セレヴィンの心づもり
街の外の、退治する対象の魔物がいる森どころか、途中襲いくる魔物や、対象の魔物を視認するまでセレヴィンさんに手を握られて連行され、退治後はすぐにまた手を握られて街まで、いやギルドまで連行される。
逃げる隙が全くないまま依頼を終えた私は、ギルドを出てすぐの道端で呆然と突っ立っていた。
魔物退治は、私は対象の魔物相手の時にだけ、最初に自分とセレヴィンさんに光の防壁を唱えただけで、後は何もしていない。
途中遭遇した魔物も、対象の魔物もあっという間にセレヴィンさんが倒してしまった。
なんて事だろう、これではユージスさん達のパーティーに入った最初の日の魔物退治と全く同じ状態だ。
あれから色々教わって、それなりに魔法が使えるようになったのに、出番が全くない。
セレヴィンさんは本当に、何で冒険者登録をして私とパーティーを組んだんだろう?
冒険者がやってみたかったんだとしても、一人で十分やっていける筈だ。
なのに、わざわざパーティーを組んだという事は……考えられる理由は、ひとつだ。
やはりセレヴィンさんは、私がレイディアさんだと気づいている。
いや、気づいてはいないにしても、少なくとも、疑ってはいるのだろう。
だから監視しようと、こんな事をしたんだと思う。
……どうしよう、帰るのが怖い。
領主館でセレヴィンさんに会うのが怖い。
でも、それでも帰らないわけにはいかない。
『今日は楽しかったです。じゃあ、また十日後に』と、セレヴィンさんがにっこり笑ってそう言い残し去っていった道を、私は足取り重くトボトボと歩いていった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
それからは、私は常にびくびくしながら日々を過ごした。
いつセレヴィンさんが話を切り出すのかと気が気でなく、ロライアン様との勉強やセレヴィンさん達との水魔法の訓練は勿論、毎日の食事の席でもそれに集中する事ができず、勉強内容は頭に入らないし、訓練は失敗して魔法が暴走する事さえあるし、食事は味なんてわからず、ろくに喉を通らない。
そんな私の不調にロライアン様とシグルトさんは『どうかしたのか?』と心配し、セレヴィンさんはその脇でどこか困ったように苦笑しているだけで何も言わなかった。
そうして結局何もないまままた十日が過ぎ、私は憂鬱な気持ちでトボトボと冒険者ギルドへ向かった。
「おはようございます、ツキハさん」
「ひゃっ!? ……あ、お、おはようございます……」
ギルドの扉を潜った途端にかけられた声に驚いて顔を上げると、すぐ斜め前にセレヴィンさんがいた。
どうやら、扉の脇で私が来るのを待っていたらしい。
「お腹は空いていませんか? まずは食事にしましょう」
挨拶の後、開口一番にそう言うと、セレヴィンさんは私の手を握り、酒場へと歩いて行く。
私は抵抗する気力もなく、手を引かれるままに、それに従った。
そして、ユージスさん達とも使っていたいつもの席に座ると、やって来たウェイトレスさんに注文をする。
食事をする気分ではなかった私はドリンクだけを頼んだが、セレヴィンさんはドリンクの他にフレンチトーストを二つ注文していた。
そのうちの一つは私の分だと言わない事を願いたい。
「さて、ツキハさん。十日前、パーティーを組む時に俺が言った事を覚えていますか?」
「え?」
注文を取ったウェイトレスさんが立ち去ると、セレヴィンさんは薄く微笑んでそんな事を聞いてきた。
突然何だろうという疑問が先にたって咄嗟に答えられず、私が小さく首を傾げると、セレヴィンさんは困ったように眉を下げる。
「貴女が嫌がる事は決してしないと、俺は誓いました。言われると困る事は決して言わないし、出されて困る態度は決して出さない。いつでも、どこででもです。これは嘘ではありません。どうか俺を信じてくれませんか」
「えっ……」
続いて放たれた言葉に、私は目を見開いた。
それが何を指して言われた言葉かは、聞かなくてもわかる。
セレヴィンさんは私がレイディアさんだと言う気はないし、領主館では今まで通りの態度で接すると、そう言っているのだ。
「な、何で……?」
そんな事をしたって、セレヴィンさんにメリットなんて何もない。
むしろさっさとロライアン様に話して、冒険者としての活動をやめさせたほうが余計な仕事をしなくて済むから楽だろう。
なのに、どうして。
そんな疑問から、ついその問いが口をついて出てしまった。
するとセレヴィンさんは目を細めてクスリと笑った。
「俺がそうしたいからです。そういう事ですから、ツキハさん。これから貴女の事を、ツキハと呼び捨てにしても構いませんか? できれば敬語もやめたいんですが、いいでしょうか?」
「へ?」
そ、そういう事ですから、って?
今までの話と、私を呼び捨てにして敬語をやめる事に何の関係が?
話の繋がりに脈絡がないですよ、セレヴィンさん?
まあ、別に呼び捨てに敬語なしでもいいですけどね、私年下なんだし。
「駄目、ですか?」
「えっ、いえ、別に、いいですけど……?」
黙ったままの私を見て、それを無言の拒否とでも取ったのか、セレヴィンさんは眉を下げ、悲しそうな顔をして小さな声で聞いてくる。
戸惑いながらも私がそれに承諾の返事を返すと、セレヴィンさんは、今度はパアッと顔を輝かせ、満面の笑顔を浮かべた。
「良かった。じゃあ、これからはそうさせて貰うよ、ツキハ。……彼らがちゃんづけにタメ語だったのに、俺はさん呼びに敬語だなんて、彼らのほうが親しいようでやっぱり悔しいからな」
「え? あの、セレヴィンさん? 最後は何て? すみません、小さすぎてよく聞こえなくて」
「ああ、いや、いいよ。大した事じゃあないから。それよりツキハ。俺の事は、レヴィでいい。敬語もいらない」
「えっ!? ……い、いえ、それは……。……え、えっと、じゃあ、敬語だけ取らせて貰いま、じゃなくて、と、取るね?」
何かを小声で早口に言われ、それを聞き返すも答えて貰えなかった。
次いで話題を変えるように告げられた要望に、私は過剰に反応してしまう。
それに困惑しながら、私は二つのうち一つだけを了承した。
レヴィは、大切な名前だ。
たとえ愛称だったとしても、あの子以外をその名で呼びたくはない。
「……そう、か。仕方ないな……わかった。今は、それでいい」
私の返事を聞いたセレヴィンさんは、少し寂しそうにそう言って頷いた。
余談だが、その後運ばれてきたフレンチトーストは、何故か二つとも私の前に並べられ、私が呆然とそれを見つめていると、セレヴィンさんはお皿からそれを取って小さく千切っては、困惑する私の口に次々と放り込んできたのだった。
セレヴィンさん、私もう、お腹一杯です。




