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第八章~出会いと別れ~

五郎が桑名にきて五日目の朝、この日ものんびり起床した五郎が顔を洗っていると。


「五郎殿、お話があります」


そういって一益が話かけてきたのである。

桑名に来てから毎日、この時間になると宿から居なくなっていた一益が珍しい五郎は傍目にはお見せできない程の顔を向けると答えた。


「一益殿、なんです?」

「兎に角、部屋に入りましょう」

「はぁ、そうですね」


まだ完全に覚醒していない五郎は一益に促されるままに部屋に入った。

桑名にきてからというもの、五郎は予定に縛られない日々を謳歌していたせいですっかりだらけきっていた。

そんな五郎を表情を変えずに見据えると、一益は声をかける。


「五郎殿、信長様からそろそろ帰ってこいとのご命令です」

「なるほど、帰ってこいですか」

「今からとは言いませんが、明日出立する支度だけは今日のうちにお願いします」

「うんうん、って、え!?」

「それでは、確かに伝えましたよ」

「あ!一益殿待っ…!」


一益は言いたいことだけ済ませるとさっさと居なくなってしまった。

五郎は頭を振って眠気を吹き飛ばすと、今しがた聞いた命令を改めて確認した。


「帰れって事は、俺の休暇終り!?尾張に帰って終わり!?」


楽しい日々は過ぎるのも早い、尾張に戻れば元の生活が待っていると想像した五郎はとてもくだらないギャクを叫ぶほどショックだった。




朝の刺激的な寝起きから二時間くらい経ったであろうか。

五郎は暫く見納めになるだろう桑名の町を改めて見て回った。

ここ数日見て回った結果、五郎が感じたのは普通の町だという感想である。


「んー、特に目立つ町じゃないよなぁ」


強いて言えば、この桑名周辺は山が多い事であろうか。

特に尾張から来る分にはまだ楽だろうが、桑名から伊勢中部、南部へ向かうには結構な山道を通る事になるだろう。

美濃に行くにしても、荒れた森の中を抜ける必要があるようだ。


「この町から出かけるのは大変そうだけど」


この戦国の世で山道を進軍するのは大変な事であるが、それを知るわけもない五郎はそこまで発想が出来なかった。

ただ一つ五郎が思ったのは信長が伊勢の中部まで視察を命じられなくてよかったなという事である。


「それにしても、今日で桑名からさよならかぁ」


今日も懲りずに茶屋でお茶を啜りながら呟いていると。


「美味しそうな団子だね」

「ん?」


突然掛けられた声に振り向くと、そこにはニコニコと笑いながらお茶をすすっている人物が居た。

その人物は着物に袈裟のような変わった物を羽織っていた、よくお坊さんが着ている袈裟に似てはいるが、同じものではないようだ。


「え~と、要ります?」

「ありゃ、いいの?」

「えぇ、ちょっと多めに頼んでしまったので」

「ありがとう!ちょっと手持ちがなくてね、お茶だけじゃ物足りなかったんだ」

「あー、わかります」


彼は五郎が差し出した団子を美味しそうに頬張ると、目を細めて幸せそうに咀嚼した。

暫く満足そうに食後のお茶を啜っていた彼だったが、改めて五郎に声を掛けてきた。


「ありがとう、お兄さん」

「いえいえ、ところで変わった格好ですね?」

「ん?あぁ、この格好ね。中々良いと思わない?」

「は…はは…、いいと思いますよ」

「でしょう?気に入ってるんだよね」

「もしかして、お坊さんを生業に?」

「あー、いや勘違いされるけど違うんだよねぇごめんよ」

「はぁ」

「私は宗易(そうえき)、茶と歌を嗜む商人をやっとります」


宗易はそう自己紹介をすると、笑みを絶やさないまま五郎の顔を見た。


「商人?なるほど、だから桑名へ」

「まぁそんな所」

「それなら宗易さんはこれから尾張へ?それとも美濃ですか?」

「いやいや、まだこの町に来たばかりですから暫しゆっくりするつもり」

「そうでしたか~」


気さくな宗易と話が弾む、五郎は宗易の話し易さについつい長話をしてしまう。

そして他愛の無い話題を何度繰り返した頃だろうか。


「お兄さん、面白い人だね」

「よく言われます、最近特に」

「うんうん!長く商売やってるけど、お兄さんみたいな人ぁ中々見ないね」

「う、う~ん。自分では普通だと思っているのですが」

「いい事だよ、それがお兄さんの武器になるかもよ?」

