新たなパーティー登録
翌日は、全てにおいて朝からやる気が起きなかった。
ノロノロとベッドから起き上がり、もたもたと着替えをし、のたのたと移動し、ちびちびと朝食を食べる。
そんな私を見たロライアン様は『体調が優れないのか?』と心配そうな顔で覗きこんできたし、シグルトさんは『食欲なくてもちゃんと食べろよ?』と言って食べやすいものを自分のお皿から取って私のお皿に入れようとしたし、セレヴィンさんに至っては『もし手を動かすのが辛いなら、食べさせようか』と言って料理を乗せたフォークを口元に運んできた。
私はそれらを『大丈夫です』と言ってかわし、笑顔を作った。
しっかりしなければ。
この三人を失望させない為に、そして、身代わり生活が終わったらレヴィを探しに行く為に、ユージスさん達の誘いを断ったんだから、ちゃんといつも通りに振る舞わなくちゃ。
そう思っても上昇しない気持ちを抱えながら、それでも私は必死にいつも通りを装おって一日を過ごした。
三人の表情を見るに、決して装いきれては、いなかったようだけれど。
☆ ★ ☆ ★ ☆
それからまた十日が経ち、お休みの日がやって来た。
日を重ねるごとに少しずつ、本当に少しずつ気持ちも上を向く事ができてきたけれど、こうしてお休みの日がきて、冒険者ギルドに行ってももうあの三人はいないんだと思うと、また気持ちは深く沈んでしまった。
けれど、ちゃんと現実を受け止めて前に進まなきゃならない。
やがて一人でレヴィを探しに行く為にも、もっと魔法の腕を磨いておかなければ。
そう思って冒険者ギルドまで来たものの、私は今、酒場でくすぶっていた。
最初にここへ来た日よりはずっと使える魔法が増えているとはいえ、その大半が支援魔法や回復魔法である私は、誰かとパーティーを組まなきゃ依頼の達成は難しい。
でも、あの三人以外とパーティーを組むという行為に、どうしても踏み出せずにいたのだ。
けど……それでも、誰かと組まなきゃなんだよねぇ。
私はここに来てもう何度目かの長いため息を吐いて、テーブルに突っ伏す。
すると次の瞬間、私の頭上に影が差した。
「すみません、失礼致します。あの、ツキハさん。少々よろしいでしょうか?」
「え……? あ、お姉さん。私に何か?」
かけられた声に顔を上げると、テーブルのすぐ隣に受け付けのお姉さんが立っていた。
滅多な事では受け付けから離れないその人を見て、私は首を傾げながら用件を尋ねた。
「はい。あの、ツキハさんは先日、パーティーを解散されましたでしょう? なので、別の方と新しくパーティーを組んで戴けないかと思いまして、お伺いに参りました。本日、つい先ほど冒険者登録をされた方で、パーティーを組んで下さる方をお探しの方がいらっしゃいまして」
「え、ついさっき? てことは、新人冒険者さんなんですか?」
「はい。ですが、レベルはユージスさん達と同じくらいでいらっしゃいまして。剣士で、魔法も使えるとの事です。いかがでしょうか?」
「へ? ユージスさん達と同じレベル? 魔法も使える剣士さん……? ……それ、別にパーティーを組まなくても、一人で依頼こなせるんじゃないですか? なのに、何でわざわざ?」
「さあ、それはわかりかねますが……とにかくパーティーを組みたいと、強くご希望でして」
「……はあ……そうなんですか……。…………。……わかりました。どのみち私も、別の人とパーティー組まなきゃいけないんですし……その人と組む事にします」
「! そうですか! 良かった、ありがとうございますツキハさん」
「いえ。それで、その人はどちらに?」
「はい、今お呼び致します。……セレヴィンさん、こちらへ来て下さい! ツキハさん、パーティーを組んで下さるそうですよ!」
「……へっ?」
セ……セ、セレヴィン、さん?
え、え、えっ?
何、聞き間違い……?
お姉さんが呼んだ名前に聞き覚えがありすぎる私は、くるりと反転したお姉さんの視線を辿り、恐る恐るその先を見た。
するとそこには、こっちに向かって笑顔で歩いてくる、淡い紫色の髪に紺色の瞳をした青年がいて……私はあんぐりと、大きく口を開けた。
な、何故……どうして、貴方がここに?
貴族の従者をしている人が、何故に冒険者登録?
そして……何で、私とパーティーを……?
「こんにちは。セレヴィン・コランフルーです。パーティーを組んで戴けて嬉しいです。これからよろしくお願いします、ツキハ・ホシカワさん」
青ざめる私を見おろしながら、セレヴィンさんはにっこりと、嬉しそうに笑った。
次の瞬間、私はガタンと音をたてて椅子から立ち上がった。
次いで、お姉さんの腕を引く。
「す、すみませんお姉さん! ちょっとこちらへ……!」
「え、はい? どうされました? ツキハさん?」
「ええ、ちょっと、こちらへ……!!」
私はそう言いながらお姉さんの腕を引っ張り、セレヴィンさんから距離を取った。
「あ、あの、お姉さん。申し訳ありませんが、今のパーティーを組むお話、やっぱり無効にしては戴けませんか?」
セレヴィンさんからある程度離れると、私は声を潜めてお姉さんにそう切り出した。
私があの人とパーティーを組んで一緒に行動するなど、有り得ない。
セレヴィンさんがどういうつもりかも含めて、いろんな意味で怖すぎる。
「え? 何故、ですかツキハさん? あの方に何か問題でも……?」
「えっ、い、いえ、その……なんと言うか、えっと……そ、そう! 男性と二人っきりでいろんな場所に行くのは、ちょっと問題かなあ、って……」
「ふ。大丈夫ですよ、ツキハさん。俺は決して、貴女が嫌がる事はしないと誓いますから。もし万が一それを破ったなら、その場でパーティーを解散して下さって構いませんよ?」
「!?」
お姉さんはパーティーの話の無効を願い出た私に理由を問いかけてきて、私は言葉に詰まりながらも必死に頭を働かせ、苦しい言い分けを口にする。
すると背後からセレヴィンさんの声が聞こえ、驚いて振り向けば、距離を取った筈のセレヴィンさんがすぐそこにいて、私は絶句した。
「そういう事ですから、受け付け嬢さん。パーティー登録の手続きをお願いします。さあツキハさん、早速依頼を受けましょうか。やはり魔物退治がいいですかね?」
「え、えっ!? あ、ああああの……!!」
お姉さんに手続きをお願いすると、セレヴィンさんは私の手を握ってスタスタと依頼内容が提示してある掲示板へと歩いて行く。
私はそれに半ば引き摺られるようにして移動しながらも、お姉さんのほうに顔を向け、助けを求める視線を送った。
けれどお姉さんはぽかんとした顔を苦笑に変えると、『頑張って下さいね』と言って、受け付けへと戻ってしまう。
に、逃げられない……!?
セレヴィンさんにしっかりと手を握られたままの私は、背中に冷や汗をかきながら、俯く事しかできなかった。
そんな私を余所に、セレヴィンさんは終始にこにこと嬉しそうに笑い、『これにしましょうか』と一枚の依頼を選んだのだった。




