念を思い出した。

 魔法を使って依頼をこなしてきた私の魔力は、訓練開始時には既に半分以上減っていた。

 慌てて残量を探れば、ゼロに近い事を感じて、私は素直にそれを伝える。

 その言葉を合図に訓練は終了となり、シグルトさんに上達を褒められながら、私達は揃って館の中へと歩を進めた。

 すると。


「きゃあ、セレヴィン様! お久し振りです! やっとお会いできて嬉しいですっ!」


 そんな甲高い声が聞こえ、前方に視線を向けると、金色の髪をツインテールにした嬉しそうな顔の少女と、困ったように眉を下げて苦笑しているロライアン様の姿があった。

リアル事情につき、次回からしばらくの間またゆっくり更新になりますm(__)m

次の更新はたぶん23日になるかと思います。


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