親切な小人
児野村に『親切な小人』が出るという噂があります。
なんでも、疲れた人の所にこっそりやってきて、その人がやり残した仕事を代わりにやってくれるということなのです。
たとえば、大工の平太さんが仕事疲れで寝てしまったら?
小人が大工道具を全部きれいに仕舞ってくれる。
たとえば、平太さんの奥さんが家事疲れで寝てしまったら?
小人が洗い物も片付けもすべて終わらせてくれる。
「面白い」
妖怪等研究の第一人者、奴得来先生が、興味をお示しになりました。
「それで? おばあさんはどんな親切をしてもらったのですか」
「親切な小人がね、毛布をかけてくれたの。あたし、うっかりイスでうたたねしちゃって」
「お家の人が毛布をかけたのでは?」
「聞いてみたけど、誰もしてないっていうの。これはもう、親切な小人がやったのよ」
「失礼ですが、自分で毛布をかけたのをお忘れでは」
「失礼ね。忘れてないわよ」
奴得来先生は、失礼をしてしまったことに対し、お詫びのおじぎをしました。
奴得来先生の丁寧なおじぎの最中、柱の陰からどんぐりが飛んで来ました。
奴得来先生のきれいになでつけられたオールバックの髪にどんぐりが命中しました。
「それで? 奥さんはどんな親切をしてもらったのですか」
「学者先生、信じてないんでしょう。親切な小人がね、玄関の靴をピッカピカに磨いてくれたのよ。あら、先生の靴もピカピカね。先生の奥さんがしてくれたの?」
「妖怪等研究一筋60年。独り身でございます。靴はわたくし自ら磨き上げました。ところで、玄関の靴は、お家の人がどなたか磨いたのでは」
「あはははは! ないない! うちの旦那も息子たちもそんなことしないわよ!」
「どなたかお知り合いの方がこっそりと」
「何それ、本気で言ってるの? うちのセキュリティ、児野村で最高なのよ。あら、先生。よく見ると、ステキなスーツね。立派な口髭によくお似合い」
「ありがとうございます」
奴得来先生は、丁寧におじぎをしました。
その頭に松ぼっくりが飛んで来て、命中しました。
「それで? 村長さんはどんな親切をしてもらったのですか」
「奴得来先生、よくぞ聞いてくださいました。私が疲れ果てて家の書斎で寝てしまった夜ですよ。夜中にふっと目を覚ましたら、なんと、ほかほかの雑炊が置かれていたのです!」
「ほかほか、できたてですな。それこそ奥様では」
「家内には先立たれました」
「まことにご愁傷さまでございます」
奴得来先生は、今まで以上に丁寧におじぎをしました。
その頭にみかんが飛んで来て、命中しました。
さすがに衝撃を受け、奴得来先生のおじぎは揺らぎました。
「それで、君たちはなんだね」
児野村の鎮守の森の前まで来た時、奴得来先生は立ち止りました。
ふり返ると、数人の村の子どもたちが、木の陰に体を隠しながらついてきています。
ばれてるぞ、やっぱりか、などと話しながら、子どもたちが道に姿を現しました。
全部で六人いました。
男の子が四人、女の子が二人。
二人の女の子のうち、顔つきのキリッとした方の女の子がいいました。
「先生。親切な小人を調べて、どうするの?」
「うむ。情報を収集し、その全体像を解明します」
「何言ってるの? 意味分かる人いる?」
女の子の問いかけに、みんなは首を横に振りました。
子どもたちは不安な顔です。
大柄な男の子が言いました。
「正体をばらすってことだろ」
「やっぱり!」
「やだ!」
「村から出ていけ!」
「くそ! りんごにしておけば、怖がって村から出て行ったかもしれないのに!」
「だからもっとでかいのにしろって言ったろ!」
子どもたちは怒ったり泣いたり、さあ大変。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ子どもたちのうち一人が、パチンコをもっていました。
Y字の木にゴムが張ってあって、狙って玉をはじく玩具です。
奴得来先生は、どんぐりからみかんまで、あれにやられたのだと納得しました。
