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唯一の望み

今回はセレヴィン視点です

 小さい頃、俺は虐待を受けていた。

 俺は父が遊びで手をつけた女性が産んだ子供で、母は産後の日達が悪く、俺を産んでまもなく亡くなった為に渋々父に引き取られたらしかった。

 そんな俺を正妻が気に入る筈もなく、使用人かそれ以下の扱いをされた。

 父はそれを見て見ぬふり。

 食事も満足に与えられず、朝早くから夜遅くまでこき使われ、時に暴力を振るわれる日々に精神は摩耗し、いつからか顔から表情が消え、涙も声も出せなくなった。

 正妻は、泣き声を上げればうるさい、鬱陶しいと殴ったくせに、泣かなければ可愛いげがないとまた殴った。

 そんな生活が続いたある日、眠りから覚めると見知らぬ場所にいた。

 周囲を見回しても、誰もいない。

 ああ、ついにどこかに売られたのかな、と一人ぼんやりと考えた。

 どこに売られたのだとしても、俺の扱いが良くなる事などないだろう。

 むしろ、悪くなる可能性のほうが高い。

 これ以上悪い状態というのがどういうものかはわからないしわかりたくもないが、どのみち今は、受け入れる以外に選択肢なんかないんだ。

 そんな事を考えながらそのままぼ~っと座っていると、ふいに扉が開く音が聞こえ、『ただいま~』という女の子の声が聞こえてきた。

 そしてこの部屋の扉が開くと、黒髪黒目の女の子が現れた。

 女の子は俺の姿を見つけると大きく目を見開き、怖々と俺に声をかけてきた。

 どうやらこの子は俺について何も聞かされていないらしいが、どうせすぐに知る事になるだろうと放置した。

 すると女の子は何を思ったのか、おかしな形をした物を手にして何かをし始めた。

 そして少しの時間をおいた後、まるで誰かと会話をしてでもいるかのように一人で話し出したのだった。


☆  ★  ☆  ★  ☆


 あれから数日が経ち、俺は現状を理解した。

 どうやら俺は、いつのまにか異世界に来たらしい。

 テレビやデンワなどといった、俺の生まれた世界にはどこを探してもないであろう不思議な物がある事から、そう判断した。

 先日、あの女の子や女の子の祖父母から『買い物に行こう』と言われ連れ出された外で、クルマという不思議な乗り物に乗った時なんかは緊張で固まってしまった。

 あの女の子はツキハ・ホシカワという名前らしく、全く喋らない俺にレヴィという名前をつけた。

 毎日一度は俺に『ねぇ、私の名前を呼んでみて?』とねだっては、祖父母に『焦っちゃいけないよ』と諭されている。

 俺としては呼んであげたかったのだが、何度挑戦しても声は出てくれなかった。

 女の子は、俺にとても優しくしてくれた。

 『弟ができたみたいで嬉しい』と言い、事あるごとにぎゅっと抱き締めてくれて、その体の温かさを伝えてくれた。

 俺にとって初めて、ぬくもりをくれた存在だった。

 一緒のベッドで眠って一緒に目覚め、共に朝食を取り、ガッコウという場所に行く女の子を祖父母と一緒に見送る。

 女の子のいない昼間は酷く長く、俺は何度もベランダに出ては女の子の姿が見えないか確めた。

 女の子の祖父母は『まだだよレヴィ。さあ一緒にテレビでも見ていよう』と言っては俺をベランダから部屋へ運び、テレビに向かった。

 そうしているうちに、やがて玄関の扉が開く音がして、女の子の『ただいま~』という声が聞こえてくる。

 それが耳に入った瞬間、俺は直ぐ様立ち上がり、玄関へと駆けていく。

 そうして女の子を出迎えると、女の子は嬉しそうに顔を綻ばせ、俺を抱き締めてくれるのだ。

 その後はまた共に過ごし、一緒に夕食を食べ、一緒に入浴し、寄り添うようにして一緒に眠りにつく。

 幸せな、幸せな日々だった。

 けれどそれは長くは続かず、ある日昼寝から目覚めると、俺は自分の世界の元いた場所に戻っていた。

 慌てて周囲を見回して女の子の姿を探したが、勿論いるはずもなく。

 途端に激しい喪失感に襲われた俺は、失ったはずの涙を流し、掠れた小さな声を出して泣き声を上げた。

 まだそこに残っているように感じる女の子のぬくもりを消さないように、自らの体を抱き締めて蹲り、繰り返し『ツキハ、ツキハ』と女の子の名前を呼び続けた。


☆  ★  ☆  ★  ☆


 それからしばらくして、あの家は取り潰された。

 父は不正を働いていたらしい。

 詳しい取り調べを任されたらしい貴族は、虐待の痕が見える痩せこけた俺を憐れに思ったのか、自分の従者として引き取った。

 それを幸いに、俺は剣や魔法を始め、あらゆる知識を得るべく積極的に動き出した。

 毎日早朝にこの世界の守護神を祀っているという神殿に出かけ、ツキハの幸せを祈る。

 そして、いつか、いつかもう一度あの世界に行って、ツキハに会うのだと決意を告げる。

 一度行けたんだ、不可能な筈はない。

