第七章~桑名到着~
「つ、着いた~!!」
五郎は旅の目的地に着いた事を知ると雄叫びを上げた
結局五郎達が目的地に到着したのは4日後である。
実はここ伊勢の桑名につくまでに生まれ持った天運によって五郎に降りかかるトラブルは事欠かなかった。
道すがらの景色に見とれていたら一益とはぐれ、道に迷ったり。
野営場所を探していたら狼に襲われたり。
そのトラブルを全部紹介するときりが無いので割愛するが、五郎が猛烈に感動する程だったと思っていただければよいだろう。
「一益殿!早く宿を探しましょう!」
「そうですね、では見て回りましょうか」
「もうくたくたです…」
「ふふっ」
「はっはっはっ」
五郎と一益は笑い合うと数日振りの宿を求めて町を歩き始めた。
「それにしても、桑名は活気がありますね~」
「ええ、ここは尾張、美濃との境が近いですから」
「なるほど、通行人が多いって事ですか」
「そうです、ただ…」
「ただ?」
「その分騒動も起きやすいと言えますね」
「騒動ですか」
「えぇ、流れ者も集まりやすいのです」
「なるほど」
確かに町を歩く人々を見ると、行商人や旅の武芸者のような出で立ちをした者がちらほら見える。
そんな光景を注意深く観察しながら歩いていた二人だったのだが。
「五郎殿、あれを」
そう言って一益が指差した場所を探すと。
「やった!宿だ!」
五郎はやっと休めそうな展開に心を躍らせながら歩みを速めた。
そんな五郎の後を一益は追いながら、周囲に目を向けるのであった。
「うーん!美味しい!」
無事、宿を決める事が出来た五郎は一人茶屋に居た。
あの後宿に入った五郎と一益だったが、一益は五郎に少し休憩してから町を見て回ったらよいと言い残し一人何処かへ行ってしまったのである。
もしお腹が空いたら茶屋か飯屋でもとの一益の心遣いもあり、路銀も余分に持たせてくれたのであった。
「そういえば、久しぶりに団子なんて食べたなぁ」
宿に一人っきりで落ち着かない五郎は町へ繰り出したものの、朝から何も食べていなかった事もあってお腹が空いていた。
そんな五郎の目の前に飛び込んできたのが茶屋だった。
すぐさま茶屋に入った五郎は、団子とお茶を頼んだのである。
「一益殿は何処へ行ったのだろう」
「視察と言っても特に目立つような物無さそうだし」
確かに、人の流れはそれなりに多いし活気もある。
だがわざわざ五郎だけじゃなく一益を連れて行けと命令する程には思えなかった。
五郎は信長が自分に期待してると話していた事を思い出しながら、一益が戻ってきたら相談してみるしかないかぁと考えていた。
「お客さん、何処からきたんだい?」
そんな折声を掛けてきたのは茶屋の娘さんだった。
その元気そうな笑顔は見る者も笑顔にしそうな力があった。
「この辺りじゃ見ない顔だからさ、気になっちゃった」
「ははは、実は尾張から来ました」
「尾張?なんだ案外近いところから来たんだね」
笑いながら五郎の肩を叩くとその娘は追加の団子を置いた。
五郎は暫く時間を忘れて気さくな娘と話しながら団子を堪能するのであった。
余談にはなるが、調子に乗って暴食した五郎が使った路銀の額を聞いた一益はその日の夜、五郎に口を開くことはなかった。自業自得である。
桑名について二日目の朝、五郎は人の気配を感じて目を覚ます。
身体を起こして隣を確認してみると、既に一益は起きたのだろう、綺麗に畳まれた布団がそこにあった。
俺も、顔を洗って支度しようかな?寝ぼけ眼をこすりながら手洗いに向かう。
冷たい水で顔を洗ってスッキリすると、五郎は宿の従業員に一益の所在を尋ねてみる事にした。
「あの~」
「はい?」
「すみません、昨日自分と一緒に来た男性を見ませんでしたか?」
「え~っとお名前はなんと?」
「彦右衛門殿です」
「ちょっと存じませんねぇ」
「そうですか、呼び止めてすみません」
いえいえ~と答えながらその女性は去っていった。
五郎が一益はどこへいったのだろうかと頭を悩ませていると。
「五郎殿?」
「うわぁ!?」
「?」
「どうかなされたのですか?」
「か、一益殿!」