「親切な小人は、あなたたちということなのですね」
奴得来先生、一刀両断の結論です。
一通り大騒ぎをして落ち着いた子どもたちと、先生はお話をしました。
「さて、どうしてこんなことを」
「クリスマスに子どもはプレゼントをもらうでしょ? いい子にしてなかった時も、いつだってサンタさんは来てくれるもの」
「サンタさんが来ると、とってもうれしい」
「でも、子どもだけなんだ」
「うちのお父さん、いつも頑張ってる」
「僕のお母さんも」
「俺のとこの一番上の兄ちゃんだって」
「それなのに、大人には、サンタさんが来ないんだ」
神社に続く階段に座る子どもたちは、口々にそんなことを言います。
先生はうなりました。
「子どもながらにそんなことを考えているとは!」
「え? 普通だよ」
「どうしていいか分かんないだけで」
「でも、いつもお手伝いするのはけっこう大変だし」
「僕がお手伝いしても、当たり前みたいに思われて面白くないし」
「ありがとうって思ってるんだよ」
「親にも幸せ感じてほしいよね」
最後の発言は、二人目の女子、幼くしてギャルの入った女の子です。
個性さまざまな子どもたちが、口をそろえてそんなことを言うのです。
奴得来先生はハンカチーフで目尻を押さえながら言いました。
「あなたたちが、親切な小人、大人たちへのサンタさんなのですね」
「先生、ばらすの?」
「やめてよ」
「お願い。黙ってて!」
奴得来先生は何度も首を縦に振りました。
「わたくしは、謎の生き物の起源に立ち会ったのかもしれません」
「先生?」
「ある種の妖怪なり妖精なりの起源には、最初はこのような人間の思いと振る舞いがあり、やがて習慣化し、形骸化し、言い伝えとなったものなのかもしれません。親切な小人の起源は、無償の愛を与えるという人間性の象徴。大人から子どもへのそれが、逆転した幻想の産物」
「先生の言ってること、分かる人いる?」
「いんや、全然分からん」
「だな」
先生は納得しました。
親切な小人の正体について、口をつぐむことを約束しました。
ついでに、子どもたちの善行にわずかでも報いたいと思い、カバンからチョコレートキャンディーの袋を取り出しました。
奴得来先生は、甘党です。
一人一個ずつ配りました。ギリギリ個数が足りて、奴得来先生、一安心です。
さて、夕焼けがきれいです。
奴得来先生は今回のフィールドワークに大満足して、背筋をぴんと伸ばしました。
立派な口髭をなでて、帰り仕度です。
それにしても、児野村の大人たちは大変無邪気に『親切な小人』の存在を受け入れ喜んでいました。
奴得来先生は、児野村の素朴な風土が『親切な小人』の実在を可能にしたのだろうと考えました。
おや、一人の男の子が走って戻ってきました。
「忘れ物! 俺の武器!」
パチンコを置き忘れたようです。
神社に続く階段に置いてあったパチンコを持って、男の子はすぐに帰ろうとしました。
奴得来先生は、ふと思い立って聞きました。
「きみ、教えてほしいのですが」
「何?」
「きみたちの中で、最初に『親切な小人』をしようと考えたのは誰だったのかね」
男の子は、当然、という顔で答えました。
「親切な小人が、そうするといいよって教えてくれたんだ」
男の子はすぐに、じゃあね、と背を向けて駆け出しました。
その場に残った奴得来先生は、ぽかんとしています。
奴得来先生は、ハッとしました。
あわててカバンを探ります。
ありました。
チョコレートキャンディーの袋です。
それにはこう書いてあります。
七個入り。
子どもたちは六人だったはずです。
奴得来先生は、この現象をよく知っています。
座敷わらしの伝承に出てくる現象です。
「いるのだ。親切な小人は確かにいるのだ」
奴得来先生は、美しい夕日に照らされながら、万感の思いでそうつぶやいたのでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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