 そう信じて、それだけを支えに、俺は日々を生き抜いた。

 いずれあの世界で生きる為に、ツキハに教えて貰ったあの世界の文字の練習は欠かさなかった。

 恋仲になった後、ツキハがもし俺の世界で共に生きる事を望んでくれた時の為に、貴族の従者という今の地位も磐石にしておく。

 全てはツキハと生きる為に。

 そうして努力を続け、年月を重ねたある日。

 俺は主であるロライアン様に連れられ、ビシャールゼルという街の領主館を訪れた。

 そこで出迎えた少女を見て、息を飲む。

 髪と目の色こそ違えど、ツキハに、そっくりだった。

 ここにいる間はツキハの面影を見て過ごせる。

 そう喜んだのも束の間、その日の夜に遭遇した彼女は、あの正妻と同じ目で俺を見て、『平民風情が、気安く私に話しかけないで下さる? 汚わらしい』と言い放った。

 よりによってツキハと同じ顔で、俺にそんな事を言うなんて。

 ツキハを汚されたような気がして激しい怒りが沸き、知らずに剣に手をかけていた俺は、『おい、よせ!』というシグルトの声と制止に我に返り、なんとか事なきを得た。

 どうやら強い忍耐力が問われそうだと、喜びが一転して、憂鬱に変わった。

 それからはなるべく令嬢には関わらずに過ごしていたのに、何故か令嬢が水魔法の教えを請うてくるなんて嫌な出来事があったものの、わりと平穏に日々は過ぎていった。

 教わる立場であるからか、令嬢は別人のように潮らしく、真面目に訓練を受けていた。

 だからこその平穏だったのだが、そんなある日、その平穏が壊される出来事が起こった。

 街に盗賊団が押し寄せてきたのだ。

 すぐに対応に当たった令嬢から何かあった場合の戦闘の指揮を一任された俺とシグルトは、現場へと向かおうと領主館を出た。

 けれどそこで、俺はこっそりと出て行く黒髪の少女を目にした。

 一瞬ちらりと見えた顔に、心臓がドクンと波打つ。

 道の向こうに消えた少女にいてもたってもいられず、『シグルト、悪い、後は頼む』と早口にそう告げて、俺は駆け出した。

 背後からシグルトの呼ぶ声がしたが、構ってはいられなかった。

 大通りで再び少女の姿を視界に捉えると、少女は三人の男達と話していた。

 『じゃあ行くぞ、ツキハちゃん!』と言葉をかけられ、『はい!』と少女が頷く。

 その様を見て胸に沸き上がった衝撃と歓喜は、とても言葉では言い表せない。

 ツキハは、とっくにこの世界に来ていたのだ。

 あの令嬢が別人のようで当然だ、別人なのだから!

 それを知った俺はその後、万が一でもツキハに怪我を負わせてなるものかと、その日戦闘が終わるまでツキハから片時も離れなかった。

 その結果思い知らされたのは、ツキハと冒険者の三人の間にある信頼と親しさだった。

 俺には警戒したような視線を向けるツキハは、三人には柔らかい視線を向け、笑みさえ見せている。

 その差が悔しくて、俺はなんとかツキハ自身でいる時に接触を図ろうと、令嬢(レイディア)のツキハを愛でながらその方法を考えた。

 そして十日が経った夜、ツキハは暗く沈んでいた。

 ロライアン様とシグルトは理由がわからず心配していたが、接触の機会を求めて昼間こっそりとツキハの後をつけていた俺にはわかっていた。

 あの三人との別れ。

 ツキハには悲しい出来事になったそれにより、俺はツキハに接触するいい案を思い付いていた。

 近いうちにツキハの悲しみを払拭し、あの三人よりも親しくなってみせる。

 そう画策しての事だったが、けれど冒険者ギルドに姿を見せパーティーを組んだ俺に、ツキハは警戒を深め疑心暗鬼になってしまったようだった。

 そこで俺はろくに食事を取らなくなったツキハに食事をさせながら話をして警戒を解いて貰おうと、酒場へ連れていく。

 そして料理を注文した後、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えた。

 その上で、お互いの名前の呼び方の変更と、敬語の取り止めを提案してみる。

 さりげなく『レヴィでいい』と言ってみたけれど、あの頃の俺と今の俺が結び付かないのか、それだけは断られてしまった。

 まあ、世界間の時間の流れに差異があったのか、当時はツキハより年下だっただろう俺が年上になっているのだから、結び付かなくても仕方ないだろう。

 少し寂しい気もするが、あの頃ツキハは、俺を弟だと言っていたから、今はこれでいいのかもしれない。

 俺がレヴィだと告げて、関係が弟から兄に変わっただけのものになるのは嫌だから、しばらくは告げずにおこう。

 ツキハの兄弟になりたいと思った事など、俺は一度もないのだから。

 ツキハを俺の生涯の伴侶に。

 今も昔も、それだけが、俺の望みだ。

 全力で叶えにいくから、覚悟してくれよ、ツキハ?

も、もしセレヴィンが重くても、重いとは言わないであげて下さいまし。

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