一体何時からそこに居たのか一益が五郎の背後から声を掛けてきたのである。
誰も居ないと思い油断していた五郎は心臓が止まりそうな程驚いた。
そんな五郎を見てキョトンとする一益の顔を見て少々恥ずかしい気持ちになるのであった。
「私を探していらっしゃったのですか」
「あ、はい」
「実は、信長様に視察しろと言われたものの。これからどうすればいいのかわらかず…」
「昨日、一益殿に相談しようと思っていたのですが」
そこまで言って五郎はハッとすると。
「そ、そういえば昨日はすみませんでした!」
「久しぶりにまともな食事が出来たのでつい…」
五郎が頭を下げると、一益はふぅと息を吐く。
「頭を上げてください、五郎殿」
「はい…」
「過ぎたことは仕方ありません、ですが貴重な路銀です。今後は気をつけて下さい」
「はい…」
10歳程年下の青年に叱られた五郎は、頭を落として溜息をついた。
そんな五郎の様子を見た一益は続ける。
「それで、視察でしたね」
「はい、そうです」
「正直に言わせて貰いますが、信長様は五郎殿に何かさせようと思っていでしょう」
「へ?じゃぁ何で視察なんて命令を」
「おそらく見聞を広める為にでしょう」
「見聞を…ですか」
あの信長が俺に見聞を広めて欲しいと?そんな思惑がこの視察に?
しかし、何故俺に…。
「ゆっくりとこの町を見て回ってはどうでしょう」
「尾張とはまた違ったものが見えるかもしれませんよ?」
一益はそれだけ言うと、ふらりと何処かへ去ってしまった。
「尾張とは違う…ねぇ」
そう呟きながら顎をさすると、五郎は暫し考え込むのであった。
時間は戻って、五郎が信長に伊勢行きを命じられる前の事。
信長は一益に任せていた情報収集の報告を受ける為待っていた。
「一益、報告せよ」
「はっ」
信長が静かに問いかけると、一益はゆっくりと報告を読み上げる。
暫くじっと報告を聞いていた信長は、手に持った扇子を額に当てて考え込んでしまう。
「一益、美濃を攻める為に重要な場所はわかっているか?」
「やはり、伊勢の桑名になるかと」
「そうか、桑名か」
「桑名は美濃の境に位置しております。桑名を押さえなければ、伊勢の北畠が攻めてくる可能性があります」
「ふむ、美濃は亡き道三の国。それを衰退させている今の斉藤に任せておけん、すぐにでも取りに行きたいものだが」
「美濃を取る為にも桑名は押さえるべきかと」
「だが今は今川との睨み合いもある、桑名の地を取るのは今川とのにらみ合いを終わらせないと駄目か」
「その方が得策かと」
「しかし、だ。一度見ておく必要があるな、一益」
「はっ、私がその役目お受け致します」
「おう、任せたぞ」
そこまで言った信長だったが、突然パッと扇子を開くと。
何か思いついたのか笑みをこぼした、もし五郎がその顔を見たら嫌な顔をするだろう。
それは信長が桑名視察に五郎を同行させる事を決めた瞬間であった。
一益が去った後も暫く考え事をしていた五郎だったが、軽く頭を掻くと。
俺に考えるのは性に合わない!そう思いなおして宿を出る事にした。
五郎が宿を出ると、今日も空は晴れ渡って快晴だった。
「ん~!昼寝したくなる天気だなぁ」
陽の光を浴びてぐっと背伸びをしながら、町を歩きだす。
朝から町は今日も活気がある、そんな町の流れを見ているだけでも気持ちが高まるのを感じてしまう。
信長はゆっくり見てこいと言ったのだ、自分の目で桑名とはどんな町なのか焼きつけよう。
そしてお腹が空いたら、昨日は茶屋で笑顔を貰いに行こう。
思わず緩みそうになる頬を引き締めながら、尾張に戻るまでの休暇に近い視察を堪能する事になる。
五郎がそんな事を考えながら町を見て回っている頃。
一益は軽い身のこなしで情報を集めていた。
淡々と任務をこなすその姿はまるで忍びのような雰囲気を纏わせていた。
能天気な五郎とは裏腹に、一益は無表情な顔を崩さないまま桑名の町を飛び回っていたのであった。
一応第六章から、次の第八章までは五郎の短い旅行が続きます。
色々可笑しい部分があるかもしれませんが、大目に見て下さい。