試練 ‐敵意の秘密と彼女の本性‐
ミーシャ。こっちの世界での年齢は16歳。
身長は目算で約300ミーム。前の世界の単位だと150㎝前後だと思う。
少し茶色が入った黒髪は肩下まで真っ直ぐ伸びていて、風にさらさらとなびくほど癖がない。大自然に囲まれ、シャンプーもなく天然石鹸で髪を洗っている水準のこの村で、どうやってあんなに美しい髪を維持しているのかは天才と言われた俺の頭脳を持ってしても、いまだ解明できていない。
何処に立っていても絵になるその姿は、意識しなくてもついつい目が動いてしまい、いつの間にか見とれてしまっている。なんというのだろう。身体つきに無駄がないのである。頭の先からつま先まで、人体美学的に理想の形をしている。
元研究者であった俺は、彼女がなぜこうも美しく、可愛らしいのかをついつい研究したくなる。論文にまとめたら、軽く100ページは超えるに違いない。
彼女のことを考えるとついつい熱くなってしまう。
「ちょっと、スウェン。私の話、ちゃんと聞いてますか?」
「ああ。大丈夫。今のこの国の王様は、デクマルク二世女王陛下。まだ幼いうちに即位なされたので、実際の政治は元老院が行っている……のですね?」
「くぅ~……むむむぅ」
ミーシャは明らかに悔しそうな顔をする。悔しそうな顔にまでどこかしら愛嬌があるのだから、反則である。
それと、彼女はさすがに子どたちの前では俺のことを変態とは言わない。
さすがに子供には刺激が強すぎるし、彼女はその辺を考慮できない人ではない。
「では、アマリウスくん。その元老院の中でも一番偉い人は誰かな?」
彼女は、俺以外の人と接するときは、別人のように優しくなる。
そう。普段のミーシャは誰にでも笑顔で、お淑やか。そのあまりの変わりように、今でもどっちが本物の彼女か分からなくなる時がある。
彼女の講義を聴きながら、俺は昨日ダラスとした会話を思い出していた。
「お前と接してる方が、本当のミーシャだよ。いつもはあいつ、猫被ってんだ」
「村人全員に猫被ってるのか? どうして?」
「あいつの本性はな。男勝りの超やんちゃ人間だ。喧嘩じゃ負け知らず、いたずらし放題、暴れ放題の暴君様だ。昔は小さい台風とか言われて村中が手を焼いてたんだ。俺も何度、あいつに泣かされたことか」
笑い話のような雰囲気でダラスは話していたが、目は笑っていなかった。
俺は傍若無人に暴れまわるミーシャを想像したが、普段の彼女の清楚な姿が強く邪魔をして、上手くイメージできない。
「駄目だ。想像できない」
「コウマキリムシを持っていくといい。あいつ多分平気で踏み潰すぜ」
コウマキリムシとは、前の世界でいうゴキブリのような虫だ。
黒光りして、見ているだけで不快なるアレである。
しかし、本当にミーシャが平気で踏み潰してしまった場合、俺の心になかなかのダメージがあるので、この試みは封印することにした。
「そんな彼女がどうして急におとなしくなったんだ?」
「2年ぐらい前かな。村長の付き添いで、あいつは一度王都に行ったことがあるんだ。そこであいつは本物の貴族のお嬢様を目の当たりにしたらしい」
「なるほど。それで貴族に憧れを持った、という訳か」
「正解。今までの自分の行動が急に恥ずかしくなったみたいでな。村に戻るや否や、村にあった『貴族達の生活』って本を読み始めてさ。それからその本をお手本に、お淑やかに振る舞うようになったというわけ。村も平和になり、めでたしめでたし」
「めでたし、じゃない。じゃぁ、なんで俺にだけあんなにツンツンしてるんだ?」
「簡単だ。お前は貴族に憧れるミーシャお嬢様のタブーを犯してしまったからだよ」
「ん? 俺は彼女に何もしてないぞ。でも、ミーシャは初めて会った時から全力で俺に敵意を向けていた」
「ああ。正直お前は全く悪くない。しいて言うなら運が悪かった」
