突然の襲撃 2
領主館に着いた私は急いで自室に戻り、クローゼットからメイド服を取り出し、それに着替える。
そしてもし途中で誰かとすれ違っても大丈夫なように心持ち顔を俯かせて、早足でレイディアさんの部屋へと行き、コンコン、と控えめにノックをした。
「お嬢様、ツキハでございます。急ぎご確認戴きたい事ができまして……申し訳ございませんが、少々よろしいでしょうか?」
次いで、扉ごしにそう声をかける。
今、レイディアさんの部屋にはレイディアさんとその婚約者である男性がいるはずだ。
その男性の前に出ていくのは、たぶんよくない。
レイディアさんは私の存在を、この領主館で働く人達にさえも知らせていないのだから。
ただ一人、執事のセバスさんだけは除くけれど。
「まあツキハ、何かしら? 急ぎのものって?」
扉が開き、部屋の中からレイディアさんが顔を出す。
そして後ろ手にパタンと扉を閉めてから、そう切り出した。
……うん、やっぱりレイディアさんは私の存在を婚約者に知らせるつもりはないみたいだ。
どうやら私の選択は間違っていなかったらしい。
「すみませんレイディアさん。実は、街に賊か魔物が迫って来ているようなんです。だから、領主代理として、急いで領主軍の皆さんや冒険者ギルドに討伐の指示をお願いしたくて……!!」
「……賊か魔物が? ……そうでしたの……怖いですわね。お話はわかりましたわ。では申し訳ないけれどツキハさん、お休みを返上して戴けるかしら? 私になって指示を出して頂戴。必要なら、お金はどれだけ使っても構わないですから」
「えっ? で、でも、レイディアさん……!!」
「ごめんなさい。でも私は、婚約者の彼のお相手をしなければなりませんもの。せっかく来て下さったんです、放置して他の事をするなんて失礼な事はできませんわ。だから、よろしくお願い致しますわね、ツキハさん」
街に危険が迫っている事を告げると、レイディアさんは一瞬考える素振りを見せた後、薄く微笑んで私に休日返上を言い渡した。
そしてその台詞に目を見開いて口を開いた私の言葉を遮ると、いつもの変身魔法を私にかける。
次の瞬間、私の姿はレイディアさんそのものになり、メイド服もドレスに変化した。
「使用するお金に関しては、セバスに相談して下さいね。それでは失礼致しますわ」
「えっ、あの、レイディ」
最後ににこりと笑って締め括ると、レイディアさんはくるりと踵を返し、呼び止める私に構わず、そそくさと部屋へと戻って行ってしまった。
「…………うそ」
閉じられた扉を呆然と見つめ、私はぽつりとそう呟いた。
レイディアさんは、このビシャルゼが大切なのではなかったんだろうか?
だから一刻も早く婚約者とその家という後ろ楯を得て、誰に口を挟まれる事もなく自分の領地運営をする為に私を身代わりにしてロライアン様への盾に使ったんじゃなかったの?
ビシャルゼに危険が迫っているのに、自分で守ろうとしないなんて……そりゃあ、招いた婚約者を放置するのはまずいだろうけど、だけどそれは平時なら、と頭につくはず。
今は非常事態なんだから、一言断れば理解して貰えるはずだ。
それなのに……。
やりきれない気持ちが胸に沸き上がってきて、私は俯いてスカートの端を握り締める。
そうして気持ちが落ち着くのを待っていると、誰かが足早に歩いてくる気配を感じた。
「お嬢様! 大変でございます!」
「! ……セバスさん……」
「は? ……っあ、ツキハ殿でございましたか。これは失礼を。ですが今は……!」
「……賊か魔物が迫ってる件なら、今レイディアさんに報告しました。レイディアさんは、私に任せるって……部屋に、戻られました……」
「! …………左様でございますか」
やって来た執事のセバスさんを見て、私は今起こった事を簡潔に説明した。
するとセバスさんは大して驚いた様子もなく、ため息と共に言葉を返すと、諦めたように目を閉じる。
その様を見ただけで、わかってしまった。
レイディアさんが、本当はこのビシャルゼをさほど大切に思ってはいないという事を。
「……セバスさん。領主軍に出撃命令を出し、冒険者ギルドに協力を要請します。それと、負傷者が出た場合の治療の場を設けて下さい。軍医と外出が可能な街医者の全てをそこへ。冒険者ギルドへの報酬と街医者が取る医療費はこちらで持ちます。運営費から捻出して下さい。レイディアさんの許可はおりています。あと」
「ツキハ殿。……それはできません。捻出できる金銭はそう多くはないのです」
私は自分の認識の過ちに一瞬唇を噛み締めた後、顔を上げると、セバスさんに近寄り状況の対処法を述べていった。
すらすらと出てくるのは、ロライアン様との勉強の成果だろう。
自分には必要ないのにと思いながらも、真面目に受けておいて良かった。
今日ばかりは、そんな自分と教えてくれたロライアン様に感謝だ。
けれどセバスさんは、そんな私の言葉を遮り、首を横に振った。
見れば、辛そうな顔をしている。
「え……どうして、ですか? だって」
「……ここには、余分な金銭はないに等しいのです。ほぼ全て使い道が決定していると申しますか……。もうじき、お嬢様のお誕生日がございます。お嬢様はきっと、ドレスやアクセサリーを新調なさって、大規模なパーティーを開かれるでしょう。領地運営費までもをお使いになって。その時にその費用が足りなければ……何かしら理由をつけて、領民から臨時に税を取り立てるでしょう。……ビシャールゼル家の方は、そういう方々なのです、ツキハ殿」
「そ、そういう方々って……諌めないんですか? 諌めて止めればいいんじゃ?」
「私を執事として教育して下さった前任者は、数度諌めて首になりました。私に、後を頼むと申されて。……私は、ここを去るわけには参りません。せめて、領民にあまり被害の出ないようにしなければなりませんので。それが、後を託された私の務めと考えております」
私の問いにその目に悲しみを称えて、セバスさんはそう告げた。
つまり、セバスさんがなんとか上手くやりくりしているから、ビシャルゼの人達は困らずに生活出来ているって事、なんだろうか。
「そういう事ですので、申し訳ないとは思いますが、医師や冒険者ギルドの方々には、緊急事態という事で、領主命令でほぼ無償で協力をして戴く他ないのです、ツキハ殿」
「そんな……」
確かに緊急事態だから、冒険者さん達はこれを断れば街が蹂躙される危険があるし、お医者さん達は怪我人を放ってはおけないだろうから協力はしてくれるとは思う。
だけど、ほぼ無償でだなんて……でも、使えるお金がないんじゃどうしようも……。
「あ」
考えを巡らせているとふいにある事に気がついて、私は小さく声を上げた。
使えるお金、ある。
私の十億円だ。
あんな大金、どうせ使い道なんてないんだし、ここでその一部を使ったって、全然問題なんてない。
「セバスさん、これ、使って下さい!」
私は一度くるりと反転して後ろを向くと、セバスさんからは見えないようにスカートを少し捲り上げ、なくさないように足にバンドでくくりつけていた桃色の布の袋を取り出してその中から数枚の硬貨を掴むと、セバスさんに差し出した。
おかしな点などない……と思いたい( ̄▽ ̄;)




