表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

生活 ‐言葉と家族、そして女‐

 こっちの世界に転移してから、1ヶ月が経過した。

 結論から言うと、俺は無事にこの村に馴染むことができた。


 1ヶ月というのはこの村に来てから、日の出の数を数えて丁度30回目ということである。なので、地球の時間で丁度1ヶ月という訳ではない。

 聞いた話では、王都の方にはちゃんとした時計があるらしい。しかし、この村には時計なんて立派なものはないそうだ。

 なので、村人は太陽を基準にして生活をしているのである。


 余談だが、この世界には太陽が1つと月が2つ存在している。初めて月が2つあるのを見たときが、異世界に来たことを最も実感した瞬間だった。


(さて、今日も1日頑張りますか!)


 太陽が昇ると同時に、村人は起き、動き出す。


「おはようございます」


「おはよう。スウェン。よく眠れたかい」


 階段を下りると、アリーアさんが朝食の準備を始めているところだった。

 スウェン。俺がこの村でもらった新しい名前であるが、俺はまだこの名前に慣れていない。でもまぁ、時間の問題だろう。


「ミシガンさんは、もう裏ですか?」


「正解。スウェンが来るのを楽しみにしていたよ」


「了解です」


 妻が朝食を作っている間に、夫が今日使う農具の準備をする。これはこの家だけでなく、村の習慣のようなものだ。


「おはようございます」


「おお、おはよう。スウェン。今日も頑張ろうじゃないか」


 家の裏にある納屋に行くと、ミシガンさんが丁寧に農具を磨いていた。

 俺もその横に行き、自分の農具を準備する。


 ミシガンさんとアリーアさん。俺がベッドで目覚めた時から俺の面倒をみてくれ、今では俺を家族として迎えてくれている親切な老夫婦である。

 そして、ミシガンさんはこの村の村長でもある。実は初めて部屋を見たとき、テーブルの下に敷いてあった絨毯が、16世紀ヨーロッパの農家にしては質の良いものだったので、何となく予想はしていた。ズバリ、正解である。


(もう、1ヶ月経つのか)


 農具を磨きながら、この1ヶ月の事を思い出す。


 最初の14日間は、言語を習得することに集中した。

 

 ミシガン村長から正式に村人全員に紹介された時から、村人達は俺に興味津々だった。なぜなら、やはり俺は全裸で村のはずれに倒れていて、ほぼ全員に裸を見られていたからだ。正直、恥ずかしくてたまらない。

 しかし、その結果、村人たちの興味を集め、沢山の村人達と関わることができたので、複雑な気分である。


 村人たちと多く関われたことで、俺はすぐに彼ら異世界人について重要な事実を知ることができた。それは、彼らは地球人と全く同じ体の構造をしているということである。


 この事実は異世界の言語を習得する上で、非常に大事なことなのだ。

 体の構造が同じということは、当然口の構造も同じということである。そして、同じ構造の口を使って、他人と効率よくコミュニケーションを取ろうとすると、自然と似たような文法になってくるのである。

 地球でも、言語は文法の視点から分類すると3、4種類程に分けられていた。


 異世界でも口の構造が同じならば、地球と似たような文法になるはずなのだ。そして、俺の予想は見事に当たる。彼らの言語は英語の文法と殆ど同じだったのだ。

 それが分かれば後は何てことはない。俺は村人たちの会話に聞き耳を立てまくり、どんどん言葉を吸収していった。


(初めてしゃべった時の皆の驚きよう、あれは面白かったなぁ)


 本当はもう少し様子を見てから、話し始める予定だった。しかし、村の皆があまりに優しく接してくれるので、思わずお礼を言ってしまったのである。

 あっという間に村中の話題になった。そして、俺は倒れたショックで一時的に声が出なかっただけで、本当はちゃんと話せるんだと言って皆を納得させたのだ。


「さぁ、御飯ができましたよ」


 家の中からアリーアさんの声がする。

 そして、合わせるわけでもないのに、御飯ができるのと同時にミシガンさんの準備も綺麗に終わる。流石夫婦と言った感じだ。


「スウェンは、終わったかい」


「はい。終わりました」


 ミシガンさんは年なのか、農具の準備はゆっくりだ。

 なので、俺は遅れてきても、ミシガンさんにすぐに追いつける。追いついた後は、俺もミシガンさんに合わせてゆっくりと準備をするのだ。そうすれば、準備が終わると同時に、御飯を食べることができる。


「いただきます」


 3人で仲良く朝食を食べる。

 アリーアさんの御飯は村でも評判だ。実際信じられないほど美味しい。

 そして、俺は3人でご飯を食べている時間が大好きなのである。


 俺はずっと1人で御飯を食べてきた。

 最後に家族でご飯を食べた記憶は7歳の時。俺がアメリカに行く前夜である。


 彼らは俺を家族として、迎えてくれた。

 こうして3人で御飯を食べていると、俺は家族というのを強く意識できるのだ。


(ミシガンさん。アリーアさん。ありがとう)


 俺は朝食を食べながら、あの時の事を思い返していた。

 俺が話せるようになって、すぐのことである。


 俺の今後について、真剣な話し合いの場が設けられた。

 もちろん、俺を追い出すためではない。俺の身を案じて、俺の身内が心配しているのではないか、という気持ちからこの場が設けられたのだ。このことは2週間に渡って沢山の村人たちの優しさを感じてきた俺が1番よく分かっていた。