「あっ! それを聞いて、ひとつ思い当たる節が出てきた。もしかして、裸で倒れている俺を見つけたのって――」
「正解。お前の第一発見者はミーシャだ。あの時の村中に響き渡る絶叫は今でも覚えてるぜ」
「段々分かってきた。彼女の憧れる貴族はむやみやたらと男の裸を見てはいけなかったわけだな?」
「少しはずれだ。あいつが模範にしている『貴族達の生活』って本はだいぶ昔に書かれたものでな。村長の話だと、今の貴族達にはもうそんな風習は残ってないらしい。でも、その本にははっきりとこう書かれている。『貴族の女性は結婚する男以外のアレを見てはならない』。アレってのはぼかしたが、男なら分かるだろ?」
「………………」
絶句するしかなかった。これは流石に俺の想像を超えている。
それが真実なら、貴族に憧れているミーシャがキレるのも無理はない。
「なんでも、昔の貴族は生まれた時から結婚相手が決まっているパターンが多かったらしい。政略結婚ってやつだ。だから結婚する前に他の男のアレを知るっていうのは相当破廉恥なことだったらしいぜ」
なるほど、確かに理にかなってはいる。他の男のアレを知らなければ、結婚した男のアレの大きさ等に問題があっても、彼女達はそれに気づかない。夜の面でも貴族の地位を守ることができるわけだ。
「全て理解できた。俺に非がないとはいえ、彼女が怒るのも無理はない。しばらくは彼女の敵意を、我慢して受けることにする」
これはダラスの言った通り、運が悪いとしか言いようがない。
ミーシャは2年近く貴族を目指して修行をしていたわけだ。俺への怒りはすぐにはなくならないだろう。
しかし、ダラスは真剣な顔をして、こう言った。
「それがそう簡単にはいかないんだ。スウェン、早くあいつと仲直りしてくれ」
ミーシャと早急に仲直り――かぁ。
ダラスの言葉をもう一度噛みしめ、俺は授業をしているミーシャを見た。
子供達を見て、授業をしているミーシャは、見とれるほど気品あふれている。こっちの世界の貴族を俺はまだ知らないが、衣装を着飾れば彼女はいつでも貴族のお嬢様として通用すると思う。
(うーん。ストレスを溜めているようには見えないが)
ダラスの話だと、俺の裸を見てしまった件で、ミーシャのストレスは日に日に溜まっているらしい。
そして、ストレスが爆発すれば、村中を巻き込んだ大騒動になることは間違いない。パルケット村史上最大の事件になる可能性もあると真剣に言われた。
なんと、裏でこっそり対策本部まで出来ているそうだ。
(もしかして、ぶち切れると身体能力が何倍も上がるとか。……まさか獣になるとか言うんじゃないだろうな)
普段は俺と全く同じ体の構造を持つ彼らだが、ここは異世界。俺の常識が通じない未知なる力があっても不思議ではない。
(あっ)
ここで彼女と目が合った。
彼女の顔から一瞬で笑顔が消え、真顔になる。
「糞……じゃなかった。スウェンさん。私の話聞いてましたか?」
一瞬彼女の口から出るべきでない言葉が出たような気がしたが、たぶん気のせいだろう。そして、俺は彼女の話を聞いていた。別の思考をしながら人の話を聞くことは、俺にとっては朝飯前である。
「すみません。聞いていませんでした」
しかし、俺はあえてこう言った。彼女が俺を公で怒れる場を作った方が、彼女のストレス発散になると思ったからである。
「17歳にもなって、人の話も聞けないんですか? みなさんは、こんな大人になっちゃ駄目ですよー」
子供の前で俺を怒ることができたのだ。心なしか、少しだけ彼女の声のトーンが上がっていた。どうやら作戦は成功のようだ。
俺の凡人アピールにもなるし、悪くない。
(しかし、根本的には解決になっていない。どうやって彼女と仲良くなるべきか)
これはある意味、この村に来て最大の試練なのかもしれない。