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プロローグ

 玄関の扉に鍵を差し込んで回すと、カチリと音がなった。

 次いで取っ手に手をかけ、それを開ける。


「ただいま~」


 そう帰宅の挨拶をしながら中に入って扉を閉め、鍵もしめる。

 私の言葉に返る返事は、ない。

 何故なら、この家に人はいないから。

 お父さんはお仕事の関係で、滅多に家に帰って来ない。

 お母さんは、私が小学二年生の時に亡くなってしまった。

 だから、私はこの家で、いつも一人。

 もうとうに慣れた筈のその環境に、それでも寂しいって気持ちが湧いた時には、自転車で約二十分の距離にあるお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家に行って甘える。

 そっちに住まないのは、単にこの家のほうが小学校に近いからだ。

 自転車で約二十分の距離は、徒歩にするとかなり遠く毎日通うには不便だし、だからといって小学校を変えて友達と離れるのは絶対嫌だと私が拒否した。

 普段からお母さんのお手伝いをしていた私には、料理も洗濯も掃除も、そう難しくはないからと我が儘を通したのだ。

 何より、お母さんとの思い出溢れるこの家を離れるのは、どうしても嫌だった。

 泣き叫んで全力で拒否する私に、困り果てたお父さん達は、渋々、本当に渋々ながら許してくれた。

 その代わり、毎日朝と、帰宅後と、寝る前に、お父さんとお祖父ちゃん達の所に電話をする事を約束させられたけれど。

 時々、お祖父ちゃん達が泊まりにも来るしね。


「さて、電話電話……って……えっ?」


 今日も約束を果たすべく電話をしようとリビングに向かうと、そこには異変が起きていた。

 誰もいない筈のこの家に、なんと人がいたのだ。


「あ、あの……誰? そこで、何、してるの……?」

「………………」


 私はリビングの扉に手をかけながら、恐る恐るそう問いかけた。

 けれど見ず知らずのお客様は、足を投げ出すように直接床に座った状態でぼんやりとこちらに視線を向けているだけで、何も答えない。


「え、えっと……?」


 その様子に混乱と戸惑いを覚えながら、私はそのお客様を凝視する。

 歳は、私より下だろうか?

 あどけない可愛い顔をした、男の子だ。

 淡い紫色の髪に、夜空のような紺色の瞳は……外人さん、かな?

 だとすれば、お父さんが一旦帰ってきて、連れてきて、置いて行った子だろうか?

 確かお父さんの今の出張先は、外国だった筈だし。

 今朝の電話では何も言っていなかったけど、言い忘れたのかもしれないし。

 何より、玄関の鍵は閉まっていたのだから、鍵を持っている人が連れてきて、置いて行ったのだとしか考えられない。


「え、えっと、貴方、お父さんの知り合いの子? お父さんと一緒に来たの?」

「………………」

「あ、あの、貴方、お名前は? 私は、月琶(つきは)っていうの。あ、日本語、わかる?」

「………………」

「えっと……き、聞こえてる?」

「………………」


 こ、困った、何も喋らないし、身動きもしない。

 まばたきはしているから、人間によく似た人形とかではない筈だけど……やっぱり、日本語がわからないのかもしれない。

 なら、お父さんに聞くしかないかな。

 そう結論づけた私は、リビングに入り受話器を手に取った。

 そしてダイヤルを押して、コール音が鳴り、お父さんの声が聞こえるのを待つ。

 けれどいくらコール音が鳴っても、お父さんの声が聞こえてくる事はなかった。

 これは忙しいのだと判断して電話を切り、続いてお祖父ちゃん達の所に電話をかけた。

 家に見知らぬ外人の子がいた事を報告すると、お祖父ちゃん達もお父さんから何も聞いていないらしく、その子を見にすぐに家に駆けつけて来た。

 その後、お祖父ちゃん達が英語で話しかけてもその子は一言も喋らず、身動きもしなかった。

 困り果てた私達だったけれど、家の状態やその子の外見から、お父さんが連れてきたのだろうという結論に達し、様子見と称して、その日お祖父ちゃん達が家に泊まった。


☆  ★  ☆  ★  ☆


 その翌日はお父さんに電話が繋がったものの、何やら社内で大問題が起きてその対応に追われしばらくゆっくり話せないと、幾度かの謝罪の言葉と共に言われて電話は切れてしまい、あの子の事は聞けなかった。

 仕方なしに、それからはお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが代わる代わる、あるいは二人揃って毎日泊まりに来てくれている。

 私はといえば、正体の不透明なその子にお祖父ちゃん達がやきもきしているのも構わず、その子を構い倒した。

 何だか弟ができたみたいで、嬉しかったのだ。

 その子は相変わらず無表情で、一言も喋る事はなかったけど、日が経つにつれ少しずつ変化は現れて、二週間が経った今では、私が帰宅しただいまを言うと、トコトコと玄関まで来て出迎えてくれるようになった。

 それがまた嬉しくて、私はその度にその子をギュッと抱き締め、改めてただいまを言う。

 そして、名前がわからないと不便だからと、私が勝手につけた名前を呼ぶ。

 それが自分の事だとちゃんと理解しているらしく、呼べば反応を返してくれるし、おずおずと遠慮がちにだけど、抱き締め返してもくれるのだ。

 私はとても嬉しくて、満面の笑顔を浮かべ、体を離した後もその子の手を取り、繋いだままリビングへと向かう。

 そしてそのまま、二人並んでテレビを見たり、本を読みながら日本語を教えたりして過ごすのだ。

 しかしそんな生活は、三週間が経つ頃、突然終わった。

 ある日急に、その子が消えたのだ。

 お祖母ちゃんが洗濯物を干してリビングに戻ると、その子の姿は、どこにもなかったらしい。

 玄関の鍵は閉まっていて、外に出た形跡はない。

 なのに、その子の姿だけが消えていた。

 不審に思いながらも周囲を探したけれど、見つからなかったそうだ。

 帰宅してそれを知った私は、泣いて泣いて、泣きつかれて眠るまで泣いた。

 その後、ようやく仕事が落ち着いたお父さんにその子の話をすると、『そんな子は知らない』との返答が返ってきて、大騒ぎになった。

 そして、その件で酷く心配したお父さんはついに会社に配属がえを願い出て、毎日家に帰れる部署に移る事になった。

 おかげで私は一人になる事はなくなったけれど、十歳の時に出会ったあの不思議な男の子の事は、いつまでも忘れる事はなかった。

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