そしてお別れはやってきた
魔物を呼び出している術者を倒すと、戦闘はそれからそうかからずに終了した。
勿論、領主軍と冒険者連合の勝利である。
勝利を三人と共に祝いたかったけれど、戦闘とセレヴィンさん出現の件で肉体的にも精神的にも疲れた私は、戦闘終了後真っ直ぐに領主館へ戻った。
けれどそんな私を待っていたのは、領主代理としての事後処理だった。
レイディアさんからまた『よろしくお願い致しますわ』と笑顔で言われた私は軍から上げられた報告書に目を通し、盗賊団の団長副団長、主力団員、平団員とそれぞれの刑の言い渡しや執行に立ち会い、怪我をした領主軍の人や冒険者さんを労り労う為仮設医療所に出向き、襲撃に怯えた領民の心を癒やすという名目で色々な場所へ視察に行き交流を持ったりと、多忙な日々を送り、気づけば数日が過ぎていた。
その間セレヴィンさんは何も言って来ず、シグルトさんを含め、誰かに話した様子もない。
てっきりすぐに何かを言ってくるものと身構えていた私は不思議に思って夜になる度首を傾げる。
そうこうするうちに、ロライアン様が戻ってくると連絡がきた。
予定より二日ほど早いが、盗賊団襲撃の話を聞いて心配して早めに戻る事にしたらしい。
先触れが来た時点で、レイディアさんは婚約者の男性を急いで帰した為、二人が鉢合わせする事はなかった。
玄関先でロライアン様を出迎えた私は、もしかしたらセレヴィンさんはロライアン様の前で話をするつもりなのかもしれないと警戒したけれど、襲撃の対策や事後処理についてロライアン様に話した後も、セレヴィンさんは何も言わなかった。
……もしかしたら、あの時セレヴィンさんが近くにいたのはただの偶然だったのかもしれない。
後方支援だけをするひ弱そうな女の子が戦場にいるのを見て、万一の為に近くにいただけとか……そういう事だったのかも。
なあんだ、そっかあ。
ホッとした私は安堵の息を吐きながら体の力を抜くと、早速始まったロライアン様とのいつもの勉強へと意識を集中させた。
そんな私を見てセレヴィンさんが目を細め、一瞬小さく笑った事など、気づく事はなかった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
ロライアン様の帰宅から十日が経ち、私のお休みの日がやって来た。
この日を心待ちにしていた私は朝起きるといそいそと着替え、領主館を抜け出した。
冒険者ギルドに辿り着き、中へ入って酒場へと早足で歩を進める。
そしていつもの席に三人の姿を見つけると、私はついに笑顔で駆け出した。
「おはようございます、ユージスさん、シャルフさん、ヨゼットさん! お久しぶりです!」
「あ。よう、ツキハちゃん。おはよう!」
「あの襲撃以来だな。元気だったか?」
「久しぶり。待ってたよ」
駆け寄る私を見ると、三人は笑顔でそれぞれ声をかけてくれた。
「ちょっと忙しかったですけど、元気でしたよ! ユージスさん達こそ、元気でした? あ、今日は依頼、どうします?」
私は空いている椅子に腰掛け、弾んだ声で三人に話しかける。
すると、何が可笑しかったのか、ユージスさんが『ははっ』と声を上げて笑った。
「俺達が元気じゃないわけはないだろ? ツキハちゃん? 冒険者は体が資本だぜ?」
「その通りだな。で、依頼だが、行ってもいいが……」
「その前に、話がある。大事な話だから、しっかり聞いて欲しい。ツキハちゃん、俺達は近くここ、ビシャルゼを発つ。他の土地へ行くんだ」
「……え?」
ユージスさん、ヨゼットさんと続いて、最後にシャルフさんが口にした言葉に、私が軽く目を見開いて小さな疑問の声を上げた。
シャルフさんをじっと凝視して、彼が発した言葉を、その意味を理解する事を拒む頭の中で反芻させる。
ピタッと動かなくなった私を見て、三人は困ったように苦笑した。
「……俺達な、ツキハちゃん。とある目的の為に金を貯めてたんだよ。けど、先日の盗賊団討伐で出た領主からの礼金で目標額に達したんだ」
「ようやく、目的の為に動けるようになったわけだ
。で、その目的を実行できる場所に移る事にしたのさ」
「悪いが、これは決定だ。俺達の目的の為には必要な事だから、数日のうちに俺達は発つ。……けれどツキハちゃん。君さえ良ければ、俺達は一緒に来て欲しいと思っている」
「えっ」
「「「 一緒に行こう。ツキハちゃん 」」」
ここを発つ事にした理由を三人が交互に説明した後、三人は声を揃えてそう言い、ユージスさんが私に手を差し出した。
……一緒に、行く?