「武器?」

「そう、武器。人間どんな才能が眠ってるかわからないもんだ」

「お兄さんみたいに変わった感性を持ってるって事は十分武器になると思うよ」


宗易の力強い言葉に気圧されながらも、五郎は宗易に相槌をうつ。

五郎は不思議と宗易の言葉に安心感を貰うと、追加の注文を終わらせ今日は良い日になりそうな予感がした。




五郎が宿に戻ったのは結局夕暮れ時だった、既に宿に戻っていた一益は五郎を見て首を傾げると。


「五郎殿、何か良い事でも?」

「えぇ!面白い人と会いまして」

「面白い人、ですか」

「そうなんですよ、変わった格好をした人でした。信長様が見たら喜びそうな」

「ほう」

「不思議と長々と話をしたくなる雰囲気を持っている人で、気づけばこんな時間になってしまいました。はっはっはっ」

「それはよかったですね」

「えぇ!また会えるといいなぁ」


五郎は宗易とまたどこかで会える気がしていた。

今度は、何か自分が作った料理を振舞いながらのんびり語りたいなと思いながら。


「さて、五郎殿明日は出立です。今日は早めに寝ましょう」

「そうしましょうか、今日は不思議と良く眠れそうです」

「それではお休みなさい」

「お休みなさい!」


五郎は何か忘れてるようなと思いながら布団に入る。

すぐに瞼が重くなってくると、抵抗できずに意識は闇の中へ溶けていった。




「あぁあああああ!!」


次の日の朝、五郎は叫んでいた。

そう、昨日宗易との出会った日の夜に引っ掛っていた事を思い出したのである。


「出立の準備…忘れていた!」


見事に支度を忘れていた五郎はorzのような姿勢になっていた。

勿論、その後一益にお説教をされる事になる。


「本当にすみません、一益殿」

「いえ、お気になさらず」

「すみません」


五郎は少し態度が軟化したものの、いつもより二割増し位に感じる一益の視線に冷や汗が止まらなかった。


「五郎殿、忘れ物等ありませんよね?」

「はい!大丈夫です!」


一益の問いに直立不動で答えると五郎は宿を出る。

そしてゆっくりと尾張へ向かいながら町を眺める。

これで暫くは見納めかなぁとしみじみ思いながら、気合を入れなおしていると。


「あそこに居るのは…」


五郎は町外れの道端に座り込みのんびり茶を啜っている人物に駆け寄る。


「五郎殿?」


五郎が突然走り出したのでちょっと反応が遅れた一益だったが、すぐにその後を追いかけるのであった。

二人が辿り着くと、その人物はお茶を一口啜って言った。


「やぁ、五郎今から出発かい?」

「そうなんですよ」

「そうかー、最後に挨拶をしようと待ってて正解だったね」

「わざわざその為に?ありがとう宗易さん!」

「そりゃね、折角の縁だからさ」

「宗易さん、もし尾張に来ることがあれば是非尋ねて来てください。歓迎しますよ」

「それはいいね!その時は是非伺うよ」

「絶対ですよ!」

「そう念を押さなくても大丈夫だよ、それよりお連れさんが待ってるよ?」

「あぁ!そうだった!」

「気をつけて行くんだよ」

「はい、また会いましょう宗易さん」


五郎は宗易に別れを告げると、二人から離れた場所でその様子を眺めていた一益へ近づいた。


「すみません、一益殿。お待たせしました」

「いえ、それは構いませんが。あの方が昨日の?」

「そうです、不思議な格好でしょう?」

「そうですね」

「それでは出発しましょうか!」

「帰りはバテないで下さいね?五郎殿?」

「…頑張ります」


五郎は一益の軽いジャブを浴びせられながらも共に桑名の地を後にした。

ただ、一益が最後まで疑問に思っていたのは。五郎が宗易に名乗ったと一言も聞かなかった事である。

確かに別れ際の挨拶で彼は五郎と呼んだのだ。

暢気な足取りで先行する五郎を眺めながら一益は呟く。


「宗易、本当にただの商人でしょうか?」


その呟きは突然の横風に乗って消えてしまった。

一益はこの事を信長に報告すべきか悩みながら五郎と共に尾張へ向かった。


余談ではあるが、勿論帰りも五郎はすんなりと尾張まで帰して貰えなかったのだが、それはまた別のお話である。


これで尾張に戻ることになります。

宗易さんは今後また登場させるつもりです。(何時になるかはわかりませんが)


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