進展 ‐悪戯の裏に潜む気持ち‐
ミーシャと仲直りする。
言葉にすると単純だが、中々レベルの高い試練である。
(彼女は俺を相当嫌っているはずだ)
そして、俺は彼女のことをほとんど知らない。
昔やんちゃだったことと、貴族に憧れているということぐらいだ。
(まずは彼女のことをもっと知る必要がある)
彼女の好きなもの、嫌いなもの、そういった情報を沢山知ることができれば、仲直りするための糸口が見つかるはずだ。
俺はダラスの発言を思い出す。
彼は確か、「対策本部が出来ている」と言っていた。
次の日、俺は仕事を終えると、ミシガン村長の元を訪れた。
本当に対策本部が出来ているなら、村長が知っている可能性が高い。
「対策本部? はっはっはっ。そんなものないよ」
豪快に笑われてしまった。
「ダラス君は昔からミーシャの1番の標的だったからね。少し神経質になっているようだ。なるほど、リーガルとガルウィンと私が最近よく話し合っているから勘違いをしてしまったのかな。いつもミーシャのやんちゃと止めていたのは、あの2人だったからねぇ」
リーガルとガルウィンといえば、この村の2強だ。
この村は畑が少し離れたところにあるので、見張る必要がある。村の中でも腕っ節の強い男達で数人が交互に見張りをしているのだ。その見張り集の中でも彼らは別格の存在である。この2人で残りの見張り集を全員相手にできる程だ。
「え? あの2人でないと止められなかったんですか?」
「まだ子供だし、力だけならそれ程でもないんだけどね。ミーシャはとても身軽でね。逃げに徹されるとひょいひょいと動き回って、中々捕まえられないんだよ。まるで猿の様だったね」
昔のことを懐かしむように笑いながら、ミシガンさんは話す。
ダラスとは正反対だ。いつかダラスがミーシャに何をされたか、聞いてみよう。
「ミーシャが何か悪戯をして、怒って追いかけるけど中々捕まらない。そのうち疲れて追いかけるのをやめるんだけど、リーガルとガウェインは違う。彼らはいつまでも追いかけ続けられたからね。最後はミーシャの方が根負けして捕まる」
「なるほど。それがこの村の日常だったわけですね」
「いやはや。子供の元気というのは本当に凄い。3日に1回は悪戯をして逃げ回るから、その度に村中大騒ぎさ。今となってはいい思い出だよ」
そして、ミシガンさんにやりと笑って、小さな声で付け加えた。
「みんなが心配するから、ミーシャが私は私の付き添いで王都に行ったことにしているけどね。本当は勝手に馬車に隠れていたんだ。あの時は本当に驚いたよ。寿命が縮まったね」
ミシガンさんはまた笑う。
ここまでの話を聞いて、分かったことが1つある。ミーシャはきっと村の皆から愛されている。だから、俺は思ったことをそのまま口にした。
「みんな、ミーシャのことが好きなんですね」
「もちろんさ。だから、スウェンにも知っておいてほしいことがある」
ミシガンサインはそう言うと、少し姿勢を正した。
「ミーシャの両親は、彼女が小さい時に病で亡くなっていてね。彼女には甘える相手がいなかったんだよ」
「…………」
それは想像できていた。この村は50人程の小さな村だ。日々生活していれば、彼女に両親がいないことはすぐに分かる。
「彼女は男勝りで我慢強い性格だからね。皆の前では寂しそうな顔をせず、強がっていた。たぶん、甘え方も知らなかったんじゃないかな」
ミシガンさんは、優しい目をしている。
俺がこっちの世界に来た時に見せてくれた、あの温かい目だ。
「彼女が悪戯を始めたのも、本当はかまってほしかったからなんだ。彼女は追いかけられている時も、怒られている時も、心なしか嬉しそうだったからね」
俺は、自分の子供の頃を思い出していた。
アメリカに留学した時のことである。7歳で親元を離れ、ホームステイすることになる。あの時俺は、ホームステイ先の家族にかまってほしかった。俺の場合は勉強して褒められるという方法で、興味を引こうとしたのだ。しかし、ホームステイ先の当時高校生だった息子より頭が良かったので、その息子から邪魔者扱いされるという苦い結果に終わった。