このビシャルゼを発って、三人と一緒に、他の土地へ?
………………行き、たい。
この手を取って、どこまでも三人と一緒に行きたい。
でも、だけど……そうしたら、どうなるの?
ビシャルゼは……セバスさんがいるから、お金さえもう少し渡しておけば、きっと大丈夫だろう。
けど、ロライアン様は?
セレヴィンさんや、シグルトさんは?
レイディアさんはきっと、彼らを避けるだろう。
今までずっと真剣に、私が理解するまで、できるようになるまで根気強く教えてくれてたあの人達が、突然訳も分からぬまま避けられて失望していくような真似をしていいの?
それで私は、後悔しないだろうか?
それに、レヴィはどうするの?
ユージスさん達にはユージスさん達の目的があるらしいのに、レヴィを探しに世界を回るなんて事に、付き合ってくれるんだろうか?
……………………。
「……あの。……わ、私……行け、ません。……い、行きたいけど、凄く行きたいけど、行けませんっ……!! わた、私、まだここで、やらなければならない事が、あるんです。それに、私には私の、目的が、あります。だから……行けません。ごめんなさい……!!」
「……そっ、か。やらなきゃならない事に、ツキハちゃん自身の目的かぁ。そういうものがあるんなら、残念だけど、仕方ないな」
「わかった。なら、これでお別れだな。短かったが楽しかったぜ、ツキハちゃん。お前さんの目的も、達成できる事を祈ってるぞ」
「その為の努力を、怠るなよ。元気で、ツキハちゃん。いつかまた会えるといいな」
「っ……はい……!!」
私は服の裾を強く握り締めながら、三人の誘いを断った。
言葉を紡いでいると、段々視界が潤み、涙声になってくる。
最後に謝罪と共に頭を下げると、三人は寂しそうな声を出しながら、それでも優しく、私の頭や両肩をポンポンと慰めるように叩いてくれた。
三人のその優しさに堪らなくなり、私はぎゅっと目を瞑って泣くのを堪える。
「ふ……ほら、泣くなよツキハちゃん? さ、じゃあ今日で最後だし、依頼に行くより、思い出作りに街に繰り出そうぜ!」
「お、そうだな! 街でパーっと、旨いもんでも食うか!」
「やれやれ、ヨゼットはいつも食欲旺盛だな。それでもいいが……ツキハちゃん、一昨日から広場に旅芸人が来てるのは知ってるか? 俺達はもう見たが、君がまだなら見に行かないか? なかなかだぞ」
「え……そう、なんですか? まだ、です。知りませんでした」
「え、そうなのか!? なら行こう! あれは見ないと勿体無いぜ!?」
「だな。あれは俺でも楽しめたからな! じゃあ、もう一回行くか!」
「聞いてみて良かったな。行こう、ツキハちゃん」
口々にそう言いながら、三人は再びその手を私に伸ばした。
それが視界の端に入って、私はノロノロと顔を上げる。
そして見上げた三人は、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「あっ……。……は、はい! 行きましょう!!」
最後の日だからこそ、笑顔で。
無言のまま表情だけで三人にそう言われた私は、両手で潤んだ目を擦り口角を上げると、不格好な笑顔を作って、三人の手を取ったのだった。




