ノック
「ノック」
コンコンコンとノックする人がいる。
たとえば、シンシンと寒い夜、真綿の布団にくるまっているとき、コンコンコンと私の背中をノックする。
たとえば、蒸し暑さにサッシを開いて夜空を眺めているとき、コンコンコンと私の背中をノックする。
たとえば、ずっと信じていた人が実はそうではなかったと悟ってしまったとき、コンコンコンと私の背中をノックする。
たとえば、長い間夢見ていたことがかないそうになったとき、コンコンコンと私の背中をノックする。
私はどんなにノックされたとしても、開かない。
けんざんで引っ掻かれようと、とても痛くて涙が出たとしても、開かない。
私の背中がたたかれるとき、私はそれを絶対に無視してしまう。
開かれたとき、何が背中から飛び出すか分からないので、私は不安という鍵で背中を締め切ってしまう。
コンコンコンとノックされるとき、私は必ず布団の中にいる。
今日の空には薄暗い雲が張り詰めて、朝から冷たい雨が降っている。
一時間も二時間も布団の中で私は自分を蹴り続ける。
眠れない夜にノックされるとき、私はそっと自分を覗き見してしまいそうになる。
いや、だめだ。絶対見てはだめなのだ。
コンコンコン、とノックは内側からたたかれる。
背中の外側で私は聞き耳を立てて、ノックする人が諦めてしまうまで息を詰める。
コンコンコンとノックされるのは、本当に私が安眠を得ようとしているときだけだ。
たとえ、眠れる薬を飲んでいても、忘れようとしているものが私の背中をノックする。
コンコンコン、とノックするのだ。
でも本当はだれも私の背中をノックしたことなどないのだ。
そして、私はそのノックする音が聞こえないフリをするのだ。
今夜も、眠りと目覚めのはざまで、ノックする音を聞いてしまうことがあるかもしれない。