境遇は全然違う。
しかし、なんとなく俺はミーシャに共感を覚えたのだった。
「村の皆も、彼女の気持ちはよく分かっていた。だから、悪戯されて時には怒ることがあっても、ミーシャが嫌いな者は1人もおらんよ」
ダラスもミーシャのことは嫌いではないのだろう。
その証拠に、普段の彼はミーシャと楽しく話している。
ただ、悪戯の標的になるのはもうこりごりなだけだ。
「少し話が長くなってしまったね。結論を言うと、対策本部なんてないよ。それに彼女は悪戯好きだが、村が本気で困るようなことはしなかった」
それを聞いて、安心した。
まったくダラスの奴、過去に何があったが知らないが、慌てすぎだ。
これなら、彼女のストレスが爆発したとしても、村が壊滅することはない。寧ろ一度ストレスを思いっきり発散させてスッキリさせた方がいいと思う。これが一番確実で、後腐れがない。
「ふーむ」
どうやって彼女のストレスを発散させるか。彼女の怒りを考えれば、ある程度のことは耐える覚悟はあるが、何発も殴られたり蹴られたりするのはきつい。
その時、「よしっ」とミシガンさんが自分の膝を叩いた。
「スウェン。ひとつお願いがあるんだが、聞いてくれるかい?」
そう言って、ミシガンさんは1枚の紙を差し出した。
「最近リーガルとガウェインと話していたのは、この件だったのだ」
紙には『ハルベトム公爵主催:交流会の知らせ』と書いてある。
「ハルベトム三位伯爵……この辺の村を治めている方ですね」
ミーシャの授業で聞いたことがある。
伯爵……といっても広大なリガルダント王国の一番端、しかも文化レベルのあまり高くない地域を治めている貴族なので、伯爵の中でも最も低い三位の爵位を与えられている。
しかし、この地域にある村、そこに住む民のことを一番に考えるとてもいい人だそうだ。この村の皆が活き活きと幸せに暮らしているのも、この人のおかげなのかもしれない。年に数回、各村の長達を集めて積極的に意見を交えるといった活動もしているようだ。
「この交流会は、各村の長達を集めて行う政治が絡むものではない。村同士の結びつきを強くするためのパーティ、親睦を目的とした会でな。伯爵様も、村の今後を担う若い者の参加を望んでおられる」
確かに概要を読むとそのようなことが書かれている。
しかし、問題はその後の参加者の欄だ。『男女1名ずつ』、紙にははっきりとそう書かれていた。嫌な予感がする。
「初めは、リーガルとガウェインのどちらかに頼もうと思っておったのだがね。これからの時期、畑を荒らす動物達の活動も活発になってくし、どちらかが長期間いなくなるのは村としても結構悩みどころでな。困っておったんだ」
この流れは良くない。
しかし、ミシガンさんのお願いだ。お世話になっている分、俺は断ることはできない。
「仲直りのいい機会でもある。どうだい。2人で参加してみては」
「俺なんかで、大丈夫ですかね。貴族が主催のパーティなんて。しきたりとかも全然知りませんし」
「それは私が教えるから問題はない。せっかくの機会だ。ミーシャも貴族に憧れているし、これを期に古い知識でなく新しい知識を教えるつもりでの」
なるほど。その案なら悪くない。
この件でミーシャが今の貴族の風習を知れば、彼女も安心するだろう。
「分かりました。俺でよろしければこの交流会、是非参加させてください」
ミーシャの件。一時はどうなることかと思ったが、上手く解決できそうだ。
何より、彼女の生い立ちや気持ちを知ることができたが良かった。
やんちゃで悪戯好きの一面もあるかもしれないが、ミーシャは村から恐れられている存在でなく、皆から愛されているいい子なのだ。
(しかし、ミーシャと一緒にパーティか。楽しみだ)
こんな気持ちになるのはいつ以来だろう?
まだミーシャが参加すると決まったわけではないのに、俺はわくわくしてその日中々眠ることができなかった。