 この時、俺はこの場を『記憶喪失』という手段を使って乗り切る予定だった。

 俺にはまだこの村以外の情報はない。村人達の会話から、この村がリガルダント王国にあるパルケット村だということは分かっていたのだが、それ以外の知識は皆無だった。この状況で彼らに受け入れてもらえる設定は記憶喪失以外にはない。


 なんとなく、俺は多くの村人達の前でいろいろ質問攻めにされる風景を想像していた。しかし、実際の話し合いは俺とミシガン村長の2人きりで行われた。

 この時のミシガンさんの第一声を俺は今でもはっきりと思い出せる。


「あなたが誰だろうと、この先どこに行こうとも、村の皆は決してあなたのことを忘れない。私はあなたのことを家族のように思っている。だから、あなたが言いたいことを言いなさい」


 その時、なんとなく感じたのは、ミシガンさんは俺の正体に気付いているわけではないし、俺の嘘を見破ったわけでもないということ。しかし、彼は『俺がこの先どうやって生きていきたいか』、これだけは分かっているみたいだった。


「俺は、この世界で生きたい」


 思わず、そう答えていた。

 頭の中でシミュレーションしていたものが、これで全てパーになった。

 これで天才と言われていたんだから全くお笑いである。


「名前は?」

「捨てました」

「両親は?」

「死にました」

「帰る場所は?」

「ありません」。

 その後簡単な質疑応答をいくつか行っただけで、話し合いは終わった。


「今日から村の一員になるスウェンだ。みんなよろしく頼む」


 俺は改めて村長から村の皆に紹介された。村の皆は誰一人嫌な顔をせず、喜んで俺を受け入れてくれた。そして、村中総出で俺の歓迎会が行われたのだ。

 あんなに騒がしく楽しかった夜を、俺は決して忘れることはないだろう。


「ふぅ――ごちそうさまでした」


 あの夜の余韻に浸りつつ、俺は現実に戻り、食器を下げた。


「よし。今日も元気に出発だ」


 ミシガンさんも朝食を食べ終わり、農具が入ったカバンを背中に担ぐ。

 俺も後に続いて、自分の農具を背負った。


「では、いってくるよ。アリーア」


「いってきます。アリーアさん」


 こうして俺達は、村の中心にある広場へ向かうのだ。

 広場には既に何人かの村人が集まっていた。


「おーっす、スウェン」


「よう、ダリス。今日は早いな」


「ああ。嫌な夢見ちゃってな。目が覚めちまったんだ」


「それはお気の毒。後で聞かせてくれよ」


 ダリスは村の中で唯一俺と同い年の青年だ。この村は小さな村なので、同じぐらいの年の男は今までダリスしかいなかったのだ。だから俺が正式に村の一員になったとき、大はしゃぎして俺に絡んできた。

 俺達はすぐに打ち解け、今では俺の1番の親友である。


「よーし! では出発するぞー!」


 農夫が全員揃うと、ミシガン村長の号令で移動を始める。

 土壌の関係から、畑が村から少し離れたところにあるのだ。


 村に残る人たちに見送られ、俺達は畑に向かう。

 畑につくと、後は地球と同じである。

 耕し、水を撒き、害虫を駆除し、収穫する。与えられた仕事を懸命にこなす。

 昼食はいらない。なぜなら昼過ぎには終わるからだ。


「手を加えるのは最小限でいい。後は自然の力で美味しい野菜ができる」


 いつの日か、ミサンガさんがそう言っていた。

 この村の美味しい食材は、少しの手間と自然の力で生まれているのだ。


 畑仕事を終え、村に帰り、昼食を食べると、後は自由時間だ。

 といっても、大半の人にはやることがある。

 大人は村にある備蓄を確認したり、壊れた家具や農具を修理したりして過ごす。

 そして子供は、勉強をするのである。


 残念ながらこの村には学校はない。なので、大人たちがそれぞれ得意な分野で先生になって教えあうのである。

 

 この村では、俺くらいの年齢はもう大人扱いだ。

 しかし、この世界ことを早く知るためにも、俺は可能な限り授業に参加することにしている。子供に混ざって授業を受けるのは正直恥ずかしいが、なんだかんだ異世界の学問や教育について知るのは面白く、興味が尽きない。

 

 特に、この国の歴史や言い伝えを知ることができる「歴史学」の授業にはダリスの遊びの誘いを断ってでも毎回参加をしているのだが、1つだけ問題がある。


「…………」


「あ~。その、なんだ。よろしく」


「年下でも、今は私が教師なんです。敬語を使ってください」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 今俺の前で、頬を膨らまして不機嫌にしている彼女、ミーシャのことである。

 年下と言っても俺より1つ下の16歳だ。しかし、これはダリスにも言えることだが、俺が村の人達に申告した17歳という年齢は地球時間である。時計や暦がしっかりしていないこっち世界では、もしかしたら彼女達の方が年上の可能性だってあるわけだ。


 まぁ、こっちの世界の暦に関して、後々明らかにしていくとして、何よりも重要で問題なのは、ミーシャが無茶苦茶可愛いということである。

 そして、俺は彼女から敵意を向けられているということである。


「今度、変なマネしたら、ぶっ殺しますからね。変態スウェン」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